第47話 兄は妹に見栄を張りたいもの

「昨年経験しているお前らならわかっていると思うが、ゴールデンウィークに入る前に新入生歓迎会を行う」


 アリアとソフィアさんのことをクラスメートに説明した後のホームルームで、氷室先生はそう宣言する。


 新入生歓迎会⋯⋯歓迎会とは名ばかりの文化祭のようなもので、一年生も出店する行事になり、クラスメート達と親睦を深めるのが目的らしい。


「例年通り一、二年は飲食店、三年は展示や演劇など飲食店以外の物をやることになっている」


 氷室先生が言うとおり、新入生歓迎会は大まかだがクラスで何をするか縛りがあり、代わりに秋の文化祭は各学年好きな出し物をすることができることになっている。


「もちろん投票で上位になったクラスにはスコアが支給されるからお前らもやる気が出てくるだろう」


 氷室先生の言葉にクラスのテンションも最高潮になる。

 やはりスコアがかかっているかいないかで、皆のやる気も全然違うのだろう。


「だが一年の時とは違い、クラスに付与されるスコアはゼロだ。売り上げが悪ければそのままお前らの負債となることを忘れるな」


 一年の時はまだ入学して間もなく、スコアはほとんど持っていなかったため、新入生歓迎会のために学園から五万スコア支給されていた。だが二年となった今では、一年間貯めていたスコアがあるため自分達で準備費用は出せということだ。


「もうわかっていると思うが、必要な経費について現金は使えないぞ」


 学園の行事について現金を使うことは禁止されている。もし現金を使うことが許可されてしまうと、金持ちの奴がいるクラスが優位になってしまうからだ。


 さてさて、皆はどれくらいのスコアを持っているかな? あくまで口頭で聞いたことだが、俺の調べた所、7割くらいの生徒はスコアが入ったらすぐに使ってしまっているらしい。だからと言って売り上げの確定もないのに、残りの3割の者が準備費用を出せと言われても納得はしないだろう。ちなみに前回あった封鎖サッカーとCクラスからのスコアは来月分から付与されるため、今回の新入生歓迎会では使用できない。


「何をするかはお前らに任せる。今日のホームルームは以上だ」


 氷室先生の朝のホームルームが終わり、Aクラスは各自放課後までに案を考えておくということになった。


 そして放課後になり、Aクラスで会議が始まる。


「何をやるのがいいかなあ」

「去年コスパもいいし焼きそばやったぜ」

「クレープもいいよね」

「それあんたが食べたいだけでしょ」

「一位を狙っちゃう?」

「けどあまりスコアをかけたくないよねえ」

「今月、スパイクを買っちまったからスコアがねえよ」

「私、料理苦手なんだよねえ」


 会議が始まるとブレインストーミングっぽく、質より量的な感じで各自から自由な意見が飛び出してくる。


「何か収集つかないねえ。リウトが行ってバシッと締めてきたら?」


 ちひろがやる気のない表情で、後ろから俺の背中をツンツンしながら急かしてくる。


「いや、ちひろがやったらどうだ? 俺はクラスの中心より影でさらっとアドバイスするポジションがいい」

「でもそれを許さない人がいるみたいだよ」


 俺はちひろの言葉を聞いて前を向くと⋯⋯。


「天城はどうしたらいいと思う? お前の考えを言ってくれ」


 数十センチの所に都筑の顔があり、俺に意見を求めてきた。

 ち、近いけど。

 封鎖サッカーが終わってずいぶん懐かれたものだ。とても軽薄な奴の意見を聞かないと口にした奴と同じには思えない。


「そうだなあ。まずは準備のためのスコアを1人どれだけ出せるか確認した方が良いんじゃないか? 集まるスコアによってできない物もあるし」


 1人1人に差があると後で揉め事の原因になるし、スコアが出せない人に出せと強要するのも何か違う気がする。スコアで生活がかかっている人もいるしな。

 俺は一瞬だがチラリと神奈さんに視線を送る。


「確かにそうだな! まずはどれくらいスコアが出せるかSアプリで確認しようぜ」


 都筑はスマートフォンを出し、Sアプリを立ち上げ操作するとクラスメート宛てにメッセージを飛ばす。

 Sアプリは様々な機能があり、匿名でスコアが使える数値とかも確認することができる。

 クラスメート達はスマートフォンをそれぞれ取り出すと、自分が新入生歓迎会で使用できるスコアを都筑の元へ送信していく。


「来た来た。え~とこれで全部集まったな」


 都筑は自分のスマートフォンの画面を眺めながら、クラスメートから送られてきた使用できるスコアを確認していると⋯⋯。


「さ、三万⋯⋯だと⋯⋯」


 新入生の歓迎会のために、三万スコア使ってもいいと言う者がいて驚きの声を上げている。


「三万ってすげえな」

「どれだけスコアをもっているんだ」

「まさか冗談で送ったとか」

「三千スコアの間違えじゃね」


 クラスメート達も都筑の声を聞いてざわつき始める。


「とにかくこんなの参考にできねえ。他の奴のも確認してみるわ」


 都筑は再びスマートフォンの画面に目を通す。

 その間クラスメート達は、誰が三万スコアを出すと言ったのか話し始めている。


「匿名で送ったやつだから誰も正体なんてわからないのに」

「そうかな。だいたいの予想はつくと思うけど」


 俺の独り言にちひろが耳元で言葉を返してくる。


 ちかっ! もうちひろの吐息が聞こえてくる距離だよ。こいつは童貞がどれだけ女性に耐性がないのかわかってない。


「そうか? 誰がどれくらいスコアを持っているなんてわからないだろ?」


 だが俺は動揺する所を悟られると、ちひろにからかわれるのがわかっていたので平然と言葉を返す。


「スコアを三万も出すってことは一年生の時から優秀な成績を修めている人でしょ」

「確かにそうかもな」

「1人三万スコアってことはもしこの人の案が取り入れられるとクラス30人で90万円分の出し物ができるよね?」

「まあそういう計算になるな」

「投票で一位を取っても完全に赤字だよ」

「赤字だな」


 ちひろは俺の答えが気に入らないのかジト目でこちらを見てくる。


「だからその人はスコアのために三万出すって言った訳じゃなくて、たぶん大切な人が今年入学してきたから、そのを楽しませるためにスコアを三万使ってもいいって言ったんじゃないかな」


 そしてちひろは俺の耳に触れるくらいまで距離を詰めてきて、甘い声を発する。


「そうだよね⋯⋯お兄ちゃん」


 俺はちひろの声を発した場所が近かったのか、それとも甘い声でお兄ちゃんと呼ばれたからなのか、身体がゾクゾクっと震え出す。


「何を言っているのかな? それよりそろそろ都筑の集計結果が出るぞ」

「そうだね」


 ちひろは俺が話を誤魔化しても追及してくることはなかった。答えを聞かなくても完全に犯人が俺だとわかっているようだ。

 そして集計の結果、Aクラスは1人2,000スコア出すことになり、そのスコアを元に出し物を決める話し合いが行われることになった。


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