23 キリエの秘密


 飛行艇は暗い渓谷けいこくを進む。深い崖に囲われた長い渓谷を抜けると、そこには黄金色こがねいろの豊かな平原が広がってくる。


「綺麗だな」


 私が昔住んでいたティエット王国、そして父の治めたゼファーリア侯爵領。なつかしい景色だった。


 低空飛行する飛行艇から見えるのは、小麦を収穫する農夫たち。みんな作業の手を止めて飛行艇を見上げている。


「どの湖に着水すればいい?」


 キリエは古城を指差した。


 あそこは旧侯爵が所有していた城であり、それを見下ろす風光ふうこう明媚めいびな湖がある。大胆にもここに着水するらしい。


「おい、クロル。窓閉めろ。水浸しになるぞ」


「はーい」


 それと、故郷であるがここは敵地でもある。こんな時のためにきっちり武装を用意している。


「各位装備Aを準備せよ!」


「ラジャー!」


 そう言って、キリエとエリックをコックピットに残して、扉をぱたりと閉める。私たちは、装備Aの準備をするのだ。


 *****


 アイラはなぜか扉を閉めてしまう。


「装備Aってなんだ?」


 しかし、副パイロット席に座る寡黙な少女はニコニコしているだけだった。敵地とは言え故郷へ来てドンパチ始めるわけでもなかろう。


 後ろの様子が気になるが、今は着陸アプローチをしなければならない。管制塔もない場所への着陸は、いったん着陸予定地点を飛び越えて着陸地点の安全を確認する必要がある。


 湖には波一つ立たないほど静かである。水面には空がきれいに映る。ここに飛行艇が一機近づいたことで空に波紋を残してしまい申し訳ない気分になる。


「え、それってそうやってつけるんですか!」


「ガーターはパンツの下でないと不便になりますの」


 キャビンからにぎやかな声が聞こえてくる。


(そうか、革命聖女隊の制服に着替えているのか)


 別に、聖女が世直ししていたのは帝国だけじゃない。魔力の強い女性は聖女と呼ばれ、国家が医術や勉学を教え、奇跡の力で人々をいやし、時に戦って世界もみちびくような尊敬そんけいされる存在だったのだ。


「なんか、スカートきつくないか?」


「アイラの尻がでかくなっただけじゃないのか?」


 ゴツン、という鈍い音がする。


「痛っ! 殴らなくてもいいだろ!」


 もともと、宗教と魔法は密接なかかわりがあったが、連邦政府が革命によって打倒されプラウダ党が支配するようになってからは、聖女が餞別せんべつされ、党員資格のない聖女は全員辺境の地に送り飛ばされたという。


(独裁国家はどうしてそんな扱いしかできないのだろうか)


 それは、私にとっての漫然とした不満の一つだった。


 そうした考えごとを遮るようにガチャリと扉が開く。顔を出したのはクロルだった。


「着陸したら二人ともすぐ着替えろよ!」


 そして、2着の制服をキリエに手渡す。


「もうすぐ着陸だ、全員座席についてくれ」


「あいよー」


 そして、私はクロルの対応を見て一つ疑問がわいてきた。


 なぜここにキリエを残して4人だけで着替えたのか? 5人で着替えたほうが面倒ではないだろうに…。


 操縦しながらであったが、必死で思考を巡らせる。そしてたどり着いた答えは一つだった。そして、それを確認する手段は一つしかない。


「なぁ、キリエ」


 銀髪の少女はこちらを向いた。


「君はもしかして男なのか?」


 キリエはこくりと首を縦に振った。通常、男は魔力が低く聖女になれないのだが、まれに魔力の高い男がいる。なるほど、キリエは稀有けうな少年の聖女だったというのか! そして、男の聖女って何て呼ぶのだろうか?


 *****


 水に浮かぶ飛行艇はゆっくりと湖岸の桟橋さんばしに向かって進む。様子を伺う村人に対して私は手を振って安心させる。


「おーい!」


「もしかしてアイラちゃん?」


「お久しぶりです!」


 城から最も近いところの農夫のオヤジが話しかけてくる。昔より痩せたけど元気そうだった。


「まさか連邦の聖女様になってたとは、馬子まごにも衣装だね」


「ははは、面白いこと言うと党に突き出しますよ!」


「やめて! ほんとやめて!」


 懐かしい。何もかも、すべてが懐かしい。帰ってきたんだこの場所に。

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