第92話 ロドニーの帰還

 ツィレに戻ってきた私たちが最初に行ったところは、冒険者ギルドだ。目的はドロップアイテムを売ることと、素材の購入。最近は〈火炎瓶〉の材料を高値で購入しているので、扱いも増えていて嬉しい限り。


 メンバーは、私、タルト、ケント、ココアの四人。ティティアたちは顔を知っている人がいる可能性が高いので、宿で待ってもらっている。



「えーっと、別室にご案内させてください」


 私が机の上にドラゴンのドロップアイテムを一つ置くと、受付嬢のプリムが頬を引きつらせながら「お待ちください」と言った。


 案内された別室に、私たちはドロップアイテムを複数置く。全部ではない。さすがに全部なんて出したら、プリムが卒倒してしまうことくらいわかる。


「こ、こんなに……ドラゴン素材が……」


 口元を引きつらせるプリムを見て、ケントとココアがわかるとばかりに頷いている。タルトは「いくらになりますにゃ? 素材と交換でもいいですにゃ」となんだかたくましく交渉を始めた。

 〈錬金術師〉としていろいろな素材を扱ううちに、金銭のやりとりもだいぶ慣れてきたみたいだ。ケットシーの島にいたときとは見違えたね。


「今まで頼んでいた素材のほかにも、ほしいものがいっぱいあるんですにゃ」

「素材の購入ですね。そしてこの素材の買い取りですが……正直、金額がすぐに出ません。少しお時間いただいてもいいですか? あ、最低限の金額を先にお渡しすることはできます」


 そう言って、プリムが提示した金額は五〇〇万リズだ。ドラゴン素材がいかに貴重か一目でわかる金額だね。残りの金額は、ギルドで検討して決めるそうだ。もしくは、買い取り希望のベテラン冒険者がいるかもしれないからね。そういったことを検討しつつ決めるのだろう。


 プリムが提示した金額を見て、今まで勇ましく交渉しようとしていたタルトが目を丸くして驚いている。どうやら予想外に金額が多くて動揺してしまっているみたいだ。ぶわっと逆立つ尻尾がなんだか可愛い。


「ドラゴン、すごいですにゃ」

「すごいってか、俺は金銭感覚がおかしくなりそうだよ……」

「うん、わかる……」


 驚くタルトと対照的に、ケントとココアはお金を手に入れすぎて困惑しているみたいだ。

 ……でも、これから先もっと強くなろうと思うと、五〇〇万リズ程度じゃ全然足りないからね! レベル上げとはお金がかかるものなのです。


「その金額で問題ないです」

「ありがとうございます。それでは、すぐに用意を――」

「「「――!?」」」


 プリムが安堵した瞬間、「大変だ!」と声を荒らげた冒険者が飛び込んできた。ギルド内の、いったい何事だというざわめきが聞こえてくる。


「空がおかしいんだ! すげぇやばい!」

「「「空が……?」」」


 私たちは顔を見合わせつつ、首を傾げる。あの冒険者がいったい何を言っているのかわからなくて、確認のためギルドの外に出た。

 すると、そこには信じられないような光景が待っていた。


「え……?」


 空を見上げて、私は軽く息を呑んだ。


「なんですか、あの雲は! 暗雲……というには凶悪すぎます」


 ツィレの街全体に陰りができていた。その原因は、上空に立ち上っている暗雲。暗く、しかしときおり黒紫に光り、見ているとまるでこの世ではないような感覚に陥りそうになる。


 ――ルルイエのイメージカラーに似てる。


 思わずそんなことを考えてしまった。


「あ……! 中央広場の方でどよめきが大きくなってるみたいですよ」

「私、ちょっと行ってみます!」


 プリムの言葉を聞いて、私は一目散に走り出した。私以外にも、「あっちだ!」「何があるんだ!?」と中央広場へ向かっている人は多い。いったい何が起こっているのか、この目で確かめなければ。

 すぐに中央広場に到着すると、全員の視線が大通りの南方面に向いていた。見ると、隊列を組んだ聖堂騎士が歩いている。


 そしてその中心には――闇の女神ルルイエの手を引いて歩くロドニーの姿があった。私は無意識のうちに息を呑む。

 両の手の鎖はつけたままで、目には目隠し。ダークレッドの髪に、黒を基調とした衣類。その雰囲気は物静かで、何を考えているのか――モンスターとして以外に意志があるのかが、わからない。


「本当に〈ルルイエ〉を連れてきたなんて……」


 いったいどうやったのかはわからないけれど、その光景はそう――クエストのような雰囲気だと直感的に思った。


 ……だけど、この暗雲の天気の原因がはっきりしたね。

 ルルイエを連れてきたことにより、周囲が歪み、その影響が空に出たのだろう。黒紫の雷が光っているのが、何よりの証だ。

 私がじっとルルイエを見つめていると、ふいに背後から「ロドニーごときがよく無事で返ってこれたものです」という声が聞こえてきた。


「あのまま〈常世の修道院〉の奥底で死んでしまえばよかったのに」

「――リロイ!」


 氷よりも冷たいリロイの声に、私は思わず震えそうになる。しかしすぐ横、一緒にいたティティアが優しくリロイの手を取った。


「リロイ、そんなことを言ってはいけませんよ」

「……はい」


 ティティアの言葉に諭されたわけではないだろうけれど、リロイは微笑んで頷いた。……相変わらずティティア至上主義だね。


「って、今はそれどころじゃなかった」


 今すぐロドニーをどうにかしたいけれど、それより先にティティアとリロイの呪いを解呪するのが先だ。変にロドニーにちょっかいをかけて、捕まったなんてなったらとんでもない。


「すみません、シャロンさんたち! 緊急事態なので、私はギルドに戻ります。お金も用意するので、一緒にきてください!」

「わかりました」


 空がこんなことになれば、その原因を探らなければならないのは当然だ。これからギルドは慌ただしくなるだろう。


「お師匠さま……。ティーたち、大丈夫ですにゃ……?」

「うん、それは大丈夫だと思う。だけど、宿には早く帰った方がよさそうだね」


 私の言葉に、タルト、ケント、ココアが頷く。


「てか、これはツィレの上空だけみたい……いや、ゆっくり、本当にゆっくりだけど、少しずつ広がってる?」


 空を見上げたケントは、眉を顰める。


「……クソ! 俺にもっと力があれば、騎士たちと歩いてたロドニーを捕えることができたのかもしんねぇのに」


 ケントはぐっと拳を握りしめ、遠くなってしまったロドニーを睨み続けた。


 ***


 宿に戻るとすぐ、ティティアが飛びついてきた。


「シャロン!タルト! ココア! ケント! 大丈夫でしたか? 空が暗くなって……ああ、無事でよかったです」


 小さな体を震わせながら、ティティアが安堵して微笑んだ。窓の外から暗くなった空を見て、かなり不安だったことだろう。情報を得たいと思っても、正体がばれたらいけないので迂闊に外に出ることもままならない。

 私は今見てきたことを、簡単に説明する。


「……ロドニーが〈ルルイエ〉を連れて帰ってきていました。たぶんこの空は、〈ルルイエ〉の影響を受けているんだと思います。今のところ危険はないみたいですけど、あまりこの空の下にいたいとは思えないですね」

「ロドニーが!? まさか、あそこから生きて帰ってくるとは……」

「…………それは私もちょっと驚きました」


 ロドニーはレベル46だったので、ワンチャン死んでないかなと思っていた。まあ、さすがに無理な話か。



 ひとまず素材を売った前金を分けて、私たちは今度について軽く作戦会議に入る。


「何をするにしてもまず、私たちは覚醒職になります」

「ああ。まさか自分のレベルが100を越える日がくるとはな……」


 ケントは震えつつ、「これで〈竜騎士〉になれる」と意気込んでいる。


「楽しみだね、覚醒職。それぞれ転職する場所が違うから、別行動にしよう。私とリロイは〈フローディア大聖堂〉。ケントは〈王都ブルーム〉の騎士団。ココアは〈森の村リーフ〉だね。大丈夫そう?」

「おう!」

「はいっ!!」


 私の問いかけに、ケントとココアが大きく頷いた。二人とも別行動に問題はないようだ。リロイも頷いているので、大丈夫だろう。


「タルト、ティー、ブリッツ、ミモザはこのまま待機だね。ティーのこと、よろしくね」

「はいですにゃ!」

「「お任せください」」

「すみませんが、よろしくお願いします」


 留守番組も問題はないようだ。


「わたしは〈製薬〉をして帰りを待ってますにゃ」

「ふふっ、タルトは頼もしいねぇ」


 ふんすと気合を入れる私の弟子、最高に可愛い! 私がタルトにデレデレになっていると、リロイがこちらに視線を向けた。


「私たちの転職は、夜中に忍び込みますか? この間の侵入がばれたので、警備が強化されている可能性があります。まして、今はロドニーが帰還したばかりですから」

「問題はそこなんですよねぇ……」


 私はどうしたものかと頭を悩ませる。日中の時間に使える正攻法でもあればよかったのだが、あいにくリロイの顔が割れているので難しいだろう。


「うーん、ひとまず私が一般参拝者として〈フローディア大聖堂〉に行って、様子を見てきます。その後、作戦を考えましょう」

「わかりました」


 大聖堂で転職する私とリロイはこんな感じでいいだろう。


「んじゃ、俺たちは〈転移ゲート〉で転職場所まで移動するよ」

「早く帰ってこれるように頑張るね」

「うん、いってらっしゃい」

「気をつけてくださいにゃ!」


 ケントとココアはもう行くようで、武器を手にして立ちあがった。それをみんなでドアのところまで見送り、私もそのまま大聖堂へ出かけることに。


「私も行ってくるね」

「いってらっしゃいですにゃ」

「気をつけてくださいね」


 タルトやティティアたちに見送られて、私も宿を出た。




 さてさて、〈フローディア大聖堂〉の様子はどうなっているかな。幸いなのは、ロドニーの居場所がクリスタル大聖堂ということだろう。そっちに騎士を大勢配置して、こっちが手薄だとありがたいんだけど……。

 そう思いながら大聖堂へ向かっていると、「シャーロットか!?」という声が後ろから聞こえた。


 ――私が知っている、大嫌いな声だ。



***


本日コミカライズ2巻の発売日です!

どうぞよろしくお願いします~~!


回復職の悪役令嬢 2巻

レーベル:FLOS COMIC(KADOKAWA)

漫画:片村ナムラ先生

キャラクター原案:緋原ヨウ先生

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