第221話 2+1は3ではない。

ふいごで直接風を送るのではなくて、一度容器に閉じ込めて圧縮してから一気に空気を放出してはどうでしょう?」


 足踏み式の鞴にも空気弁は使われている。かまどを扱うことになれたステファノは、その程度の知識は持っていた。


 紙に絵を描いて、「こんな物」とサントスに示した。


「なるほど! これなら建物の内部くらいは手紙を運べるかもしれない」


 さらに水車や風車で鞴を動かすことができれば、人力を使う必要はないし、より強い力で空気を圧縮できるかもしれなかった。


「んーんん! やれる! やれるぞ!」


 発想を刺激されてサントスにやる気がみなぎったようだった。


「それと、当面の実験には俺の風魔術が使えます。攻撃魔術ではないので魔術訓練場で試運転ができるはずです」

「そうか、そうか! そうやって原理を煮詰めて置いて、魔術を使わない技術開発に当てはめれば良いんだな!」


 すっかり饒舌になったサントスの目がきらきらと輝いていた。


「それなら僕の方で鉄管を追加手配させよう。そうだな。あと9本もあれば実験規模としては十分だろう」


 総延長10メートルの気送管はプロトタイプとしては十分であるように思えた。


「ふふふ。君を見込んだ僕たちの目に狂いはなかった。褒めてくれても良いんだよ?」

「ステファノは便利。一家に一台」


 ステファノという異分子・・・が加わったことによって新しい発想や能力が研究会に生まれた。それは2人が3人に増えたという算術以上に、想像を超えた刺激をもたらしていた。


 多様性を退ける所に科学の進歩はない。たった3人の情報革命研究会がそれを証明しようとしていた。


「後は情報圧縮技術なんだがね。これが一番行き詰っている」

「上手く行かないんですか?」

「というより、解決策を思いつかないんだ。どうしたら情報を圧縮して記録できるか?」


 前に見せたジョークのように、小さい文字で文章を書くことはできるがとても実用的とは言えない。

 日常的に、容易く使える情報圧縮手段はないものか?


「さっきの光複写で原稿を縮小することはできませんか?」


 ステファノの脳裏にはネルソンに与えられた遠眼鏡のイメージがあった。

 背負った背嚢から遠眼鏡を取り出してみた。


「これは遠くの物を大きく見せる道具ですが、反対からのぞくと近くの物が小さく見えます」


 望遠鏡を手にした子供ならば誰もがやること。ステファノも反対からのぞいたらどう見えるのかという好奇心に負けて、物が小さく見える不思議さを味わったことがある。


「随分立派なものを持っているね。うん、その紋章は……ネルソン商会のものか。いや、ギルモア侯爵様のものと言うべきか」

「ご縁があって、アカデミーにはギルモア家の寄子よりこ扱いとして入ることができました」


 隠す必要もなかろうと、ステファノは事実を告げた。


「それはまた大きな後ろ盾を得たものだね」

「それよりも問題は遠眼鏡の仕組みです。遠眼鏡のように小さなレンズから大きなレンズに光を送れば、元の絵を小さく縮めることができるのでは?」


 思いついたことをステファノは2人にぶつけた。


「どうだ、サントス? できるかね?」

「2枚のレンズを組み合わせれば、ステファノの言っていることはできる気がする」

「おお! ならば原稿の縮小ができるのか?」


 勢い込んでスールーが尋ねた。


「いや、ムズムズ。まず感光紙の性能向上が先。細かい文字を写し取れるようにならないと縮小は無理」


 サントスは冷静にスールーの期待に水を差す。気ばかり焦っても、基礎が固まらないことには技術は先に進めない。


「当てる光を細く絞ってやったら、細かい線が描けそうな気がします。光魔術の使い方を工夫すれば……」

「ははあ。感光紙ではなく当てる光の方の精度を上げようというわけだな。並行して取り組む分には良いのじゃないか? なあ、サントス?」


「魔道具でそれができるなら……」

「そうか! そうですね。道具を使うというイメージならわかりやすい!」


 虫眼鏡で太陽光を集めるように、光魔術の魔力を1点に集める「魔術発動具」があっても良いのではないか?

 魔術発動具の役割とは何か?


 それは「魔術師の精神集中を助けて魔力を発現しやすくすること」であり、そして「魔力を向ける先に指向性を与え、命中精度を高めること」であり、さらに「魔力のイメージを容易にし、威力を高めること」である。


 この場合は「虫眼鏡」の役割をするものが必要なのであった。


「まずは魔力発動体として開発し、ゆくゆくは魔術具として誰でも使えるものにすればよい」


 ステファノは目を輝かせた。


「はははは。簡単に言いやがったな! それができるなら正に国宝だぞ。面白くなって来たな?」

「競争する」


 サントスがぼさぼさの前髪をかき上げた。


「サントス?」


「俺の感光紙が物になるのが先か、ステファノの魔術具ができ上がるのが先か? 勝負だ!」

「わははは! 燃えたのか、サントス? 火がついちまったのか? かっこいいじゃねえか、馬鹿野郎!」


 スールーは唾を飛ばして、サントスに抱きついた。


「ステファノ、本気を出せよ? 僕を賭けた・・・・・勝負なんだからね」

「いや、あんたは懸かってないでしょ?」


「何だ、ノリが悪い奴だな? こういう時は男たちが美女を賭けて戦うものだろうが」


「そんな習慣はないし、あんたを女として見たことはない!」

「お前、童顔の癖に……」


 ステファノは人の悪ノリに合わせるとろくなことにならないと知っていた。

 飯屋の下働きは優しい仕事ではないのだ。


「む! 俺は次の授業があるので、行きます。次は月曜日ですね?」

「うん? ああ。丁度良い。次回は魔術訓練場に集合しよう。それまでに見せられるものができていれば持ち寄ろうじゃないか」

「むう。望むところ」


 ステファノはこの日最後の授業である「万能科学総論」に出席するために、サントスの部屋を出た。

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