第196話 トーマの執着。

「俺はお前を知っている」

「え? どうして?」


 トーマはいきなりステファノを驚かせた。2人が会ったのは今日の授業が初めてであるはずであった。

 それ以外でステファノを知るとなると……。


「あれかな? 衛兵隊に引っ張られた件かい? それとも教務長に連れて行かれた件? ジロー・コリントともめていた話?」


 心当たりを探ってみると、わずか3日の間に随分と騒ぎを起こしたものだと、ステファノはいささか鼻白はなじろんだ。


「いや、全部知ってはいるがどれでもない。その、あれだ。ええい、ミョウシン様の件だ!」

「ミョウシン……様?」


 ステファノにはトーマとミョウシンの結びつきが想像できなかった。

 ミョウシンは貴族であり、トーマは自分と同じ平民だ。


「お前、ミョウシン様と柔の稽古をしているだろう」

「ああ、そうだけど」

「うぅうう、羨ましい……」

「えっ?」


 背が高く、がっちりと逞しい体形のトーマが塩たれて一回り小さく見えた。


 聞けば、トーマはミョウシンの父親であるフェルディナンド男爵領の住人だと言う。去年ミョウシン嬢がアカデミーに入学すると聞き、矢も楯もたまらず自分も行かせてくれと親に頼み込んだのだが、同じ男爵領から2人の推薦が通るはずもなく、1年遅れで今年ようやく入学できたのだそうだ。


「よくそんなわがままが通ったね?」

「うちは男爵領随一の豪商だからな。金の力に物を言わせた」


(何とまあ、明け透けな。賄賂って言う罪悪感はないのかな? 金持ちの世界はわからないや)


「ミョウシンさんを追い掛けて来たってこと?」

「当然だ! こんな機会は一生に一度だぞ。ミョウシン様とご学友になれるなんて!」


 トーマは拳を振り上げて力説した。どうやら本当に男爵令嬢に憧れて、後を追いかけて来たらしい。

 動機は全く理解できないが、その行動力と熱量にステファノは圧倒された。


「そ、そうかい。願いが叶って良かったね?」

「そうなんだが、喜んでいられんのだ」


 途端にトーマは顔色を曇らせた。

 感情の起伏が激しい男である。


「授業の成績があまりに悪ければ、1学期の終わりに退学させられてしまうそうだ。そんな無茶な話があると思うか?」


(どこが無茶なんだろう? 学校なんだから、成績が悪ければ落第させられるのは当たり前じゃないのか?)


「ええと、俺がやっているのは『柔研究会』としての稽古だ。羨ましいと言うなら、自分でも入会すれば良いじゃないか」

「簡単に言うな! 領民が男爵家長女のミョウシン様に気安く近づけるわけないだろう!」

「あの、近づくためにアカデミーに来たんじゃなかったの?」


 近づきたいのか、近づきたくないのか、わけがわからない。これは話を聞くだけ無駄だとステファノは思い始めた。


「柔研究会の件は、トーマの好きにしたらいいと思うよ。入ろうと、入るまいと俺はどうでも良い。それより、魔力の練り方を教えるという話の方が問題だ」

「教えてくれるか?」

「それは無理だよ。俺だって習い始めたばかりだし、生徒である以上教師であるディオール先生から学ぶのが筋だろう」


「それがそうは行かないんだ」


 トーマは肩を落とした。


「俺は勉強がからっきし苦手なんだ。だから、単位を何とかおまけ・・・してもらおうと、ディオール先生にお願いをしたら……」

「それって賄賂を使ったってこと?」

「しーっ! 断られたから渡してないよ!」


(断られたから良いってことにはならないだろう。下手をすれば犯罪じゃないか?)


 これだからお金持ちとはつき合えないのだと、ステファノはあきれ果てた。


「それが元で先生に目をつけられちまった。ディオール先生だけじゃない。ほかの講師たちも俺を目の敵にしているんだ」


 随分手広く賄賂を配ろうとしたものだ。それはアカデミーにはいにくかろう。


「それなら諦めて退学したらどう?」


 そろそろ良い時間だろうと、ステファノは話を切り上げに掛かった。


「冷たいことを言わないでくれ! お前だけが頼りなんだから!」

「どうしてまた俺に頼るんだ? もっと優秀そうな生徒がいたじゃないか?」


「あいつはダメだ! あいつの流派は観想法の主流派で、うちの丹田法流派とは犬猿の仲なんだ」

「知らないよ、そんなこと。先生も流派を超えた方法を教えるって言ってたじゃないか?」


 そろそろステファノの忍耐が限界に来ていた。


「それがなくても、あいつの家は隣の領地にある商会でうちの競争相手なんだ」


 トーマは苦々しく吐き捨てた。


「もう良いよ。俺には関係ない話だ。他を当たってくれ」


 ステファノはそう言って立ち上がった。


「待ってくれ! お前、あれだ。技術者を探しているだろう!」

「え? どうしてそれを」

「夕食の席で聞いたんだ。ミョウシン様と話をしていたもんだから」


(おいおい、それじゃあつきまといじゃないか? こいつ、危ない奴か?)


「技術に詳しい魔術師が必要なんだろう? うちは道具を作って売る商売だ。俺も技術には詳しいぜ」

「でも、頭が悪いんだろう?」

「おま! 失礼だな! 勉強が苦手なだけだ。物を作るのに勉強など要らん!」

「いや、要るだろう! 悪いが俺に必要なのは優秀な技術者だ」


 もうたくさんだとばかりに、ステファノはトーマを置いて歩き出した。取り残されたトーマは下を向いて立ち尽くしていた。


「俺は諦めんぞ! きっとお前に俺の値打ちを認めさせてみせる!」


 そう叫んでトーマは走り去って行った。


(いやあ、人の話を聞かない奴だったなあ。ジローも大概だったが、トーマはその上を行くかもしれない。あんなのにつき合っていたら、俺まで問題児扱いされてしまうぞ)


 自分がこれまでどれだけ問題を起して来たかは、深く考えていないステファノであった。


(午後の講義までは自由時間だ。魔術史の課題のために図書館に行こう)


「古来、魔術とは常に『戦争の道具』であったから」


 ドリーの言葉がステファノの頭から離れない。それは「魔術師」が戦争の道具にされたということだ。

 ヨシズミのような人が、己の意思とは関係なく戦場に駆り出され、人殺しの道具にされたということであった。


「オレはヨ、20の時にこっちの世界に飛ばされて、物好きな貴族に拾われたノ。恩もあッたし、魔法も使えたモンで戦に駆り出されンのは仕方ねェと思ッて……。随分と人を殺したッペ。逃げンのは許されねェと思ってサァ」


「したっけ、逃げちゃいけねェ時なんか世の中にねェノ。逃げたらイかッタ……。ホントにそう思うノ」


 そう語ったヨシズミの血を吐くような声が、ステファノの耳から離れない。


(俺は「戦争の犬」には、人殺しの道具にはならない。戦の中に俺が生きる場所はない)


 その誓いを新たに、ステファノは戦争の歴史と向き合おうとしていた。


 ◆◆◆


 図書館につくとステファノは司書と話をした。スノーデン王国史、その中でも黎明期の戦争に関する記録を調べたいと告げると、それらの資料が集められた一角を司書は教えてくれた。


 ステファノはまず、王祖である聖スノーデンその人について調べてみた。


 意外なことに聖スノーデンがどこで生まれ、育ち、力を身につけたかを書いた本は存在しなかった。

 ある日突然戦場に現れ、窮地に陥った領主を助けた。


 どこから来たかではなく、何を為したかのみが記録に残り伝わっていた。


 魔力を身につけた聖スノーデンは、その量や大きさで他人を驚かせるエピソードには事欠かなかった。


 だが、ステファノの興味はそこ・・にはない。ステファノは王祖その人に関する調査は一旦脇に除けて、建国期の戦役について記録を調べることにした。


 その頃戦はどこにでもあり、毎日が戦いの中にあった。

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