第90話 VS〈黒竜〉!

 ダンジョン〈ドラゴンの寝床〉にいるボスは、〈黒竜〉。漆黒の瞳に、漆黒の翼。ほかのドラゴンよりも二回りほど体が大きく、存在しているだけでその威圧を感じることができるほど。

 経験値が美味しいのはもちろんだが、私はどうしてもドロップアイテムがほしい。そのため、ある程度レベルを上げたら、〈黒竜〉狩りは必須だと考えていた。


 ヒュオオオォォと渓谷の隙間から吹きつける風が、なんだか悲鳴のように聞こえる。実際は「竜の鳴き声のようだ」とか、「竜の子守歌のようだ」など言われているけれど、ケントたちの悲惨な顔を見ていると悲鳴に聞こえてしまって仕方がない。


「えーっと、大丈夫だよ? ほら、私たち昨日ですっごくレベル上がったでしょ?」

「…………ああ。確かに昨日だけでレベルが80になってよくわからない」


 ケントはもう一度「よくわからない」と言ってから、遠い目をした。

 ……ゲームだったらもっと早く上がるんだけどね。


「さてと……。タルト、例のポーションを配ってもらっていいかな?」

「はいですにゃ!」


 私が声をかけると、タルトは懐……もとい鞄からにゃにゃーん☆と新しいポーションを取り出した。


「お、それがドラゴンのドロップで作った新しいポーションか?」

「そうですにゃ。ティーとリロイが手伝ってくれたんですにゃ」


 タルトがティティアに微笑みかけると、「はい!」と嬉しそうに頷いた。自分はほかのみんなに比べたら、あまり大変じゃなかったからと言ってティティアが手伝いを買って出てくれたのだ。


「〈咆哮ポーション〉ですにゃ!」


 ドラゴンのモチーフで作られた瓶の中には、赤い液体が入っている。材料は、〈ドラゴンの生き血〉〈ドラゴンの牙〉〈ドラゴンの鱗〉〈火の花〉だ。〈火の花〉は私がダンジョン〈エルンゴアの楽園〉でゲットしていたもので、ほかの素材はドラゴンのドロップアイテムだ。

 もっと早くこのポーションを作りたかったんだけど、いかんせん材料を手に入れることができなかった。理由は、ドラゴンを狩れる冒険者がほぼいないこと。そのため、現実になった今、ドラゴン系の素材はとても貴重なのだ。


「これを飲むと、一〇分間だけ攻撃力が10%アップしますにゃ!」

「昨日も聞いたけど、すげぇな……」


 ケントがごくりと唾を呑み込み、タルトが持っている瓶を見る。ケントは盾役だけれど、余裕があるときは攻撃もしてもらう予定だ。

 まったく攻撃をしないのは、私くらいかな? リロイも同じ支援だけど、攻撃スキルを持ってるからね。支援は私一人でもある程度は回せそうなので、ぜひちょっとでも攻撃に加わってほしいところ。

 ……もちろん、何かあったらすぐフォローしてもらうけどね!


 タルトは〈咆哮ポーション〉をみんなに配っていく。


「一〇分で効果が切れるので、忘れずに飲んでくださいにゃ」

「私もできるだけ合図を送るようにはするけど、各自の判断を優先してくれていいからね。ピッタリ一〇分で飲むのは難しいから、ある程度の誤差は出ると思う」

「わかった」


 ケントたちが頷いたのを見て、私たちは準備運動がてらドラゴンを倒しつつ〈黒竜〉の元へ向かった。




 〈黒竜〉の討伐方法は、今日の朝みんなに説明をした。かなり手ごわい相手だけど、しっかり防御しておけば負けることはない。私たちもレベルが上がって、戦闘の幅が広がった。

 ……湯水のごとく好き放題アイテムを使えてたゲーム時代が懐かしいね。


「あ、あれが〈黒竜〉ですにゃ!?」

「おっ、大きいです……」


 遠目に見えた〈黒竜〉に、タルトとティティアが怯えを含んだ声を出した。確かに今まで相手にしていたドラゴンに比べると、各段に強い相手だ。

 だけど、私たちだって負けてないからね。


 私とリロイで支援をかけ直していると、ケントが何度も深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせている。ブリッツやミモザもそれに倣い、気づけば全員が深呼吸をしていた。


「ふにゃ! いきなり〈ルルイエ〉のところに入れられたときより、落ち着く時間があるから助かりますにゃ」

「……今、生きていることに感謝しなければいけません」


 タルトとティティアは落ち着いたようで、私の方を見て頷く。リロイはそんなティティアを見て、「さすがです」と頷いていた。




 〈黒竜〉目がけて、ケントが大地をぐっと蹴り上げる。


「いくぜ! 〈挑発〉からの〈一撃必殺〉!!」

『グルアアアァァッ!!』


 ――よし!


「ここから一気に攻撃するよ!」


 私の声を合図に、全員がいっせいにスキルを使う。咆える〈黒竜〉の声に震える足を叱咤しながら、私たちは戦うのだ。


「〈ポーション投げ〉にゃ!」

「〈光の矢よ、我らが進む道を切り開いて散れ〉!」


 タルトの攻撃で大爆発が起き、そこにココアが杖と魔法書のダブル装備で言葉にマナを乗せて光の矢を放つ。いい攻撃力。それを追って、ブリッツ、ミモザ、ティティア、リロイが攻撃をする。

 出だしはバッチリだね。


「〈女神の一撃〉! からの――〈女神の守護〉〈キュア〉!」


 ココアに〈女神の一撃〉をかけ、ケントに支援をかける。キュアをかけたのは、〈黒竜〉が発する瘴気にあてられて状態異常に陥ったのを解除するためだ。

 堂々とした〈黒竜〉は、その身に瘴気を纏っている。その黒いモヤのような瘴気は視界を奪い、状態異常にしてくる。初見だと、なかなか苦戦を強いられるかもしれない。


「〈女神の鉄槌〉〈マナレーション〉!」

「順調――〈エリアヒール〉!」


 リロイが攻撃をし、支援をかける。私もそれに合わせて全体を回復して、〈黒竜〉の様子を見る。すると、〈黒竜〉が大きく息を吸いこんだ。


「ブレスがくる! ケント以外は私がいる場所まで一旦下がって!!」

「「「はいっ!!」」」


 私が叫ぶと、前で戦っていたブリッツたちが一度戻ってくる。さすがにブレスを全員がもろに食らうと、回復が間に合わない。

 ケントに支援を徹底していると、〈黒竜〉が黒煙のブレスを吐いた。熱ではなく、ぞっと体が冷や汗をかいたような感覚に、ぞくりとする。

 ……熱くないのはありがたいけど、何回も受けたい攻撃じゃないね。


「〈女神の守護〉〈耐性強化〉〈不屈の力〉」


 もうすぐ切れそうな支援をケントに重ねがけしたところで、ブレスが止んだ。これでしばらくブレスはこないので、攻撃ターン。


「〈咆哮ポーション〉飲んで、攻撃再開!!」

「っし、〈挑発〉!!」


 ケントがしっかり〈黒竜〉を抱えたのを確認してから、全員が攻撃をしていく。途中で〈黒竜〉が尻尾を大きく振り回したが、それはケントが受け止めた。

 ……ケントの成長がすさまじいよ!


『グオオォォ、オオオオォォ!!』

「にゃっ!? これがお師匠さまの言っていた、最後の断末魔ですにゃ――っ!?」


 〈黒竜〉の声を聞き、タルトが無意識に一歩後ろに下がる。が、今は引いていられるほど余裕があるわけではない。私は「大丈夫」とみんなを見回す。


「最後の断末魔――〈黒竜〉が鱗を飛ばして攻撃してくるけど、みんななら耐えられるよ!」

「断末魔をあげる暇もなく倒せたらよかったんですが……〈女神の鉄槌〉」


 私が鼓舞すると、全員が気合を入れ直す。


「やっ!」


 ミモザが飛んできた鱗を剣で叩き落し、ティティアたち後衛の前に立つ。飛んでくる鱗の数は数百と多く、さすがのミモザもすべて処理することはできない。腕に鋭利な鱗がかすり、血飛沫が舞う。


「〈ヒール〉〈女神の守護〉!」


 私が支援をかけるのと同時に、〈黒竜〉がぶんっ! と勢いよく尻尾を振り回す。それを見た瞬間、ケントが「〈不動の支配者〉!」と叫んでその攻撃を耐える。六〇秒間、自身に向けられたすべての攻撃を無効化するスキルで、使い時は事前に打ち合わせしておいた。


「いくよ、〈一、十、百、千――幾重にも織りなす無限の糸よ、彼の翼を縛りその地に落として鉄槌を落とせ〉!!」


 ココアが紡いだ長い言葉は、ありったけのマナが乗せられている。スキルを使うエフェクトでキラキラ光るココアの姿は、まさに強者。

 ドン! と地面を揺らすような大きな音とともに、マナの糸が折り重なって、〈黒竜〉を縛り上げて動けなくしたところに――巨大なマナの鉄槌が落とされた。そして〈黒竜〉は最期にありったけの声をあげ、光の粒子になって消えていく。


「うお……倒した、のか」


 ごくりと息を呑んだケントの声に、みんなが「すごい」「本当にやったんだ」「ダンジョンのボスを倒すなんて……」と口々に呟いていている。


「〈エリアヒール〉〈身体強化〉×全員分! そうだよ、〈黒竜〉を倒したんだよ! ということで、ドロップアイテムを拾って先に進もう!」

「お、おう!!」


 一番近かったケントがドロップアイテムを拾い――「先に進む?」と首を傾げた。

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