27 アイラの人質と王子の提案
(アイラに会えると思ったのに…)
私は埃だらけの小屋に膝をつく。アイラは別に僕のことなんとも思っていなかったのか? そう考えるとわりとありそうで悲しい。ずっと片思いだったのか…。
落ち込んで静かにしていると、川のせせらぎがかすかに聞こえてくる。思い出す、森の中を行く川の清々しさと美しさ。アイラと作った石の橋。
(そういえば、石の橋はこの裏だったな…)
アイラはそっちにいるんじゃないか? 僕は小屋を出てせせらぎの音を頼りにアジサイの茂みの中を進んでいく。古びた石の壁。確かこの茂みのどこかに…
ガザガザとアジサイをかき分けて歩く。すると…
「おい、誰かいるのか!」
突然、アジサイがしゃべりだすような感覚。誰もいないと思っていたのに地面から声が聞こえた。
「え? アイラ?」
「エリックか? すまん助けてくれ!」
声を頼りに茂みを掘り返すように探すと、地面に伏せたままのアイラを発見する。
「そ、その、つかえて動けなくなった」
帝国最強と世界から恐れられる闇落ち聖女。そのリーダーであるアイラ。そんな彼女が今ここで穴にはまって、助けてと懇願している。
「笑ってないで早く助けろ!」
こういう、案外ドジで何かやらかすところも、全部ひっくるめて彼女のことが好きだった。
「ははは。世界中探しても君以外にこんな侯爵令嬢いないだろうな」
めちゃくちゃ、恥ずかしそうにするアイラであった。
*****
私とエリックはひとまず思い出の小屋に入る。おかげさまで服が泥だらけだった。昔はこんなの…、今もそんなに気にしないか…。
とにかく、久しぶりの秘密のお茶会である。でも、今さっき
「そういえば、ゼファーリア侯爵もご婦人もご無事なのか?」
だから、王子は気を使ったのだろう。しゃべりやすそうな話題から切り出す。ここで一緒に遊んだ姉さんの話題を出さないあたり、死んだことは知っているようだし。
「あぁ、父さんも母さんも無事だ。今はエレーヌに住んでる」
「時々出している手紙はやっぱりそうなのか」
「あぁ、ただ、私がここから脱走したり、命令違反をしたら命は保証されないけどな」
手紙を送ればすぐ返してくれる両親が、ある意味で私を帝国に縛り付けるのだ。エリックの言う通り本来なら帝国は侯爵なんて地位の人間を生かしてはおかない。だけど、私と姉さんで家族を守った。
戦争が始まったという知らせから、あっという間に戦争が終わってしまった。
「心配して父さんがやってくるより先に、帝国兵にここが取り囲まれてな」
「どうなったんだ?」
「じいやが秘密の隠し通路から逃げるって言いだして」
「そんなものあったのか」
「あぁ、私も驚いたけど…」
私は、この小屋の床下を指差した。エリックが床を見る…。
「この小屋が隠し通路の入り口か?」
「そうらしい、まぁ、役には立たなかったけどな」
綺麗な横隊を組んでやってくる戦列歩兵の時代は役に立ったかもしれない秘密の通路も、エンジンを積んだ装甲車両を主力とする機動戦には無意味だった。
「現実は甘くなかったけど」
エリックは言葉を失っていた。どうやってフォローしていいかわからないのだろう。
「結局全員捕まって…今はこの通り」
そして、無事に一家全員が生き残ることができたのは、父さんたちが人質となり、私たち姉妹が戦力となるという明確な役割分担ができたからである。
「愚かだったのかな…」
ほら、エリック。私は昔の私じゃないんだよ。こんな私に手を差し伸べたら、深淵にひきずりこんでやる。さぁ、私なんか捨ててさっさとどこかへ逃げるといい。
「要するに、君たちの両親も助ければいいんだな?」
「へ?」
「この作戦が終わったら侯爵のいるエレーヌの町に行こう!」
エリックには王子のすべきことがあるだろうに、彼はどうして私にそこまで構うのか。
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