第6話
コテンと鼬の格好のまま倒れた修二は目を回したまま動かなかった。
「ふ、ふふふ、勝った。勝ったぜ、ざまあ見ろクソ兄貴め」
美奈穂はすぐ横で手を握り締めて勝ち誇っている。
その脇にメアリーがやってきた。そしてしゃがみこみながら修二の様子をみる。
触れてみるが気絶しているだけのようだ、この様子なら直に目を覚ますだろう。
養護教諭として、そして妖怪専門医である母の助手をすることのある彼女から見ても心配はなさそうだ。確認した後、美奈穂に向かって言う。
「全く凄惨な兄妹喧嘩だったね。気は済んだかい?」
「え、ええ。メアリーお姉さま。あんまり舐めた口ききやがりましたもので、目に物を見せてやったぜ、ですわ。」
まだ頭に血が上ったままらしく、お嬢様口調と以前の口調が混ざってしまっている。
メアリーは引っ掛かりながらも、一度はスルーすることにした。
「ま、こいつはトラブルメイカーだからね。いずれお灸をすえなきゃとは思ってたんだ。今度何かやらかしたらアタシが出るよ」
百鬼夜荘の住人の中で一番古いのはメアリー母子だった。役職できまっているわけではないが、住人としては自治会長的な役割も期待されてる。修二は金絡みで度々トラブルを起こす為気にはしていたのだ。
「オッホッホッホホホホッ。ざまあねえでございますわね。ギッタンギッタンのケッチョンケッチョンにしてやれでございますわ」
「ちょいとお待ちよ。修二の言い種じゃないけどさ、流石にその喋り方は気持ち悪いやね。話し方くらい統一おしよ」
「ん、うん。わかった」
言われて思わず美奈穂は口調を戻した。そして「はああ……」と大きなため息をつく。
「なんだよ。あんたもどっか悪いのかい」
「そうじゃないけどさ、やっぱり簡単に変わるのなんて無理なのかな」
その口調はエレガントな優雅さとも、血気盛んな女ガキ大将のものでもない。悲しみと諦めが混じったものだ。
そんな美奈穂の方に優しく手をおきつつ、キッパリとメアリーは言う。
「そりゃ簡単には無理さ、でも」
「でも?」
「決めたんだろ?簡単にできないから止めるのかい。そんな半端な気持ちでやってたんだとしたら感心しないね」
言われて、美奈穂は思い出していた。キャラを変えたのはついさっきだが、この為に色々準備もした。練習のようなこともしてきた。でも、お目見えは今日が初なのだ。まだ馴染まないのは仕方がない。これから馴染ませるのだ。
「半端するつもりは……。ありませんわ。本気で今日からエレガントなレディーに生まれ変わりたいと思ってるんですもの」
「はははは。それがエレガントなのかは良くわかないけど。努力は買うよ。その恰好も似合ってるじゃないか。化けたもんだね」
「ええ。服は恵さんから頂いたものなのですが、コーデや髪はついさっき手伝ってもらいましたの。ジェシカお姉様に」
「はあ?ジェ、ジェシカお姉様って……。」
思いもよらない名前の連なりにメアリーの思考が凍り付いた。そこへ甲高い声が部屋に響く。
「そうなのよ!このアタシ!ジェシカお姉さまがやったのよ!」
部屋の扉近くには18歳くらいの女の子が仁王立ちしていた。
「か、母さん」その様子にメアリーは呆れ声をだす。
クリーム色のキャミソールに白のカーディガンを羽織り、髪はブロンドでツインテール。
見た目はどう見てもメアリーよりも年下だが紛れもなく、彼女の母親ジェシカ・クレイトソンに間違いなかった」
「そうなんですの。お手伝いいただきまして、その代わりジェシカお姉さまと呼べと」美奈穂は特にそれを異常なことだとも感じないようで笑顔で言う。
「はああ……」
「何よ?いいじゃないのよ」年若く見える母親はふくれっ面。それに対して娘はあきれ顔だ。
「あのね、お姉様って歳でもないだろ。あんた、何年生きてると思ってんだい?」
「生きている歳で言えば、メアリーだって相当でしょ。あなたも姐さんと呼ばれんじゃん。ズルいズルい」ジェシカは両手でグーを作ってバタバタとふりまわす。200年以上も生きているとはとても思えない様なしぐさをみて娘は呆れ顔を見せる。
「アタシのはみんながそう呼んでるから受け入れてるだけで、呼べと強要した訳じゃない。愛称みたいなもんだろ」
「じゃあ、アタシのジェシカお姉様も愛称として受け入れなさいよ」
「アタシへのとは意味合いが違うと思うけどね、まあいいや」
ついさっき鎌池兄妹の喧嘩が収まったばかりだ。くだらない理由で親子喧嘩してもしょうがない。どうせ呼ぶのは美奈穂だけだろうし。
「あ、そうだ。修二の様子みておくれよ」既に言った通り彼女は妖怪専門の医者だ。
「気絶してるだけなんでしょ。大丈夫なんじゃないの。暫く経っても起きないなら尻尾もってふりまわしてやりゃいいのよ」
「乱暴だねどうも」
「どうせ報酬も払えない貧乏妖怪じゃん。タダでみる義理ナーシ。はい、この話は終わり。ね、スマちゃん、例の物を出して」
「はいはい」
須磨子は言われてワイングラスに赤いものをなみなみと注いだ。
吸血鬼の飲むものだが、中身は血でもなければ赤ワインでもない。
アセロラドリンクだった。
彼女は満面の笑みを浮かべてそれを飲み干した後言う。
「うまーい、もう一杯」
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