小学生推参

「お兄ちゃんが…………小学生になっちゃった…………?」


 俺のアバターを見た真冬ちゃんが、信じられないというように頭を押さえて呻く。普段の俺とかけ離れたその姿にどうやら衝撃を隠し切れないようだった。無理もない。


「かっわいいでしょー? ほら真冬、これがアンタの新しいお兄ちゃんよ」


 静がニヤニヤしながらノートパソコンを持ち上げ、真冬ちゃんに近づける。真冬ちゃんはそれをまじまじと見つめて…………信じられない言葉を発した。


「…………確かに、可愛いかも」

「でしょー!? 絶対人気出るわよー」

「マジかよ…………」


 真冬ちゃんはディスプレイを見つめると頬を緩ませた。一体どうなってんだ。


「なんだか、昔のお兄ちゃんみたい」

「そうかあ? 昔の俺って、もう少し渋みが滲み出てたような気がするけど」

「全然そんなことないよ。優しくて…………かっこよかったもん」

「…………そうか」


 俺はこっ恥ずかしくなって顔を反らした。昔の事を言われるのは、今の事を言われるよりむず痒い。


「ちょっとおふたりさーん、私がいない時代の思い出に浸るのは止めてくださーい。可愛い静ちゃんを除け者にするのはよくないぞー?」


 静がうざったい動きで視界を荒らしてくる。可愛い静ちゃんという存在が見当たらなかったので俺は頭を振って探したが、見つかることはなかった。


「それにしても…………ついにラフが出来たかあ。デビューまでもう少しだね」

「そうなのか?」

「普通は外部に委託するからここから何ヶ月もかかるんだけどね。うちは社内に絵師さんとかエンジニアさん抱えてるから一ヶ月も掛からないよ」

「…………マジか。もうそんな近いのか」


 そういえば電話口で麻耶さんが「もう3Dモデルを作り始めている」って言ってたっけ。きっと現場は超特急で作業を進めてくれているんだろう。


「なんか緊張してきたな…………」

「私も初配信はめちゃくちゃ緊張したなー。確か2万人くらい来たんだけど、後から見返したら声震えてたっけ」

「仕方ないって。俺なんか全然喋れる気してないもん」


 2万人…………凄すぎて現実味がない。頭がまだ理解しきれていない感じ。きっと本番になって初めて事の大きさに気が付くんだろう。


 俺が刻一刻と近付いてくる初配信に思いをはせていると、静が思いついたように言う。


「うちの会社の方でもある程度レッスンとかする事になると思うけど、試しに今練習してみよっか」





「えー…………なんだ…………あの…………よ、よろしく? お願いします? …………みたいな?」

「声が小さーい!」

「何が言いたいのかよく分からない」

「うぐっ…………」


 本番だと思ってやれ。

 そう命令された俺はリビングの壁際に立たされていた。テーブルに着くふたりは審査員のように厳しい眼で俺を非難してくる。


「なんだお前ら、ヤジを飛ばすなヤジを」

「ちょっと、ちゃんとやりなさいよ」

「ならちゃんとしたコメントをくれ」

「ちゃんとしたコメントをしてるじゃない。声は小さいし何が言いたいかもよく分からなかったわよ」

「理路整然としてたと思うけどな」

「ないない。私の初配信の方がなんぼかマシだったわよ今のは」


 静は呆れて顔の前で手を振った。真冬ちゃんも珍しく静に同意して小さく頷いている。


「マジか…………というかさ、こういうのって普通キャラ設定みたいなのあるんじゃないのか? 特徴的な挨拶とか語尾とかさ。静だって一応清楚系なキャラな訳じゃん…………中身はこんなだけど」

「うっさいわ! …………確かに普通はそうなんだけどさ。でも麻耶さんがキャラ作りしなくていいって言ってたし、蒼馬くんはそのままでいいんじゃない? それにキャラ作ったままチャット捌くのって普通に難しいよ? 麻耶さんがそういうのやらなくていいって言ったのは蒼馬くんが初心者なのもあると思う」

「なるほどな…………」


 確かに、普通に喋れないのにキャラ作ったまま喋れるわけもないか。


「私からアドバイス出来ることがあるとすれば…………そうね、見ている人全員が、自分の事大好きで大好きで溜まらないって思うこと。絶対に嫌われることないって思いこむこと。そうすれば、緊張なんてしないでしょ? だって何言ってもいいんだもん」

「絶対に嫌われない…………? なんだそれ、家族みたいに考えろって事か?」


 何気ない俺の一言に、静は目を丸くする。


「────それいいかも。リスナーは家族。そう思ってやってみてよ」

「…………実際に家族が見ています」

「真冬ちゃんは妹じゃないからね」


 小さく手を挙げる真冬ちゃんを軽快に捌く。お、何かいい感じかもしれない。


 リスナーは家族…………リスナーは家族…………


「じゃあ────いくぞ」


 小さな心持ちひとつかもしれないが、俺は飾ることなくすらすらと喋ることが出来た。




 2週間後の休日。


「ちょっとちょっと蒼馬くん! バーチャリアルのツブヤッキーみた!?」


 リビングにあがりこんでくるなり静が叫ぶ。


「騒がしい奴だな…………ツブヤッキーがどうかしたのか?」


 料理する手を止めリビングに移動すると、静がスマホを押し付けて来た。画像が表示されている。


「何だこれ────ぶふっ!」

「ねwwヤバいよねこれww」


 とんでもないものを見せられ思わず吹き出す。

 表示されていたのは────バーチャリアル男性部門メンバー発表の画像。


 宇宙空間のような黒ベースの背景に、4人のキャラが思い思いの決めポーズを取っている。それはある一点を除けば普通のキービジュアルだった。


 どうにも見過ごせない、その一点とは────


「なんで虫取り網が追加されてんだよ!」


 ────そう、俺だった。


 なんと俺以外の3人は黒いタキシードに身を包み、髪をカラフルに染め、今すぐどこのホストクラブに行ってもトップになれそうなビジュアルをしていた。セクシーな決めポーズとその妖艶な笑みで、数多の女性をイケナイ領域に連れ去ってしまいそうだ。


 …………そして、そのすぐ隣には虫取り網を力強く掲げたシャツと短パン姿の小学生が並んでいる。俺だ。


 …………浮いているどころの話ではない。

 質の低いコラ画像染みたその画像は────確かに公式がアップロードしていた。


「蒼馬くんのキャラめちゃくちゃ話題になってるよ。『小学生おるwww』って」

「そりゃそうだろ…………こんなのに並べられたら…………」


 自分のスマホで検索してみたら、いや検索するまでもなく大量のツブヤキが表示される。


『バーチャリアルのメンズ一期生攻めすぎwww』

『まってこの子めっちゃ可愛いんだけど』

『小学生、どんな感じのキャラなんだろ』

『他のイケメンの話題全然なくてワロタ』

『一期生の推し決まりました』


「マジかよ…………」


 一期生の話題はその殆どが俺だった。

 悪ノリではしゃいでいる奴が大半だが…………ちらほらとガチっぽいツブヤキを見かけ俺は戦慄した。


「ねーだから言ったでしょ? 人気になるって」


 したり顔の静はこうなる事が分かっていたみたいだった。俺の頭上にはハテナマークが大量に生成され、それは暫くの間消えることはなかった。

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