第6話 魔女さんとぼく

「いいかい。この円から外に出てはならないよ。何があってもね。まあ……出られないけど」


 そう言う村長さんの声は穏やかだった。でも目が笑っていなくて怖い。村長さんはそれから一度もぼくの方を見ることなく去っていった。


(寒いなぁ……)


 試しに円の中から出ようとしてみるとバチッと電流が走るような痛みが生まれる。それだけでああ、ぼくはこのへんてこな円の中で死んじゃうんだなと思った。


(狼かあ……やっぱ食べられるのかな。それともおもちゃにされる? ……痛いのはやだなあ)

  

 ぼくは捨て子だった。物心つく頃からお父さんとお母さんはいなくて村長さんや皆の手伝いや雑用をしていた。


 シミナ村の皆はぼくに冷たかった。機嫌が悪い時は殴られたり蹴られたりするし食べる物も傷んだ物か残飯で皆と食事も出来ない。お風呂だって入れてもらえなくて氷の張る冷たい池に入るしかなかった。服だってお下がりや廃棄品。家だってなくてもう使わなくなった犬小屋にゴミの布を敷いて寝ている。厳しい寒さで数え切れないほど凍傷した。


(……なんでぼくはこんなに丈夫なんだろう)


 普通の子どもなら多分すぐに死んでいたと思う。だけどぼくは人よりずっと頑丈で痣が出るくらい殴られても少し時間が経ったら元通りになる。それもあって皆ぼくを気味悪がっているようだった。


 そんな村にいるのが居心地が悪くて少し散歩をしたいと言うだけでお前はこの村から出てはならない!二度と言うな!と叱られた時、怒りと怯えの混じった顔で罵られた。何故ぼくはこの村にいるのだろうか。お父さんとお母さんはどうしてぼくを置いていって……捨てたのだろうか。どうしてぼくは──生きているのだろうか?


 毎日が痛くて、冷たくて、つらい。どうしてこんな皆、ぼくに酷いことをするんだろう。そう思いながら唯一お母さんがぼくに残してくれたらしいペンダントを握りしめる。それはぼくと瞳と同じ赤い石が埋め込まれていた。ぼくのものを盗る村人も何故かこのペンダントには触ろうともしなかったっけ。






「シェダー。喜びなさい。貴方はこの村から出る事が出来ます」


「え?」


「十二年………長かった……ようやくこのシミナ村は……私は解放された……」


 自由になれると涙を流し喜ぶ村長さん。その姿は観たことがないくらい晴れやかだった。その姿が不気味で、怖い。


「あの……?」


「貴方はこの村の『生贄』に選ばれました。着いてきなさい」


「は、はい……」


 生贄なんて言われて本当は着いて行きたくなかった。でも言うことを聞かないと叱られちゃう。殴られちゃう。だから着いていかないと。道中、村の皆から色々悲しくなる言葉を投げつけられて泣きそうになったけど泣くと疲れるから我慢しないと──。





 昔の事とついさっきあった事を思い出して頭がぐにゃぐにゃする。考えるのは苦手だ。考えて話しても馬鹿にされるか否定されるから言われた通りにするのが当たり前になっちゃった。





 だから今回も大人しく『生贄』になって狼に食べられちゃうんだ。そう思っていたらキラキラと光る銀髪と宝石のように輝く碧眼の、とても綺麗なお姉さんがぼくを助けてくれた。汚いぼくを嫌な顔一つせず抱きしめてくれた。人に抱かれるのは初めての事だった。魔女さんは柔らかくて、温かくて、いい匂いがした。でもそれだけじゃなくて。


「……貴方は遠回しに死ねと言われ続けているのですよ。それでいいのですか。生きたくはないのですか」


 生きる事を諦めていたぼくに魔女さんは問いかけてくる。生きたいよ。でも死ねって言われたんだ。なら死なないといけないんじゃないの……?


「…死んだらおしまいです。もしかしたら来世というものがあるかもしれませんが……今の自分ではなくなってしまう。それはとても悲しい事です。生きてさえすれば……きっといつか良いことがある。私はそう信じたい。……いえ、信じています」


 そう話す魔女さんの碧の瞳は揺れていてああ、こんなに綺麗で強い人でも死ぬのが怖いのだと分かった。そしてぼくが内心どこかで『死』を望んでいるのを見抜いて悲しんでいる事も。


「私には貴方が必要です」


 必要と言われた時、トクンと心臓が跳ねるくらい高鳴った。そんな事を言われたのは初めてだった。どうしてこの人はぼくにこんなに優しいのだろう。ぼくは村人が言うように邪魔で、鈍臭くて、目障りで、どうしようもないのろまなはずなのに。


「魔女さん。ぼくこれからどうすればいいんだろう」


「クリアと呼んでください。そうですね……実は私も決めていないのです。一緒に考えましょうか」


 ぼくと目線を合わせる為にしゃがみながら微笑を浮かべるクリアさんはとても綺麗でなぜか胸がきゅうっと締めつけられるようだった。どうしちゃったんだろう、ぼく。


「……クリアさん。ぼく……自分の両親に会いたい。もう生きてないかもしれないけど……どうしてぼくを捨てたのか……どんな人達だったのか、知りたい」


「……そうですか。ではこれからご両親を探すという事で。私の方は……これから考えます」


 正直に言うと怖い。もし奇跡的に両親に会えたとして拒絶されないか。なぜあの村に自分を置いていったのか。何故自分を捨てたのか。そもそも……生きているのだろうか。知るのが怖い。でも知りたい。これから生きていくなら、前を向いて生きるために必要な事だと思うのだ。


 だからぼくは望まれたようにクリアさんの傍にいよう。そう決めてぼくはクリアさんの手を握る。クリアさんの手は手袋で覆われていて直接見えないけれどきっと綺麗な手をしているのだろうなとぼくは思った。

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