25 懐かしの場所


 飛行艇で留守番する間、リリーと一緒に機体を掃除していた。私が手動のポンプを手でこいで湖の水をくみ上げ、リリーが飛行機の上からホースで水を撒く。その間、コルコアは飛行機の中を片付けている。


 静かな湖畔にリリーの鼻歌が響く。

 

 ぼんやりと、ゼファーリア城を見上げる。かつて、この地に暮らした少女は一体この景色を見てどう思うだろうか?


「エリック殿下。ご休憩はいかがでしょう」


 コルコアが紅茶を入れてくれたらしい。


「じゃぁ、お言葉に甘えて」


 彼女の誘いで機内に戻る。


「リリーも休憩していい?」


 翼の上からひょっこりと顔が覗く。そんなかわいらしいリリーに対して振り向いたコルコア。


「あっ、リリーはやっぱりもっと頑張る!」


 コルコアがどんな顔をしたのかわからないのだけど、リリーは急に焦ったような表情に変わった。


(恐れられているらしい…)


 それはさておき、湖畔に浮かぶ飛行艇で優雅なティータームが始まる。


「いい天気ですね。あと、この時期なのに本当に暖かい場所で」


「あぁ、オーラシアの穀倉庫とも言われるしな」


「ここにお起こしになったことは?」


 もちろんある。私の思い出が蘇る。ここに初めてやってきたのは私が8歳くらいだったと思う。夏になると乗馬の練習のためと言ってここに預けられたのが始まりだった。


「何もない平野で誰かの目を気にすることなく馬で駆けまわれることが新鮮でした」


「そしたら?」


 コルコアに思いっきり急かされてしまう。まるでこの後の馴れ初めを知っているかのような彼女の様子。よく見るとコルコアの闇深い瞳が興味津々だった。


「アイラ様との馴れ初めが聞きたいかしら」


 すべてを知っているわけでもなさそうで、しかし、なんとなく未来をわかっているようであったけど、私はそのまま話を続ける。


「アイラという少女は城に来て何日か経ってから登場する」


「やはり出会うのですね」


「あぁ、ここの領主様からある怪談話を聞いてな」


「怪談?」


「ゼファーリア城内には森があって、そこの茂みの奥深くにこどもしか入れないような小屋があるという。その小屋には妖怪が住んでいるという話だった」


「あら、かわいい妖怪ね」


「それで、なぜか私が確かめに行くことになってな」


「そこで出会いましたの?」


「そうだよ」


「それで?」


「アイラとフィナ様に滅茶苦茶めちゃくちゃおどかされたました」


「ふふふ」


 しかし、男として昔の片思いを引っ張っているのはなんだか恥ずかしい気持ちもあった。こうして、コルコアに打ち明けているだけで十分だ。


「まぁ、恥ずかしながらここでの思い出が良かったんだ」


素敵すてきではありませんか」


「そうかね?」


 コルコアが聞き上手だからなのかもしれないが、私はずっと思い出話を語っていた。そして、そうして時間を過ごしているうちに、クロルの声が聞こえてきた。


「おーい、とりあえずあるだけもらってきたぞ!」


 トラクターにタンク車を引かせてやってくる二人。しかし、アイラの姿が見えなかった。


「おかえりなさいませ。アイラ様はどうなさいましたか?」


「散歩だってさ」


 コルコアが私のほうを見る。彼女に珍しいにやりとした表情だった。


「エリック殿下もお散歩なさってはいかがでしょうか?」


「え?」


「さぁ。淑女しゅくじょを待たせては紳士しんし失格ですわ」


 そう言ってコルコアは強引に私の背中を押すのである。


「行ってらっしゃいませ」

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