第226話 風魔術は風を起こす魔術ではありません。

 今度も陽気の玉は標的直前に蛇尾くもひとでとなって敵を縛った。同時に満たされた雷気が敵を痺れさせる。


 ばん!


 超音速で標的を襲った雷が大気を鳴らした。

 雷気は役割を果たすと消え去った。


「検分するぞ? 今度も触っても実害ないな?」


 引き寄せてみると標的の表面に雷の走った後が薄っすらと焦げて残っている。


「軽い火傷といったところか。以前のような馬鹿げた威力はないな」


 触ってみるとイドの蛇尾くもひとでが標的を縛っていた。


「『球雷きゅうらい』とやらを近づけたら終わりだな。気絶させられて縛られる」

「ですが、ドリーさんのような人には観えてしまいますね」


 魔力を纏わせることで、蛇尾くもひとでが目立ってしまった。


「見えていても避けられるかどうかは互いの技量次第だがな」

「確かにつぶて術全般に言えることですね」


 見えるから躱せる、見えるから術として効果がないということにはならなかった。

 それでも……。


「術の使い方をいじってみて良いですか?」

「改良を思いついたのか? 何ができるのか、やってみろ」


 ステファノをけしかけるようにドリーは唇の端をつり上げた。


「5番、雷魔術で良いな? よし。好きな時に撃て!」


 ステファノはあえて棒を下段に構えた。


「『よ』の型、『陰雷』!」


 逆袈裟に振り上げたステファノの棒は水しぶきを上げたが、今度の「ぎょく」はドリーの目に観えなかった。


「走れ、なわ!」


 目に観えぬ陽気の玉が開き、中から・・・雷蛇が走り出た。


 ごうん!


 音速を破る衝撃波を発して、朽ち縄は標的に食らいついた。

 目に観えぬ蛇尾くもひとでが撃たれた的にひたりと絡みつく。


「糞! なぜ見えん?」


 標的を三度引き寄せ、ドリーは検分する。


 朽ち縄が食らいついた胸にはうっすらと焦げ目がついていた。敵を気絶させるには十分な威力であった。

 今度も見えないヒトデが標的に絡みついて、動きを封じていた。


「むう。2度目は何を変えた? 当たるまで見えなかったぞ」

「はい。今度は雷気を陽気の玉に封じてみました」


 イドに魔力をまとわせる代わりに、魔力をイドで包んだのであった。同じ組み合わせであっても使い方を変えることで、術はどうにでもその姿を変える。


「正しく千変万化の弟子といったところだな」

「持っている手駒は磨いた方が良いという、ドリーさんの言葉がヒントになりました」


「お前の手駒の多さは、ギフト『諸行無常いろはにほへと」という奴のせいなのかな?」

「そうかもしれません。まだまだ何ができるのか把握しきれていませんが」

「ぜいたくな悩みだ。まったく」


 それからステファノは魔術発動具を「みずち」に持ち替えて、棒の時と同じ技を使ってみた。まだ自在に動かすというところまではいかないが、同じように術を発動できることが確認できた。

 

「これは一種の暗器というべきかもしれんな」

「これがですか? 見え見えですけど」

「隠すだけが暗器ではない。むしろ堂々と晒していても武器に見えないところがいやらしいのではないか」


 蛟の強さは武器としての強さではない。あくまでも魔術発動具として働くものだ。

 その真価は術を使うまでわからない。


「暗器といえば、もうひとつこの帯が発動具として使えます。使い方は縄とまったく同じですね」

「うむ。それは使っているところを人に見せぬことだな。最後の切り札になるかもしれん」


 武器の使い方を鍛錬したステファノは、いよいよもう1つの目的である魔術具を取り出した。


「これが今日試してみたい『風の魔術具』です」

「随分と質素な物だな」


 ドリーが言うことに無理はない。変哲のない木箱に木綿糸を縛りつけただけのものであった。

 子供のおもちゃでさえ、もう少し立派であろう。


「まだ試作品なので……」


 ステファノは顔を赤くしながら、言い訳した。


「気にするな。他意はない」


 ドリーは余計なことを言ったと、後悔した。


「これは何をする道具だ?」


 話を進めてステファノの気持ちを軽くしようと、ドリーは促した。


「はい。声を伝える道具です」

「声を……。どういう働きをするのだ?」


「箱に向かって声を出すと、その声を大きくして返すというものです」

「ふうむ。やってみせてくれ」

「わかりました」


「いろはにほへと~」


 ステファノが箱に向かって呟くと、怒鳴るような大きさで箱が言い返した。


「いろはにほへと~」


「ほう。確かにお前の声だ。大きくなって返って来たな。どういう仕組みだ?」

木霊こだまと同じです。堅いものに当たれば声は跳ね返ります。この場合は木箱ですね。跳ね返る声を増幅するのが真ん中の糸です」


 ステファノはこの糸に風の魔力を籠めた。


「だが、風を起こすのではないのだな?」

「風魔術は風を起こす魔術ではありません」

「何を言う?」


 風魔術といえば風を呼ぶ物であった。微風そよかぜの術しかり、風刃ふうじんの術しかり。

 ドリーにはステファノが冗談を言っているように聞こえた。


「少なくとも俺が習った魔法では違います」

「魔法……。この世界の理を動かすのであったな」


「魔法にとって『風』とは圧力の差です」

「圧力とは何だ?」

「今は空気の濃さだと思えば良いでしょう」

「それがどうして風に関わる?」


「風とは圧力の高いところから圧力の低いところに流れる空気のことです」


 ステファノは真理を語る人の声音で言った。

 それはかつてドイルが田舎町の少年に語った事柄であった。


「風魔術はその結果起きる現象を因果として写し取っています」


 原因の何たるかも知らない癖に。ドイルであれば、そうつけ加えたであろう。


「魔法では結果を利用する前に、原因から考えます。圧力差を作り出せば風を起せる。ならば、どうしたら圧力差が生まれるか?」

「わからん。何の話をしている?」


「それは毎日起きていることです。風はいつでも吹いています」


 気象を知らなければ風のメカニズムは理解できない。

 理解できないものを使いこなせるわけがない。ドイルはそう言って笑ったのだ。


「大気の圧力差を生み出すものは熱です。熱を受ければ空気は軽くなり、熱を奪われれば重くなります」


 ステファノは滔々とまくしたてた。


「すなわち、風魔法の本質とは熱を操ることであります」

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