第14話 正義(ジャスティス)の企み


 「では早速お楽しみと行こうか!!」


『お楽しみ、お楽しみ』


 ギランデルが背中に装着している大剣の柄に手を掛け鞘から抜き出す。

 現れた漆黒の刃を持つ剣は光すらも反射せず、逆に見ている者の意識を吸い込んでしまいそうな不気味な感覚を与えてくる。


『なんずら!? あの真っ黒な剣は!?』


『おいカリッジ、お前は曲がりなりにも剣だろう、何か分からないのか?』


『知らんずら!! あんな禍々しい剣、今まで見た事も聞いた事もねぇ!!』


「カリッジ?」


 勇気の剣が小刻みに振動しているのが握っているライアンの手に伝わって来る。

 これは勇気カリッジの恐怖心だろうか。


「ガハハハッ、どうやらその剣には感じ取れているみたいだな? そうとも、この剣はそんじょそこらの刀鍛冶が打った剣ではない、魔王ゾンダイク様が直々にお造りになられたダークマターソードだ」


「ダークマターソード……」


 険しい表情のライアンの喉がゴクリと鳴る。

 

「威力は如何ほどだろうなぁ!!」


 言うが早いかギランデルが地面を蹴り、見た目の巨体に反し素早くライアンとの距離を詰めてくる。

 

「でりゃあああああっ!!」


 そして右斜め上段からダークマターソードをライアン目がけ振り下ろす。


「はっ、速い……!!」


 硬い物同士が衝突した激しい音が響く。

 何とかライアンは勇気の剣でダークマターソードを受け止めた。


『うううっ……力が……抜けていくだ……』


「カリッジ!?」


 ライアンはギランデルの力に圧し負け、膝が下がっていく。


「どうだ!! このダークマターソードは剣を交えた相手のあらゆる力を吸収する能力があるのだ!! いかにその剣や鎧が生きている装備リビングイクイップだとしても例外ではない!!」


「こいつ!! 何故その事を!?」


『このまま剣を受けていてはダメだ!! ライアン、一旦コイツから離れろ!!』


「うっ、うん!!」


 勇気の剣を回転させ何とかダークマターソードをいなし、地面に突き立てさせる。

 その隙にライアンは大きく後ろに飛び退き剣を構え直す。


「どうなってるのあれ!?」


『オレの憶測だがあのダークマターソードとか言う剣、いやあれは剣ですらない』


「どういう事!?」


『オレを含め四元徳の装備は謂わば聖の力が込められている、その力すら吸い取るのは邪なる力、その正体は恐らく剣の形状を成すまで凝縮された高密度の暗黒瘴気』


「何ですって!?」


 知恵ウィズダムの考察にライアンは驚愕する。


「ほう、その鎧、伊達に知恵ウィズダムと名乗ってはいないって訳だな、その通りこれは魔王ゾンダイク様の自身の暗黒瘴気を剣に加工したものだ、って事でさっきの手品みたいに武器を切り裂く事は出来ないぜ?」


『お前……さっきから何故オレたちの事について知っている!?』


 どすの効いた声で知恵ウィズダムがギランデルに問い掛ける。


『おお怖い怖い、ちょっとその筋に詳しい奴に話しを聞いてね、このダークマターソードを引っ張り出してきたのもそいつの入れ知恵よ』


 ニヤッと口角を上げるギランデル。


『詳しい奴ってまさか……』


『ああ、間違いない、ジャスティスの野郎だな多分……』


『ああ、何て事だ、あのひねくれ者め、私達を売ったんですか!?』


 今はマントに形状を変えている節制テンパランスが嘆きの声を上げる。


『アイツらしいって言やぁらしいんだが、迷惑この上ないな』


「どうしてそんな事をするの!? 四元徳はみんな味方じゃないの!?」


『ライアン、前にも言ったろうあいつはな、ジャスティスはな自分の信念の為には手段を選ばないんだよ』


「それとこれに何の関係が!?」


『恐らく奴には奴なりの目論見があるんだろうな、俺にも分からないが』


「お前らばっかりでおしゃべりしてないで俺も混ぜろよぉ!!」


 ギランデルがダークマターソードを手に再び襲い掛かって来た。


『あぶねぇ!! 今はくっちゃべってる場合じゃねぇ!!』


 ライアンはひらりと体を翻しギランデルの一撃を避ける。

 身体の側面ギリギリに剣が通り抜けた。


『そうだいいぞライアン、なるべくあの剣とは打ち合わない様にするんだ!!』


「分かったわ!!」


「ちょこまかと!!」


 それからも全ての攻撃をかわし切る。

 既に女の身体に馴染み生きている装備リビングイクイップの扱い方にも慣れて来たライアンにはさほど難しい事では無かった、着実に成長していたのだ。

 しかしこの戦闘を遠巻きの崖の上から見ている者がいた。

 フードを被った女とその左腕に装着されている正義の盾、正義ジャスティスだ。


『ありゃりゃ、折角アドバイスしてあげたのにギランデルの奴、てんでダメじゃん』


「………」


 女が聞き取れない程小さな声で囁く。


『ライアンが成長しているって? う~~~ん、そうかもね、認めたくないけど、だってそれを認めたら最初の僕の見立てが間違っていたって事でしょう? それは嫌だな』


「………」


『このままじゃ計画が狂うって? まあそうなんだけどさ、もう少し様子を見る事にするよ』


 女と正義ジャスティスはこのまま傍観を決め込む。


『はっ!! 何の事は無い、剣に注意してさえいれば怖くもなんともないぜ!!』


 知恵ウィズダムが挑発めいた言葉を吐く。


『カリッジ、行けますか?』


『んだ、何とか持ち直しただ』


 ダークマターソードに力を吸い取られグロッキーに陥っていた勇気カリッジも回復したようだ。


「よーーーし!! こっちからもいくよーーー!!」


 ギランデルの斬撃の隙を突き軽く跳躍、すれ違い様に反撃の一太刀を奴の左わき腹に喰らわせる。


「グハッ……!!」


 傷口から噴き出す鮮血、口からも吐血をする。


『実体があるだけガランドゥよりやりやすいな、このまま押し切れ!!』


「うん!!」


 ライアンが着地後、反転して更にギランデルを斬り付けようとしたその時だった。

 

「ちょっと、何あれ!?」


 目の前の異様な光景に足が止まるライアン。


「グワァッ!! 何をする止めろーーー!!」


 何とダークマターソードの切っ先が蛇の様にうねり切っ先が鮫の口状に裂けギランデルの脇腹の傷口に噛み付いているではないか。


『血に反応したんだ、あの剣は魔王の身体から出た暗黒瘴気で出来ていると言っていた、扱いにはそれ相応の気力が必要な筈……だがギランデルが負傷した事により剣を抑え込む力が弱まり剣が暴走したんだろう』


「そんな……」


 ダークマターソードから変化し完全に黒い蛇の大蛇と化した怪物はギランデルの身体に巻き付き強烈に締め上げる。

 ギランデルの身体はあらぬ方向へとねじ曲がっていった。


「これ……どうするの?」


『敵の自滅だからなぁ、助ける義理も無いだろう』


『憐れだなぁ』


『仕方ありませんよ、結果的にこうなってしまいましたがそもそも倒す予定の相手でしたし』


 困惑するライアンとは対照的に完全にドライな生きている装備リビングイクイップ達。


「くっ……こうなるから使いたくなかったんだこの欠陥品が……」


 ギランデルはまだ意識があった。


「だがな、このままお前に食い殺される気はさらさらねぇんだよ……ガアアアアアッ!!」


 ギランデルが目を見開き咆哮するとそれに呼応するかのように両肩の獅子と虎の頭も両目を発光させる。

 二つの頭は首が伸びて行きギランデルの身体も筋肉が隆起し急激に体毛が伸び始める。


「グワオオオオオオオオン!!」


 ギランデルは獅子の頭と虎の頭を持つ双頭の巨大な四つ足の獣へと変身した。

 身体に巻き付いていた黒大蛇はその際に弾き飛ばされ離れていた。


「へっ、変身した……?」


 ギランデルを見上げ放心状態にライアン。


『ギランデルめ、変身という奥の手を持っていやがったのか、オレたちとの戦闘中にやられたら痛い目を見ていたかもな』


「シャアアアアアアアアッ!!」


「グワアアアアアアアアッ!!」


 知恵ウィズダムが他人事のように呟いていると、やがてギランデルと黒大蛇はお互い睨み合い威嚇を始めた。


『こうなってしまっては蚊帳の外ですな、もう我々の事が眼中に無い』


『これを待っていたよ!!』


 正義ジャスティスの声と共に女が飛び降りて来た。


『なっ、ジャスティスお前!!』


『話はあとあと!! 大蛇は僕に任せて君たちはギランデルを!!』


『何だぁ!? 急に出て来て何仕切ってんだ!!』


『いいから!!』


 そう言い残し正義ジャスティスと女は大蛇の方へと駆けて行ってしまった。


『やれやれ仕方ないな、ライアン』


「何が何だか分からないけどギランデルを倒せばいいのよね?」


『そうだ、元々そう言う話だったはずだ』


 ライアンも完全に納得した訳では無いが当初の目的である四天王ギランデルの撃破は避けては通れない。

 気を取り直し巨獣と化したギランデルに駆け寄り対峙した。


「グワアアアアアッ!!」


 ギランデルの獅子と虎の開けられた口から衝撃波が発射された。


「何の!!」


 素早く走り回りそれを回避する。


「てりゃぁ!!」


 左前足の付け根辺りに剣を叩きつけたが強靭な体毛に阻まれ弾き返された。


「こんな化け物どう戦ったらいいの!?」


『さっき人間体の時の奴に付けた傷が左脇腹にあるだろう、変身したとはいえまだ塞がっていないはずだ、そこを狙え!!』


「ああ、成程!!」


「グワッ!!」


 ギランデルに振り下ろされた鋭い爪を躱しつつ再び間合いを詰める。

 知恵ウィズダムの言う通り傷をつけた左脇腹の部分の体毛だけが伸びきっていない、傷が丸見えだ。


「そこだーーーーっ!!」


 迷わず勇気の剣をその傷に突き立てる。


「ギャオオオオオオオン!!」


 暴れるギランデル。

 このままでは振り払われてしまう。


『ライアン!!』


「分かってる!!」


 ライアンは意識を集中、身勝手の剣の能力により剣をギランデルから抜けない様にした。


「このぉ!! 大人しくしなさい!!」


 暴れることにより上方向に振り上げられた時を見計らってライアンが身勝手の剣を解除するとそのまま剣はギランデルの身体を切り裂きながら上昇していく。


「ガアアアアアアアッ!!」


 激痛に対し悲鳴を上げるギランデル。

 その勢いのままライアンはギランデルの背中に飛び乗った。


「悪く思わないでね!!」


 今度は剣を突き立てたままギランデルの右半身の方へと飛び降りるライアン。

 小気味がいい程の切れ味で右半身も切り裂いていく。


「はっ!!」


 下まで来た所でギランデルを蹴り、その場を離れるライアン。

 着地したのち後ろへ振り返る。


「ギャオオオオオン……!!」


 ギランデルが力なく咆哮すると奴の身体は輪切りとなり前後が分かれた状態で倒れ込んだ。

 辺りは夥しい量の鮮血で血だまりが出来上がっている。


『やったなライアン!!』


 歓声を上げる知恵ウィズダム

 ギランデルの身体は二つに分かれたまま見る見る縮んでいき、元の人型のギランデルへと戻っていった。


「……負けちまったか」


 何とギランデルはまだ息があった。


「こんな形の結末になってしまって御免なさい……」


 ライアンの下唇を噛みしめる。

 彼女とてこんな結果は望んでいなかったのだ。


「ははっ謝るなよ……女勇者が魔王軍の四天王を倒した……それだけの事だ……ただ願わくば得物での勝負で決着を着けたかった……ぜ……」


 そう言い残すとギランデルの瞳からは光が失われそのまま事切れてしまった。

 傍らに深紅のカオスジュエルを残して。


「………」


『ライアン……』


 失意のライアンに何か声を掛けたかった知恵ウィズダムであったが、今の彼女に掛ける言葉が見つからなかった。

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