第8話 コウモリ外交は痛い目を見る
「う~ん美味しい~」
我が家の夕食の席で、コト姉が食卓に並んだカレーに目を輝かせながら頬張り、満面の笑みを浮かべていた。
「ごめんね。今日はお姉ちゃんが夕御飯作るって言ったのに⋯⋯」
「コト姉は生徒会で忙しかったんだから仕方ないよ」
そう、今日はコト姉から生徒会で帰るのが遅くなると連絡をもらったので、急遽俺が夕食の用意をするようになった。
「明日こそお姉ちゃんが作るから楽しみにしててね。それにしてもこのカレー最高~」
「本当ね。お母さんも料理は得意だと思っているけど、リウトにはもう敵わないわね」
「わしから見れば母さんの料理の方が旨いけどな」
「それはお父さんにだけ秘密の隠し味を入れているからよ」
「そ、それはなんだ」
「もちろん愛情よ」
「母さん!」
俺の料理の話から何故か親父と母さんがイチャイチャし始めた。夫婦仲が悪いよりはいいが子供の前では勘弁して欲しい。
「これだけ料理が出来るなら学校でモテるんじゃない?」
「そ、そんなことないよ」
俺は母さんの悪気のない言葉がグサリと刺さり落ち込む。何せ今まで生まれてから彼女ができたことない俺に取っては、残酷な言葉だ。
「バレンタインもチョコもらってたじゃない」
「あ、ああ⋯⋯そんなこともあったっけ」
2ヶ月前のバレンタイン⋯⋯確かに俺はチョコをもらった。コト姉とユズ、ダークマター化した瑠璃のチョコ、それとちひろからもらった板チョコだ。本命など1つもない。
「兄さんは義理しかもらってませんよね」
ユズは静かにカレー食べながら核心をついてくる。本当にひどい妹だ。言葉は時には暴力になると誰か教えて上げてほしい。
「リウトちゃんはお姉ちゃんからのチョコが1つあれば満足だよね?」
そんなことは絶対にない! と声高に言いたいが、もしそんなことを口にしたらコト姉が涙目になるのがわかっているため、俺が返答する言葉は1つしかない。
「も、もちろんだ」
これでいい。NOと言えない日本人で何が悪い。波風立てないのが世の中を生きていくために必要なことだ。だがこの時の俺は、今の答えで他の波風を立ててしまったことに気づけなかった。
「ふ~ん⋯⋯兄さんは私のチョコはいらないんだ」
ユズは不機嫌そうな顔をしてとんでもないことを言い出した。
家族からの分があるとはいえチョコを4つもらったというのは事実。男として小さいプライドを保つためにユズのチョコはほしい。
「いるに決まってるだろ。ユズのチョコは年を重ねる毎に美味しくなっていくから楽しみなんだ」
「リウトちゃん、さっきお姉ちゃんのチョコがあれば満足って言ってたよね」
今度はコト姉が俺の言葉に頬を膨らませて不満を露にする。
コト姉を立てたらユズの怒りを買い、ユズを立てたらコト姉の怒りを買う。これがコウモリ外交の成れの果てか。
こうなったらやることは1つ。
俺は目の前にあるカレーを勢いよく口に入れていく。
「ごちそうさま!」
そして食べた食器をシンクに置き、急ぎ二階の自室へと向かう。
「あっ! リウトちゃん!」
「兄さん逃げないで下さい!」
どちらにも味方ができないならやることは1つ。三十六計逃げるが勝ちしかない。
俺は非難の声を上げる2人から逃れるためリビングを後にするのであった。
「お母さんリウトがなんでモテないかわかった気がするわ」
この時母親である春乃は姉妹がリウトの周りにいるため、女の子がリウトを好きになっても近づけないことを悟ったのであった。
翌日
俺はバレンタインのチョコの件を誤魔化しつつ、コト姉とユズと羽ヶ鷺学園へと向かっていた。
今日クラスへ行くと嫉妬にかられた男達に囲まれると思うと頭が痛くなるが、しかし俺には策がある。少し恥ずかしい方法だが一年間男達に嫌がらせをされるよりはましだ。
後はコト姉がその話題を振ってくれるのを待つだけ⋯⋯たぶん俺の予想だと絶対にそのことを聞いてくるはずだ。
「リウトちゃんとユズちゃんは学校はどう?」
きた! 俺は自分の予想が当たっていたことに歓喜するが、平静を装ってコト姉の問いに答える。
「新しいクラスで友達ができるか少し不安かな。でもクヨクヨしてもしょうがないからがんばるよ」
「えっ? 兄さん何を言ってるんですか? 気持ち悪いです」
ユズが俺の答えに対して、訝しげに目を細め視線を送ってくる。
気持ち悪いってひどくね? まあ確かに自分でも柄じゃないことを言ったとは思うけどこの妹は⋯⋯いつかお仕置きが必要だな。
「ひどいなあ。俺だって不安になることくらいあるさ」
「そんなことないですよね? 兄さんは情報を元にコミュニケーションとるの得意じゃないですか。どうせ昨日あったクラスメートの自己紹介の内容も頭に入れていますよね?」
さすがはユズ。俺のことがよくわかっている。昨日の自己紹介の情報は全てタブレットに入力済みだ。
この世界は情報があれば大抵のことは上手くやれる。相手の好きなもの、嫌いなもの、性格、趣味を自分の中にあるデータを照らし合わせて会話すれば、余程のことがない限りそれなりに付き合っていけると思う。
いつかは某テニス漫画のメガネの人のように、情報から相手の言葉を先読みしたいものだ。
「だがそれだけで上手く人間関係が作れるとは限らないぞ」
現に昨日クラスの男子から追いかけられたしな。
「それならお姉ちゃんがリウトちゃんのクラスの子達に、リウトちゃんをよろしくお願いしますって言ってあげるね」
きた! コト姉ならクラスのことを不安げに話せば、必ずそう言うと思っていたよ。
「本当? コト姉が来てくれるならなら心強いよ」
「えっ? 兄さんそんなことを言うなんて⋯⋯いつもなら姉さん恥ずかしいから来なくていいよって言うのに⋯⋯はっ! まさかここにいるのは変化の魔法で兄さんに化けた偽物? 本当の兄さんはエッチで卑怯で妹大好きの変態ですから」
変化の魔法って⋯⋯この妹は何を言ってるんだ。昨日も思ったが瑠璃の影響を少し受けすぎてないか? それに妹大好きの変態って⋯⋯然り気無くシスコンにしないでほしい。
「ユズちゃん何を言っているの? リウトちゃんは妹大好きの変態じゃないからね」
「コト姉⋯⋯さすがコト姉は俺のことをわかってる」
そうだ、俺は至ってノーマルな普通の男子高校生だ。断じてシスコンではない。
しかしこの後俺の期待はすぐに裏切られることになる。
「リウトちゃんは妹大好きじゃなくてお姉ちゃん大好きな変態なんだから!」
「おい」
前言撤回。どうやら姉も俺のことを理解していなかったようだ。しかも2人とも俺が変態だという意見は変わらない。
往来でディスってくるなんて本当にひどい姉妹だな。
「先輩方、ユズちゃんおはようございま~す」
そんな姉妹の言い争い? の中、ノーテンキな声を上げて瑠璃が現れる。
「おお、瑠璃おはよう」
しかし瑠璃は俺より姉妹達の方が気になるのか、そちらの方に目を向けている。
「どうしたんですか? 2人が口論? しているなんて珍しいですね」
「恥ずかしい話だが実は――」
俺はことの顛末を瑠璃に伝えた。
「えっ? 先輩が偽物!」
瑠璃は驚いた表情で俺の言葉を聞いている。瑠璃はこういう異世界ありがちな話が好きだからな。
「そんな! 先輩が偽物なんて困ります。だって私、先輩がいなかったらどうすれば⋯⋯」
「瑠璃⋯⋯まさかお前俺のことを⋯⋯」
瑠璃は俺の方を寂しげに上目遣いで覗いてくる。
中身はあれだが美少女にこんな目をされたら、大抵の奴は落ちるだろう。
その瑠璃の姿に言い争いをしていた2人の動きが止まり、こちらを注視していた。
それにしても瑠璃が俺に惚れていたなんて⋯⋯確かに昔引きこもっていた瑠璃を外の世界に連れ出し、
だが瑠璃は俺の想像とは違うことを言い放ってきた。
「24時間オンラインゲームで何時でも呼び出せる、私の都合の良い盾がいなくなっちゃうじゃないですか!」
「おい、仮にも先輩にその扱いはひどくね?」
「冗談ですよ。先輩は竜のクエストⅢの商人くらい大切に思っています」
それって途中で主人公のパーティーを離れて未開の街に残り⋯⋯。
「最後は牢屋に入れられる奴だろ!」
「あれ? そうでしたっけ」
「お前が俺のことをどう思っているかわかったよ」
「嘘です嘘です。私先輩のこと大好きですから」
瑠璃は俺の左腕に抱きつき、好意を振り撒いてくる。すると柔らかい感触がわかり、俺の神経が全て左腕に集中される。
むっ! 柔らかい⋯⋯だがこの程度の色仕掛けで騙されるものか。そんな安い男だと思うなよ。
「仕方ないな。今回は許してやるか」
「さっすが先輩! ぶれぶれの優柔不断系童貞主人公ですね」
何かバカにされているような感じがするが、今日は左腕の感触に免じて許してやるか。
「リウトちゃん私も腕を組むぅ」
「瑠璃さん離れて下さい! 兄さんと腕を組むと妊娠してしまいますよ」
俺は性の権化か!
こうして羽ヶ鷺学園2日目の登校も賑やかになり、退屈な日々とは無縁な学園生活を予感させるのに十分な日常を感じるのであった。
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