第222話 君は頭が悪いのか?

 教室に入ると、6名の生徒が先に座っていた。果たしてこれが多いのか少ないのか、ステファノには見当がつかない。

 見る限り魔術科の生徒は見当たらない。全員の顔を知っているわけではなかったが。


(「科学」とうたっている以上、魔術科からの受講生は少ないだろう)


 それは事前に想像していたことであった。


 自身はドイルと知り合いであり、弟子と言える立場である。だからこそ魔術科の生徒でありながら科学系の講座でも登録したのだ。

 志す道は「魔術」ではなく「魔法」であることも大きな理由だ。


 魔法を使いこなすためには世界の法則を知るべきである。法を知り、法をわがものとする。

 それによって魔法を破綻なく行使できるはずであった。


 授業開始時刻の15時になってもドイルは教室に現れなかった。10分が過ぎ、15分経つ頃には生徒たちがざわつき始めた。

 20分経過したところで2人の生徒が相次いで立ち上がり、教室から去って行った。


 残った5人が不安げに顔を見合わせていると、定刻に遅れること30分にしてようやくドイルが姿を現した。


「はい、お疲れさま。えーと、名簿によると2名欠席か? 今から名簿を回すので、ここにいる人は自分の名前にチェックを入れてくれ」


 すぐに5人分の出席が記録された。


「チェックしたね? うん。1回目の講義を欠席した2人は、当講座のエントリーから除外する。ここにいる5名が正式メンバーだ。よろしく」


 ドイルはぱたんと名簿を閉じた。


「先生」


 5名のうちの1人、スールーが発言を求めた。


「うん? 名前は?」

「スールーです」

「何だね、スールー?」


「除外された2人は定刻20分遅れまで待っていました。30分遅刻したのは先生の落ち度なのに、本人の意思を聞かずにエントリーから外すのは一方的ではありませんか?」

「その通りだ」


 ドイルは平然としてスールーの指摘に頷いた。


「それでは当講座の内容について説明しよう」

「ちょっと待ってください!」


 生徒に非がないことを認めながら先に進もうとするドイルに、スールーは待ったをかけた。


「本人に非がないのに講座から除籍されるのは不合理ではありませんか?」


 スールーの声はもはや質問ではなく、「抗議」のトーンを帯びていた。


「君は合理主義者であるようだね。結構。当講座向きだ。だが質問は間違っている。私の対応は『不公平』だが『不合理』ではない」


 何かを言い募ろうと口を開けたスールーを、ドイルは右手を上げて制した。


「説明しよう。講師には講座登録者を選択する全権限が委ねられている。また、合否の根拠を明らかにする必要もない。私は私の一存において講座登録者を決定することができる。それが『ルール』だ。

「したがって、どんな理由に基づいて私があの2名を当講座から除籍しようと、それは不合理ではない」


「そんな……」


 スールーはなおも抗弁しようとした。


「君のその反応は情緒的なものだ。ルールに鑑みて不合理なのは君の方だね。もちろん、『不公平な処分』であることは認めるよ。遅刻したのはまぎれもなく私だ。待ちきれずに席を立つことは、至極当然のことだからね」


 しかし、とドイルはスールーとそれ以外の生徒に語りかけた。


「この後どうなるのだろうとは考えなかったのかね? 立ち去ってしまえば絶対に講義は受けられない。君のように僕と対決することもできないわけだ」

「僕は何も……対決を望んだわけではありません」


 初日からこんな大遅刻をして来る講師の顔を拝んでやろうというくらいの気持ちであった。


「そうかね。それにしてもだ。存在しないものにはいかなる可能性も発生しない。戦うにしろ、共に歩むにしろ、可能性を粗末に扱う生徒はこの講座にふさわしくないと考えたまでだ」

「やっぱり一方的じゃないですか」


 悔しそうにスールーが呟いた。


「君は頭が悪いのか?」


 キョトンとした顔でドイルが尋ねた。


「何を……!」

「初めに一方的ではないかと尋ねられて、私はその通りだと答えたはずだ。聞いていなかったのか?」

「うっ……」


 もちろん聞いていた。聞いていたが、一方的であることを堂々と肯定されるとは思っていなかった。


「講師と生徒が対等なはずがない。講師が持つ権限には一方的な部分がある。今回の合否決定権のようにね。それだけの話だ」


 話はこれまでだと言わんばかりに、ドイルはスールーから視線を外した。


「全員良いかね? これがこの教室の基本です。もちろん、『教室の外』には別のルールがある。だが、教室の中では私の自由裁量権は極めて大きい。それが嫌な人はこの教室を去ってもらって結構だ」


 この言葉を言わんがために、ドイルはわざわざ30分遅刻してきた。全員いなくなったとしても、それはそれで構わない。募集講座の志望者がゼロであっても、講師の名誉や成績に傷がつくわけではなかった。

「講座不成立」と記録されるだけのことだ。


 現実と向き合い、それを動かそうとする人間。自分の頭で物事を考えようとする人間をドイルは求めていたのだった。


 その意味では結果を恐れず抗議をしたスールーは加点1であった。その内容はともかくも。

 それ以外の4名はどうするつもりか? はどう出る?


 ドイルの唇に浮かんだほほえみを、スールーは嘲りと解釈して顔を赤くした。


(先生、良くない癖が出ちゃってますよ!)


 ステファノは呆れていた。


「時間がもったいない。当講座の目的を発表しよう。『万能科学総論』とは世にはびこる偽りの科学と袂を分かち、世界の秩序と法則に向き合う学問への入り口を提供することを目的としています。すなわち……」


 ドイルはいきなり爆弾を投げ込んだ。


「世界の真理に迫る学問であります」

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