第95話 進み始めた〈聖女〉クエスト

「やっと〈アークビショップ〉になれた!」


 ここまで長い道のりだった。ゲームだったら数日もあれば転職できたが、今は現実になり、アイテムや装備がないし、一緒に戦う仲間だって違う。成長の遅さを煩わしく思うこともあったけれど、こうやってみんなでレベル上げをするのも楽しかった。

 ……とはいえ、ロドニーのせいでいっぱいいっぱいだったけどね。


 私はふーっと息をはいて、隣にいるリロイを見る。リロイは自分の体をまじまじと見て変化を探しているようだが、残念ながら転職しても特に変化はない。


「さて、と……。ひとまず大聖堂から出ましょう」

「そうですね。誰かに見つかったらやっかいです」


 転職の光りに気づかれていたら面倒なので、私たちは急いで大聖堂を後にした。



 そしてやってきたのは――〈木漏れ日の森〉だ。笛を鳴らしてドラゴンを呼び、闇夜に紛れてひとっと飛びでやってきた。


「私は一刻も早く〈アークビショップ〉になったことをティティア様に報告したかったんですが……」


 なぜここに? とリロイが私を睨む。


「転職したらレベルを上げておかないと! 1レベル分でいいので、付き合ってください」

「……わかりました。シャロンが言いだしたら聞かないでしょうからね」


 やれやれと肩をすくめるリロイと一緒に〈オーク〉を狩りまくって、朝が来るころに1レベル上げることができた。



 ***


「おかえりなさいですにゃ! お師匠さま、リロイ!」

「「「おかえりなさい」」」

「ただいま」

「ただいま戻りました」


 宿に戻ると、タルト、ティティア、ブリッツ、ミモザが迎えてくれた。ケントとココアは転職からまだ戻っていない。


「転職は無事に終わったんですにゃ?」

「うん、ばっちりだよ! 私たちは二人だったから、一人でやってるケントたちより楽だったかな?」


 さらに言えば、私のゲーム知識もあるためスムーズに行うことができた。ケントとココアは必死に頑張っていることだろう。


「よかったですにゃ。おめでとうございますにゃ!」

「おめでとうございます、二人とも」

「「おめでとう」」


 私とリロイはお祝いの言葉をもらい、笑顔を返す。


「ありがとう!」

「ありがとうございます」


 やっと〈アークビショップ〉になったから、ここからが私無双の時間だね! もっとレベルを上げて、スキルもとっていきたいところだし、〈聖女〉クエストも進めていきたいからね。

 私はパンと手を叩いて、ティティアとリロイを見た。


「じゃあ、さっそくやっちゃおうか」

「?」

「二人とも忘れちゃったんですか? もちろん、ティーとリロイの解呪ですよ」


 不思議そうにするティティアに私が答えると、全員が息を呑んだ。


「私が転職を急いでたのは、もちろんロドニーに対抗するためでもあるんですけど、〈アークビショップ〉のスキルには〈解呪〉がありますからね」


 もしかしたら、ロドニーを食い止めるだけだったらここまでレベルを上げる必要はなかったかもしれない。しかし、この一連の流れをクエストとして見た場合は、私が〈アークビショップ〉になる必要があった。


 この世界には、呪いを解くアイテムは存在していない。呪いを解くには、死ぬかスキル〈解呪〉しかないのだ。


「よかったですにゃ。これで、二人が元気になれますにゃ」


 タルトは自分のことのように喜んで、目に薄っすらと涙を浮かべている。それにつられてティティアも涙目になりそうになっているが、ぐっと耐えているみたいだ。

 ティティアとリロイは互いに頷きあって、私の前にやってきた。


「「――お願いします」」


 二人が私の前に膝をついて、手を組んで目を閉じた。私は静かに頷き、杖の先を二人の前に向けてスキルを使う。

 スキルさえ覚えてしまえば、呪いを解くことは簡単なのだ。


「〈解呪〉」


 スキルを使うと、二人の周囲に天使が舞った。キラキラと光るその姿は荘厳で、ゲームで見るときより何倍も神々しい。

 ……すごく綺麗。


「ああ……わたしの力が、戻ってきます」


 ティティアが微笑むと、ふいにその力が膨れ上がり――瞬間、ティティアの背中に天使の翼が見えてかき消える。どうやら、呪いはティティアの力を抑えつける役目もしていたようだ。


「祈りましょう。わたしの大切なこの国のために――」


 凛とした、けれど清らかなティティアの声が耳に心地よい。

 ティティアが祈ると、それは起こった。おそらく、奇跡という言葉以外では上手く表現できないのではないかと思う。


 静かな、けれど力強いティティアの祈りは、ツィレに変化をもたらした。ルルイエによって暗雲が立ち込めたツィレの上空に青空が戻ったのだ。いや、ツィレに聖なる祈りの結界を張り――空の陰りを退けたというのが正しいだろうか。


「すごい……これが、〈教皇〉の本来の力……?」


 私が息を呑みながら窓の外を見ると、街の人たちの喜びの声が聞こえてきた。暗い空に不安を覚えている人ばかりだったので、心の外から安堵したのだろう。

 ……街から出ていった人も多かったみたいだからね。


 ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間で、すぐ私の目の前にクエストウィンドウが現れた。



 ユニーク職業〈聖女〉への転職

 教皇の呪いが解かれ、〈聖都ツィレ〉は聖なる力に包まれ天使が現れた。

 天使と一緒に女神フローディアの元へ行き、〈聖女〉の役目を知りなさい。



 どうやら無事に〈聖女〉クエストが進んだようだ。もしかしたらティティアの呪いを解いて終わりかと思ったけど……まあ、そんな簡単じゃないよね。


「……というか、天使? 女神フローディア?」


 よくよく読んでみると、とんでもないことが書いてあるではありませんか。私がじっとクエストウィンドウを見ていると、ティティアが「あ――」と声をあげた。見ると、目の色が薄い金色になっている。


「女神フローディアの遣いがいらっしゃいます」

「え?」


 ティティアがそう告げて手をあげると、ぱあぁっと大きな光が溢れ、その中心に――天使がいた。


「――!!」

「天使……!?」

「どういうことだ!?」

「にゃにゃっ!!」


 私たちは突然のことに、大きく目を見開く。リロイはすぐにティティアを庇う態勢を取りつつも、直前の言葉から敵ではないこともわかっている。ブリッツとミモザも予想外のことすぎて、どう動けばいいか判断しかねているみたいだ。タルトは驚いたからか尻尾がぶわっと逆立った。


 きっと、これがクエストウィンドウに書かれていた天使という存在なのだろう。


「私のクエストが進んでるみたいです。この天使が、女神フローディアの元に導いてくれるって……」


 私が簡単に説明すると、みんながごくりと息を呑んだ。



 光の中から現れたのは、外見一〇歳くらいの天使だった。

 頭には、天使の輪っかと羽に似たアホ毛。高い位置でツインテールにしていて、毛先はエメラルドグリーンに染まっている。腰から生えている純白の翼。透き通るような肌は、まるでお人形のようだ。白を基調にした膝上のワンピースドレスは神秘的で、天使という言葉がぴったり当てはまるような存在だった。

 ――開いた瞳の色は金色で、今さっきの神託を述べたティティアと同じ色だ。



 ふわりと浮いていた天使は、ゆっくり床に着地して慈愛に満ちた笑みを浮かべて口を開いた。


「わたしは天使。〈聖女〉候補をフローディア様の元へ案内するために参りました。さあ、行きましょう」


 天使はそう言って、私に手を差し出した。

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