第93話 最悪な再会

 遠慮なく、私を「シャーロット」と呼ぶ声。

 ああ、思い出しても虫唾が走りそうだ。私は聞かなかったことにして、そのまま歩みを進める。人ごみに紛れてしまえば、きっと見失ってくれるだろう。


 ……よし、そうしよっ!!


 ということで、振り向かずに早歩きをすることにした。〈身体強化〉もかけて、競歩選手も真っ青な速度だ。私、世界新を目指せるかもしれない★


 が、今度は私の名前ではなく「ゼノ!」と呼んだ。すると、私の前方にいたグレーの髪の男が軽く手を上げた。

 ――まじか!


「ゼノ、その女はシャーロットだ! 止めろ!!」

「え!? わ、わかりました!!」


 命令にすぐさま反応した男――ゼノはバッと両手を広げるようにして私の方にやってきた。相手はどうやら騎士のようで、私が騒ぎを起こさず穏便に逃げ出すのは難しそうだ。

 ……こんな、目立ちたくないときに限って。


 私は仕方なく立ち止まり、後ろを振り返る。


「逃げも隠れもしませんよ。……私に何かようですか? イグナシア殿下」


 風が舞って、私のホワイトブロンドの髪がなびく。ああ、本当に二度と会いたくない相手だったのに。

 私の、元婚約者様。


 イグナシア殿下は私が言い返したことに驚いたのだろう。大きく目を見開いて、言葉を失っているみたいだ。昔の、従順だったころのシャーロットのことを思い出しているのかもしれない。


 だけど、残念。

 今の私は前世の記憶を取り戻したシャーロット。そう簡単に、イグナシア殿下に好き勝手させたりするつもりはない。


 驚きながらも、イグナシア殿下は私の元まで歩いてきた。ゼノは、私が逃げ出したりしないように後ろで構えたままだ。

 イグナシア殿下は私を睨みつけて、苛立たしそうに声を上げた。


「エミリアをどこにやった! 泣いて許しを請えば考えてやろうと思っていたのに、どれだけエミリアを傷つければ気が済むんだ! そんなにお前から私を奪ったエミリアが憎いのか!」

「え……?」


 一息に告げられたイグナシア殿下の言葉は、意味が解らないの一言に尽きた。

 要約すると、エミリアがいなくなったので、その原因、もしくは犯人を私だと決めつけているのだろう。


 ……というか、エミリアがいなくなった?

 まったくの寝耳に水で、冤罪もいいところだ。私は露骨に嫌そうな表情を作って、ただ一言、簡潔に「知らない」とだけ告げた。


「なっ! また白を切るつもりか!」

「いや、本当に知らないだけですけど……」


 食ってかかってくるイグナシア殿下に、私はため息を吐く。今までどうにか会うことなくやれていたのに、このタイミング……ついていない。


「それに、私はイグナシア殿下の相手をしているほど暇じゃないんです」


 これから大聖堂に行って、どんな感じか見てこなければいけないのだが――そう言いながら視線をちらりと向けてしまったのがいけないのだろう。ゼノが、「……大聖堂だな?」と当ててしまった。


「大聖堂? やっぱりエミリアに何かしたのはお前か」

「……?」


 エミリアの行方不明に、大聖堂が関わっているかのような言い方だ。そう考え、そういえばエミリアの職業は〈癒し手〉だったことを思い出す。それなら、大聖堂に出入りしていてもなんら不思議ではない。


「まだとぼけようというのか? いい加減、エミリアの居場所をはけ! そして俺に懇願しろ。謝れば、ファーブルムに連れて帰ってやろう!」

「――遠慮するわ!」


 イグナシア殿下は、どうやら話が通じないようだ。ここにいても時間の無駄だと判断した私は、踵を返して歩き出す。

 ……騒がれたら迷惑だと思ったけど、目立ちたくないのはイグナシア殿下だって同じだ。

 だったら、私は自由にさせてもらう。婚約破棄を突きつけられ、国外追放まで命じてきたこの男を、どうしろというのか。


 しかし私が歩き始めると、イグナシア殿下は焦りながらついて来た。しかも先ほど声を荒らげて目立ってしまったから、今度は比較的小声で「おい!」と私のことを呼んでいる。


 イグナシア殿下を無視したまま、私は〈フローディア大聖堂〉までやってきた。今まで通り参拝者の出入りがあるが、やはり人数は以前より減っているみたいだ。


「おい、シャーロット! 本当にここに入るのか? 私たちはファーブルムの――」

「いい加減、黙ってくれませんか?」


 私はくるりと後ろを向いて、イグナシア殿下の口元を人差し指でピッとさす。ここは仮にもファーブルムと敵対している国なのに、その名前を出すなんて混乱させるようなものだ。王子のくせに、そんなこともわからないのか。

 イグナシア殿下は私の意図がなんとかわかったようで、慌てて口を塞いだ。


「にしても、大聖堂になんの用だ? シャーロットは〈闇の魔法師〉なんだから、こんなところに用はないだろう? それとも、ここで世界の平和でも祈ってるというのか? ああ、笑顔の練習もした方がいいぞ」

「うるさい黙れ」

「――っ!?」


 思わず心の声が口から出てしまった。いけない、いけない。


 大聖堂の中は、神官と巫女が行き来している。〈聖堂騎士〉も多少はいるみたいだけれど、数はそう多くはない。

 ……やっぱり、ロドニーの警護を厚くしてるんだろうね。うん、好都合。


 私はふふりとほくそ笑んで、一応フローディア像がある部屋まで行ってみる。もしかしたら、解放されてる――なんて、あるわけないですよね。うん、わかってた。

 閉まったままの扉を見て肩を落とすと、イグナシア殿下が「ここに用があったのか?」と不思議そうにする。


「ここはフローディア像がある、祈るための部屋です。なので中に入ってみたかったんですが、閉鎖していて残念です」


 ちっとは勉強してくれと思いながら説明すると、イグナシア殿下はわずかに目を見開いた。


「ということは、エミリアはここに祈りに来ていたのか……? もしかしたら、中に入ればエミリアの手掛かりが見つかるかもしれない」

「は!? ちょ、何してるんですか!!」


 ぱっと表情を輝かせたイグナシア殿下は、扉に手をかけて開けようとし始めた。大聖堂でそんなことをしたら、すぐ騎士たちがすっ飛んでくる。


「だが……!」

「だがも何もないです! 勝手をするのはいいですけど、私を巻き込まないで下さい!!」

「――っ!」


 イグナシア殿下に関わるのは、もう嫌なのだ。私がハッキリと拒絶すると、イグナシア殿下はあからさまに動揺してみせた。


「だだだ、だが、シャーロットはエミリアが心配じゃないのか!?」

「全然?」


 むしろ、なぜ心配だと思ったのか理解に苦しむ。


「くそ、どうして――」


 イグナシア殿下が悔しそうに声を上げた瞬間、バキッという音がした。いったい何事だと音の発生源を見ると、扉がわずかに開いていた。

 …………もしかして、イグナシア殿下の馬鹿力で壊したっていうこと?


 信じられないと、私はため息を吐く。

 そういえば、イグナシア殿下はお父様に鍛えられていたね。お父様は騎士団長なので、かなりの強さだ。鍵くらい壊したとしても…………不思議ではない。たぶん。


「都合よく開いたのだから、中を確認してみるか」

「…………」


 堂々と不法侵入する王族もどうなのか。

 私は内心でため息を吐きつつも、中に入れるのはありがたいとついていく。もし何かあったとしても、鍵を壊したのはイグナシア殿下だ。私にはなんの罪もない。もし見つかったら、私は泣いて全力で止めるように言った参拝者ということにしよう。


 中はしんと静まり返っていて、私が以前きたときと同じままだった。ただ、あまり掃除をしていないのか……わずかに埃っぽいのが気になる。


 ……ロドニーの命令で、誰も中に入れないのかな?

 忍び込むことを考えたらありがたいけれど、大聖堂が心配になってしまう。早く取り戻して、ティティアが〈教皇〉として上に立てるようにしなきゃ。


 イグナシア殿下とゼノがぐるりと室内を確認している横で、私は扉の鍵を確認する。壊れはしたけれど、見た目はちょっとかけただけで、破損は大きくない。

 誰も入っていないみたいなので、私は鍵をこのままにしておいて、夜に堂々と侵入するのがよさそうだと頭の中で作戦を練った。


 そしてもう二度と会いたくないと祈りながら――イグナシア殿下たちに気づかれないよう、そっと大聖堂を後にした。

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