第94話 覚醒職〈アークビショップ〉

 私とリロイは闇夜に紛れるように、〈フローディア大聖堂〉へやってきた。しんと静まり返った大聖堂の内部は、どこか肌寒さを感じる。けれどときおり、見張りの騎士の欠伸が聞こえて来てハッと現実に引き戻されるような感覚になる。


「しかし、ここまで大聖堂が無防備だとは思いませんでしたよ。ロドニーは一体どういうつもりですかね。確かにクリスタル大聖堂が一番大事ですが、ここを蔑ろにしていい理由にはなりません」


 リロイは静かに起こりながらも、足早に進んでいく。

 そして本当にあっけなく、私たちはフローディア像のある祈りの間に到着してしまった。



「「…………」」


 あまりにも楽勝すぎて、私とリロイから言葉が消えた。


「って、早くしよう。フローディア像に祈りを捧げると、転職できるから」

「わかりました」


 何か言いたいことがありそうなリロイだが、今はそんなやりとりをしている余裕がないとわかっているのだろう。フローディア像の前に膝をついた。


「やっとここまでこれた……」


 私はなんだか感慨深い気持ちになりながら、膝をつく。最初にここで膝をついたのは、〈癒し手〉に転職したときだった。

 まだそんなに時間は経っていないはずなのに、濃すぎる日々を過ごしていたのでものすごく懐かしく感じてしまう。


「――女神フローディアよ、私に試練をお与えください」


 そう祈ると、目の前にクエストウィンドウが現れた。



 〈アークビショップ〉への転職

 あなたの修練の努力を認めましょう。

 人を癒し慈しみ、しかし悪魔にはその魂を売らぬことを証明しなさい。



「……さてと、転職クエストといきますか。二人だったらすぐ終わると思うので、このままちゃちゃっと片付けちゃいましょう。いけますか? リロイ」

「もちろんです。が、いったいどうすればいいんですか?」


 何をすればいいかわからないと言うリロイに、確かにこの説明文ではわからないと苦笑する。


「これは、アンデット系モンスターを倒しなさいっていうことなんです」

「〈ヒーラー〉に戦えと言うんですか? ……いや、このレベルになったのですし、多少どころか十分な戦闘経験がありますね」


 リロイがハハと乾いた笑いを浮かべたので、思わず苦笑してしまう。


「とはいえ、アンデットが出る場所は限られてますけど……。リロイはどこか希望ありますか?」

「希望を聞かれても、どこにいるか知りませんよ。多少の知識はありますが、シャロンに比べたら天と地ほどの差があります」

「でしたら、私のお勧めは〈エルンゴアの楽園〉ですね。あそこにはアンデット系のモンスターがいますから」


 私が候補を上げると、リロイが「未攻略だったダンジョンですか」とわずかに驚いた。


 そういえば、〈エルンゴアの楽園〉の情報をあのあとギルドに提供して報酬をもらったけれど、提供者が私だということは言ってなかったね。


「私たち二人で行くなら、そこが一番いいと思います。ほかにもアンデット系モンスターが出てくる場所はありますけど、ほかのモンスターも強いんです。ケントとココアもいないので、無理しない方がいいですよ。エルンゴアだったら、私とリロイ二人でも攻略できます」

「では、そこにしましょう」


 ということで、すぐに出発することにした。



 ***



「騙しましたね、シャロン!?」

「なんて人聞きの悪いことを言うんですか、リロイ!」


 アンデット系モンスターがボスじゃないなんて、私は一言も言ってないというのに……っ! 人を詐欺しみたいに言うなんて、酷い。


「普通、お勧めと言われてダンジョンボスだなんて思いませんが?」

「…………」


 いつもにこやかなリロイの目が冷たくこちらを見ている。

 そんな私たちの目の前には、ダンジョンボス〈エルンゴアの亡霊〉がいる。そして丁度、攻撃しようとしてきたところだった。


「――〈女神の鉄槌〉! まったく……。ひとまず、エルンゴアをどうにかしましょうか」

「そうしましょう。〈女神の一撃〉それから、〈ハイホーリヒール〉!」


 リロイにスキルを使ってから、私もエルンゴアに攻撃する。このスキルは、タルトから〈スキルリセットポーション〉をもらって再取得したものだ。

 ……つまり、この戦いが終わったらもう一度スキルリセットという最大の苦行が待っているわけである。そう考えると胃が痛い。


 とはいえ、〈アークビショップ〉になるためだから仕方がない。


『――我に歯向かう者に、鉄槌を! 〈熾烈の器具〉!!』


 エルンゴアが調合器具を飛ばす攻撃を仕掛けてきたので、私はここぞとばかりに用意してきた〈聖水〉を投げつける。すると、エルンゴアが自分で飛ばした器具が聖水に当たって瓶が砕け散った。


「よしっ、かかった!」


 〈聖水〉はエルンゴアにダメージを与え、防御力低下の弱体化デバフをかけてくれる。これで私たちにかなり有利だ。

 ダメージを与えられることは知っているので、私は大量に〈聖水〉を投げつける。ふふ、これが聖職者の戦い方だ!


「まったく……。〈聖水〉をこんな安売りのように使われるとは思いもしませんでしたよ」


 リロイは苦笑しつつも〈女神の鉄槌〉と〈ハイホーリヒール〉を使ってエルンゴアに攻撃していく。私に呆れた様子だが、その手が緩むことはない。


 私のことを規格外のように言うことが多いけど、リロイも大概だよね……?


「っと、そろそろ倒せそうだよ!」


 エルンゴアは残りのHPが10%を切ると、杖を回して竜巻を発生させる。近づくことができないので、遠距離攻撃するというのが定石。


「〈ハイホーリヒール〉!」

「〈女神の鉄槌〉!」


 私とリロイが同時に攻撃し、支援をかけ直す。

 あと少しで倒せるので、足取りも軽やかだ。初めてエルンゴアと戦ったときは、かなりの長期戦を覚悟していたので……それを思うと、今、とっても楽! レベルが上がってパーティメンバーがいるというだけで、こうも違うのか。


 もう一度〈聖水〉を投げつけてダメージを与え、とどめだ。


「「〈ハイホーリヒール〉!!」」

『グアアアアァァァァ!!』


 私とリロイの声が重なるのと同時に、エルンゴアの断末魔が響き渡った――。



 ***



 〈エルンゴアの楽園〉から帰還した夜、私とリロイは再び〈フローディア大聖堂〉のフローディア像の前にやってきていた。

 二次職と違い、覚醒職はフローディア像の元に戻ってこないと転職が完了しないのだ。普段であれば気にもしなかったけれど、この情勢だと面倒なことこの上ないね。


 私がそんなことを考えている横で、リロイは静かに怒りの色を浮かべていた。


「…………フローディア像の部屋の鍵がまだ壊れたままです。この大聖堂には何人もの神官や巫女、〈聖堂騎士〉だっているというのに……誰も気づかないのですか? ああ、このように自堕落な管理をしているなんて、悲しいです……」

「まあまあ、そのおかげで私たちはフローディア像に祈れるんですから。とりあえずよしとしましょうよ」


 今回ばかりは非常に助かるからね。

 私はフローディア像の前に立ち、像を見上げてみる。今まで何度か祈りを捧げてはきたけれど、まじまじと見ることはなかった。


「歴史的価値に、美術的価値……それがあるんだなって、見ていて思います。もっと早く、こうやってちゃんと見られたらよかったなぁ」


 最後は無意識に呟いてしまったけれど、その気持ちは本当だ。ここに来るときは、いつも慌ただしかったからね。


「さて、最後の仕上げです。祈りましょう、リロイ」

「ええ」


 私が女神フローディアの前に跪くと、リロイもそれに続いて跪く。すると、私とリロイの体がぱぁっと光り輝いて――〈アークビショップ〉になった。

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