26 感動の再開?


 木漏こもれ日が細く尾を引くほどに深い森の中を歩くと、小川のせせらぎが聞こえてくる。


 懐かしく思いながら森を進むと小さな小川が昔と変わらず流れていた。そして、対岸にはゼファーリア城の古びた壁が現れる。小川を堀のように利用して高さを稼いだ城壁である。


(よく、ここで遊んでたな…)


 石の城壁はたくさんのこけを蓄えていた。


(この先のほうだったな)


 鉄壁っぽい城にはお約束ともいえるが、私しか知らない抜け穴があった。その抜け穴から街に出かけては農夫のオヤジにいたずらして、怒られたものだった。


 私は思い出の抜け穴を探す。そして、抜け穴の手前にはエリックと作った記念物があったりする。


(あ、まだ残ってる)


 石造りの小さなアーチ橋。その形はまだしっかりと残っていた。


 最初は私が板一枚でかけた橋だったからすぐ流されてしまった。そんなときに現れた気の弱いエリック少年がいて、普段は全く頼りないのだが、こういう橋を造るようなことには熱心だった。少年の指示のもと姉さんと三人で一緒に作ったのが今も残る橋である。


「壊れないか確かめてやる!」


 と、私が飛び乗ってもびくともしない立派なアーチ橋である。その時の少年の自慢じまんげな表情は今でも思い出せそうだった。


 アーチを組むためにその辺の石を選んで、時には砕いて作った橋は、獣一匹通るような幅しかないが、今でもしっかり私の体重を支えている。


 石の橋はブーツの足音も美しく響かせる。


(さて、抜け穴もしっかり残ってるな)


 抜け穴の向こう側には、私と姉さんとエリックの3人の秘密の小屋があって、そこでお茶会ごっこをした。貧弱なエリックに私のドレスを着せて、私がエリックの服を奪い取って王様役をやった気がする。黙って従うエリックをからかって遊ぶのが好きだった。


 城壁の前で膝をついてしゃがむと、岩とアジサイに囲われた子供しか通れないようなトンネルがいまだに残っていた。この先に、思い出の場所がある。


(よし、感動の再開と行こうじゃないか!)


 私は、幅ギリギリの抜け穴に頭を突っ込む。


 *****


 アイラとの思い出の森へ向かう。かつて、少女と思い出を作った小屋。秘密のお茶会会場である。思い出すのは、勝気な次女に振り回された思い出ばかりであるが、国を背負う運命が僕には待っていて、いろいろなものを背負い込まされて育った僕。王子として、あるいは王としてのふるまいを叩き込まれ、うんざりしていた日々の中。


 唯一アイラの前では僕が下僕だった。


(服を奪われて、ドレス着せられたな…)


 そういう理不尽もたまにはうれしかった。人を導くのは正直好きじゃない。たまには誰かの下僕でいたいと思っていた。


 しかし、僕が社交界に出てから、一般の女性はアイラと違ってみんな僕にびてくるばかりだった。どんな、素晴らしい教師に導かれようとも、僕だって迷うのだ。欲しいのは誉め言葉ではなく本音の言葉。包み隠すなら、むしろ好意を隠して素直じゃないくらいのほうが僕は好きだった。


 立ち入り禁止と書かれたゼファーリア城の裏口がちて壊れていた。


(ここから近道していこう)


 夏休みになるとこの場所で家族と過ごすこともあった。ゼファーリア家とは両親も含めてから仲が良く、都会と違って新聞記者に囲まれることもなく、自由に馬を操って遠出できた。


 考えてみれば、ゼファーリア侯爵が秘密の小屋の話をしたのは、あるいはアイラやフィナとくっつけたかっただけかもしれない。


侯爵こうしゃく令嬢れいじょうであの性格じゃもらい手も少ないだろうしな)


 余計なお世話だと心の中で怒られた気がした。


 コルコアが僕の背中を押したのもきっと、あの思い出の小屋に行けば、きっと昔のように彼女が待っていることを知っているのかもしれない。


 小屋の扉の前で待ち構えていて、私のことを脅かしてくるかもしれない。久しぶりだし驚いてやろうじゃないか。


 私は小屋の前に立ち、アイラが出てくるのを待った。しかし、彼女の姿はなかった。扉に手をかけ小屋に入るが、ずっと昔に放棄されてそのままの様子だった。懐かしい場所であるが埃が積もったままで、人が入った気配はない。


「あれ?」


(アイラはどこへ行った? 思い出の場所間違えたかな?)


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