第92話 正直に言わないと罪が重くなることがある
「えっ? 先輩どうしました? 自分のことがわからないんですか?」
「まさか記憶喪失! リウトちゃんお姉ちゃんのこと忘れちゃったの!?」
「本当に記憶喪失ですかね? 兄さんのことだから罪を逃れるために演技をしている可能性も考えられます」
ちっ! 瑠璃とコト姉は記憶喪失を信じてくれそうだが、ユズだけが嘘だと疑っているようだ。
「リウトちゃんリウトちゃんお姉ちゃんだよ? 本当に覚えてないの?」
「ごめん。全然わからないよ。お姉さんのように綺麗な人なら1度見たら忘れないと思うんだけど」
「お、お姉ちゃんが綺麗! もう⋯⋯リウトちゃんったら正直なんだから」
コト姉は俺が褒めたことで頬を赤くして喜んでいる。
よし。これでコト姉はこちらの味方についたも同然だな。後は瑠璃とユズを攻略して徐々に記憶を戻して行けばこの窮地を逃れることができるだろう。
「ユズユズ、先輩って本当に記憶を失っているんですかね?」
「私は怪しいと睨んでいますが」
「でも事実だったら大変ですよ」
「そうですね。確かこういう時は頭をバシバシ叩けば衝撃で記憶が戻ると聞いたことが」
「それって先輩に私がよくやられるやつです」
「えっ? 兄さんは瑠璃さんにそんなひどいことを?」
瑠璃め、人聞きの悪いことを言うんじゃない。せいぜいデコピンか軽く小突くくらいだろうが。それとユズは俺の頭を壊れた電化製品と勘違いしているんじゃないか。
「でも力が最低値の私が叩いても先輩の記憶を戻せる自信がありません」
「それなら安心して。お姉ちゃんがもう1度リウトちゃんの頭にさっきと同じ衝撃を与えるから」
こっちとしては安心できる要素がまるでないのだが⋯⋯。
まずい。このままではコト姉の一撃を食らって本当に記憶喪失になりかねない。お願いだから誰か止めて下さい。
「お姉ちゃんやめて下さい。そのようなことをしたら今度こそ兄さんが死んでしまいます」
ユズがコト姉の暴挙を止めようと俺を護ってくれている。
ユズ、頑張ってコト姉を説得するんだ。このままだとマジで俺の命が危ない。
「それより良い方法があります。お二人ともここは私に任せてくれませんか?」
「お姉ちゃんはリウトちゃんの記憶が戻るならユズちゃんに任せるよ」
「わかりました。ここはピ◯コロ大魔王の身体を貫いた、ユズユズの全てをかけた拳に賭けましょう」
「そんなことしませんから!」
何だ? ユズは何をするつもりなんだ? こっちとしてはさっきから物騒な言葉が聞こえるから安心できない。とりあえずコト姉の一撃だけは本当に勘弁してほしいぞ。
そしてユズはこちらに近づいてきて正面から俺を見つめてきた。
恥ずかしいのか瞳は潤ませ、頬は紅潮し、いつも俺に「死んでください」と言っているユズの表情とは明らかに違うことがわかる。
「に、兄さんは私と⋯⋯こここ⋯⋯」
「鶏?」
突如ユズが鶏の物真似をし始めた。むしろ俺ではなくユズの頭が大丈夫か心配になってしまうぞ。
「違います! 兄さんは私とこ、恋人だったことも忘れてしまったのですか!」
「えっ? 恋人⋯⋯だと⋯⋯」
ユズは何を言い出すんだ! 俺とユズが恋人なはずないだろ!
いや、落ち着け俺。これはユズの策略だ。ここで即座に否定すれば俺は記憶を失っていないことの証明になってしまう。ここは冷静に対処するのが得策だ。
だが俺が言葉を発する前に冷静じゃない2人がユズを問い詰める。
「ユズちゃんどういうこと! お姉ちゃん聞いてないよ!?」
「先輩とユズユズが恋人だなんて。アニメや漫画を見すぎて、とうとう現実と異世界の区別が出来なくなっちゃったんですか!」
何気に瑠璃のユズに対する突っ込みひどくね?
そもそもユズがそうなった原因は瑠璃だということを忘れないでほしい。
「わ、私と兄さんはキ、キスもしましたから! 覚えてないんですか?」
「「キ、キス!」」
何故それをここで言う! コト姉と瑠璃がすごい形相でこっちを見ているんですけど。
だがこれは罠だ。してないと否定すれば何故していないことを覚えているのか問い詰められ、したと言えばやっぱり記憶があることがバレてしまう。
「もし忘れているとしたらここは姉さんの拳でもう一度思い出してもらうしかありませんね」
ひぃっ! これは覚えていても覚えていなくても地獄じゃないか!
やはり記憶喪失だなんて嘘をつくんじゃなかった。しかし今さら本当のことを言えない。
「ユズちゃんがそうくるならお姉ちゃんも考えがあるからね」
コト姉まで何かしてくるつもりなのか? 願わくはこれ以上事態が悪くならないでほしいぞ。
そしてコト姉がこちらに来て俺の手を握ってくる。
えっ? 何故手を握る? コト姉の意図がまるで読めない。
「じ、実はお姉ちゃんもリウトちゃんと⋯⋯こ、恋人同士なの!」
「「「えっ!」」」
この姉は何言ってるんだ! よりによってユズと同じ事を言うとは!
「お、お姉ちゃん何を言っているんですか。まさか兄さんは実の姉と付き合っていたなんて不潔です最低です!」
それはユズにも言えることでは? 自分のことを棚に上げて何を言ってるんだ。
「なるほど。私は全てを理解しました」
瑠璃⋯⋯2人が嘘を言っていることをわかってくれたか。お前だけが今この場で良識を持っている唯一の人物だ。
だがこの後瑠璃は俺の予想を裏切って最悪なことを口にし始めた。
「先輩は隠れてユズユズと琴音先輩の両方と付き合っていたというわけですね」
「そうなの!?」
「そうなんですか!」
そのセリフ、俺がコト姉とユズに言いたいよ。そして瑠璃は全く俺の真意を理解していなかった。
とにかく記憶のない俺は瑠璃の言葉にイエスもノーも言うことができない。
「そしてゆくゆくは姉妹丼として2人を頂くと」
「姉妹丼ってなあに?」
「兄さんハレンチです! 死んでください!」
「最低ですね」
「そんなわけがあるかぁぁぁっ!」
俺は瑠璃の言葉に思わずツッコミを入れてしまう。
はっ! つい冤罪をかけられて演技をするのを忘れてしまった!
だが時は既に遅し、3人は目を細め疑いの眼差しをこちらに向けていた。
「先輩は記憶がないはずですよね?」
「私が思っていたとおりやっぱり兄さんは罪を逃れるために記憶喪失の振りをしていましたか」
「リウトちゃんお姉ちゃんに嘘をついていたの!?」
嘘をついていたのはコト姉とユズも同じじゃないかと言いたかったが、3人のプレッシャーを前にして俺は何も言うことができなかった。
「この18禁の異世界漫画に出てきそうな先輩をどうしましょうか」
「姉妹丼だなんて。兄さんはいつも勉強しているかと思ったらエッチな勉強していたんですね」
姉妹丼の意味がわかるユズにそれを言われたくないぞ。
「とりあえずリウトちゃんは正座ね」
「は、はい⋯⋯」
こうして俺は記憶喪失の振りをしたことによって、この後コト姉から2時間の正座と説教を食らうことになり、心身共にボロボロになったことは言うまでもなかった。
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