第72話 女の子が泣いている現場にいると冤罪をかけられることがある
結side
天城くんに過去のことを話していたら、6年前のお父さんのことを思い出して思わず泣いてしまいました。
自分の中では昇華していると思っていたけど、私の中のお父さんへの想いは変わらず生きている。
辛い過去だけどこの気持ちを忘れるつもりはない。絶対に忘れない。
忘れられないからこそ天城くんに対するわだかまりもまだ残っており、紬には悪いけど天城くんとの付き合いは最低限で行こうと思う。
けれど私は情緒不安定だったとはいえ、付き合いを減らそうと考えている人の胸を借りて泣いてしまった。
もう心は落ち着いたと思う。けどなぜだか離れたくない気持ちもあるような気がする。これじゃあさっき思っていたこととは反対⋯⋯。もしかしたら男の人の胸を借りて泣くことなど、お父さん以外にしたことがないから、天城くんをお父さんに見立てているのかな?
そんなわけないのにね。けれど優しい所は天城くんもお父さんに似ているかもしれない。
私はお父さんの温もりを思い出してしまったので、もう少しだけ天城くんの胸を借りることにした。
リウトside
神奈さんが俺の胸で泣いて10分程経つ。
嗚咽も無くなり、そろそろ落ち着いたかな?
神奈さんも冷静になって離れるタイミングがわからなくなっているんじゃないかと思う。俺から引き剥がすのも何か違うし⋯⋯。
トントン
俺はどうするか迷っていると、タイミングが悪いことに部屋のドアがノックされる。
「リウト、早くプールに行かない? 私もう待ちきれなくて」
ちひろだ! まずい、とにかく神奈さんを引き剥がさないと! 神奈さんのこんな姿を見られたら何を言われるかわからない。
「あ、後で行くから先に行っててくれないか!」
「なに? まさか別荘について早々、1人で変なことをしているんじゃないでしょうね」
しかしちひろは俺の待ったなどお構いなしに、部屋のドアを開けてくる。
「ちょ、ちょっとドアを開けないでくれ!」
だが時既に遅し。ちひろはドアを開け、俺と神奈さんの様子を見て固まっていた。
恋人でもない男と女が部屋に2人だけ⋯⋯そして女の方は涙を流している。そこからちひろが何を想像するか容易にわかることだ。
「ち、違うんだ⋯⋯これはその⋯⋯事情があって⋯⋯」
しかし俺だけではなく、神奈さんのプライベートなことも含まれることなので、ちひろに説明することはできない。
「リウト⋯⋯大丈夫。わかってるから。私はあんたと何年一緒にいると思っているの?」
たった1年だが今はその言葉が頼もしく聞こえる。
「よかった。わかってくれて」
「ええ、わかってるわ。私はリウトはシスコンでロリコンだと思っていたけど⋯⋯」
ん? 何かわかっている方向性が違くないか? しかもシスコンでロリコンってちひろは俺のことをどんな風に思っていたんだ!
「まさか神奈っちに手を出すとはね」
「いや、手を出していないから! 一回落ち着いて話そう」
やはりというか、ちひろは現場を見て間違った解釈をしてくれたようだ。
「てっきりツムツム狙いだと思ったけど騙されたわ!」
ちひろは顔をしかめ、本当に悔しそうな表情を浮かべていやがる。
「それも間違いだから! 神奈さんもちひろに何か言ってやってくれないか」
俺の言うことは信じなくても、神奈さんの言うことは信じてくれるだろう。情報をどこまで出していいのかわからないし、ここは神奈さんに任せるのが正しい選択のはずだ。
「わ、私⋯⋯あ、天城くんに⋯⋯壊さ⋯⋯れて⋯⋯」
しかしまだ泣いて感情のコントロールが出来ていない神奈さんは上手く喋ることが出来ず、言葉を組み合わせるととんでもない内容になっていた。
「リウトの血は何色だあ!」
ちひろの右拳によるグーパンが俺の腹部にヒットする。
しかし所詮は女子の力なので、少し腹部がジンジンする程度の痛みだ。
「いや、ちょっと待て! 神奈さんは今上手く話すことが出来なくて⋯⋯」
「リウトが襲ったから泣いて上手く話すことが出来ないってこと! もしリウトが性犯罪で捕まってテレビの取材が来たら、モザイクをかけられて声を変声機で変えられた状態で私は話すからね! 普段から女の子を見る目が普通じゃなかったからいつかやると思っていましたって!」
「ちひろは俺のことを信じてくれないのか!」
俺はちひろに信じて貰うために真撃な思いをぶつける。
「本当に? 本当にリウトは神奈さんを襲っていないの?」
ちひろが真剣な顔で至近距離から俺の目に視線を送ってくる。
ここは目を逸らしたらダメなパターンだ。俺もちひろの目に答えるように真っ直ぐと見つめ返す。
そして1秒、2秒と時間が過ぎて行く中でわかってしまった。
今までこんなに息が届く距離でちひろの顔を見たことなんかなかったから、改めて気づいてしまう。
くっ! こいつ可愛いな。
俺の近くにはコト姉やユズ、神奈さん、そしてアリアみたいな美少女達がいるが、正直ちひろも下手なアイドルより可愛い。もし先程の4人がいなければ羽ヶ鷺学園で1番可愛いのはちひろかもしれない。
やばい⋯⋯ちひろが可愛いいって意識したら何だか恥ずかしくなって来たぞ。
俺は自分でも顔が赤くなるのがわかり、思わずちひろから視線を外してしまう。
「ふっふっふ⋯⋯やましいことがあるから目を逸らしたのね。これでリウトが有罪だということが証明されたわ」
「ち、ちがう! 今のは⋯⋯」
ちひろが可愛かったから何て言えるかバカヤロー!
1度マウントを取られたら最後。一生からかわれるのが目に見えている。
しかしちひろから視線を逸らしてしまったのは事実。俺は冤罪をかけられ刑務所に送られてしまうのか⋯⋯。
「ち、ちひろさん! 違います! 天城くんは私に何かしたわけじゃありません!」
だがここでようやく神奈さんが復活し、俺の冤罪を晴らそうと弁明してくれる。
さすがのちひろも被害者と思われる本人から言われたら、俺のことを信じてくれるはずだ。
「神奈っちいいのよ。私わかってるから」
「わかってくれましたか」
「ええ、神奈っちがリウトに脅されているってことがね」
「えっ? ちがっ!」
「恥ずかしい写真でも取られて脅されているんでしょ? 大丈夫。後でリウトのスマートフォンと自宅のPCは回収するから」
自宅のPCはやめてくれ! 大人の動画が色々入っているから別の意味でやばい!
それにしてもちひろはどうしても俺を犯罪者にしたいようだな。
「天城くんは私の相談に乗ってくれて⋯⋯それで私が泣いてしまったんです! ですから天城くんは悪いことをしていません。ちひろさん⋯⋯私のことを友人だと思って頂けるなら信じて下さい!」
「本当に脅されていないの?」
「はい」
神奈さんが真剣な目で俺が無罪だと訴えてくれる。
ここまで真撃な神奈さんを俺は今まで見たことがない。さすがのちひろもこれで俺のことを信じてくれるはずだ。
「神奈っち⋯⋯」
するとちひろは神奈さんの名前を呟くと俺の肩に手を置き、言葉を放つ。
「リウト、私は信じてたからね!」
「どの口が言うか!」
俺は調子がいいことを言うちひろに向かって、おもいっきり突っ込みを入れるのであった。
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