幼馴染に彼女が出来ていた話

@sinju071327

第1話

「俺、彼女できたんだ」

それはあまりにも唐突だった。恥ずかしそうに隣で笑う駿に、返す言葉が見つからなかった。歪な笑顔を浮かべる事しかできない私は、なんとか言葉を紡ぎ出す。

「へぇぇ、そうなんだ。良かったじゃん」

何とか絞り出した言葉は少し震えていて、動揺しているのがバレるかとヒヤヒヤしたけど、そんな心配を余所に、駿は未だに照れた表情を浮かべていた。それを見て安堵するも、やっぱり理解が追いつかない。

(一緒に帰ってる幼馴染にそんな報告するかな、普通 )

「その、彼女がさ——、さっきこく——」

聞きたくない聞きたくない聞きたくない。

下唇を噛みながら、適当に相槌を打つ。

へえ。そっか。うんうん。良かったね。

(ちょっとこれ以上は無理かなぁ)

「ごめん、今日ちょっと友達と用事あるんだ!そろそろ行かなきゃ!」

「そっか、じゃあまた明日ね」

そんな顔でこっちを向かないで。

アイツの笑顔を見て、こんなにも心が傷んだのは今日が初めてだ。






「幸せそう......だったな」

思わずため息がこぼれる。私は、まだ日が落ちない内にも関わらず、ベッドに潜り込んだ。胸が痛くなるってよく聞くけど、心臓って本当に痛くなるんだな、なんて少し冷静に考える。痛みに胸を抑えても、その痛みが収まることは無かった。息は深く、時折嗚咽が漏れる。

部屋で一人だって言うのに、何故か涙は出なかった。泣いてしまえば、そこで終わりな気がした。

いつもは、また明日ねって聴けばそれだけで嬉しかった。明日が楽しみだった。でも、今日は違う。また明日がこんなに憂鬱だなんて。今度はさっきよりも大きなため息がこぼれた。

吐きそうだ。





結局、昨日はそのまま寝てしまった。あの後夕飯を食べる気にもなれなかったから、無理矢理眠りについた。

「実花!おはよう〜!」

ああ、そうだよね。朝だもんね。挨拶するの普通だよね。

いつも通りの挨拶だけで嬉しくなってしまう自分に、心底腹が立つ。思わず拳に力を込める。

「あ、おはよー」

「もう7時半過ぎてるよー、早く学校行こー」

「ごめーん、今日ちょっと寝坊しちゃって、準備にもう少し時間かかっちゃうかもだから先行っててー!」

流石に一緒に行く気にはなれなくて、咄嗟に嘘をついてしまった。

「わかったー。じゃあ遅刻しないようにね。じゃあまた後で学校で!」

「はーい」

待ってはくれないんだね。分かってたけど。ちょっとでいいから待っててくれないかな、なんて邪な気持ちを抱いてしまった。本当にちょっとだけだけど。そうだよね、早く彼女さんに会いたいよね。

はぁ。私、すっごくめんどくさいね。






その日は結局、一限をサボってしまった。急いで支度するのも億劫だったし、一限の途中で教室に入るのも嫌だったから。

「あの~。あなたが藤崎さん、だよね?」

「え、うん。そうだけど......?」

二限を終え、休み時間に入ると急に知らない子に話しかけられて少し驚いた。黒髪のすらっとした長髪で、綺麗な二重の持ち主。まつ毛がクリッとしてて、可愛らしい雰囲気を纏っている。

「話したい事があるの!ちょっと来てくれる?」

「うん、いいよ」

私は言われるがまま、見知らぬ女の子に着いて行った。

「藤崎さん、あなた駿くんと仲良いよね!?!?」

「え、ああうん。一応幼馴染だからね」

「そうなのね!幼馴染ってことは、駿くんの好きな食べ物とか知ってる……? もし知ってたら教えて欲しいなー、なんて」

察しが付いた。この子、駿の彼女だ。

こんな可愛い子だもん。そりゃあ駿が惹かれるのも無理ないか。

駿が好きな物、か。確か、オムライスとか好きだったよね。小学生くらいの時かな、「みかがしゅんちゃんにごはん作ってあげる!」って言って作ったオムライス、美味しそうに食べてくれたっけな。

......。なんで思い出しちゃったんだろ。

「───えっとね、駿はハンバーグとか好きだよ」

また、嘘ついちゃった。厳密に言えば、嘘ではないのかもしれない。当たり障りのない答えを言っただけ。ただ、この子のオムライスを食べる駿の姿を、考えたくなかった。

「そうなんだ!ありがとう藤崎さん!今度、駿くんのお家にお邪魔して、ご飯作る約束してたから助かっちゃった!」

この子が駿くんって口にする度に、目頭が熱くなる。別にいいじゃん、誰が誰と付き合ったって。

「喜んでもらえるといいね」

そんな上辺だけの激励を送った。

「あ、そうだ。名前言ってなかったよね。私、桜井梨花って言います!これからよろしくね!」

名前まで可愛いのが妙に腹立たしくて、変に納得してしまった。

目を背けたくなる程の恨めしい現実に、圧倒的なまでの無力感に、私はかつてないほどに辟易する。彼女があまりにも眩しかったから、最後まで直視出来なかった。





今日は一日、授業に身が入らなかった。駿が彼女とお家デート。私のあずかり知らぬところで事が進んでいる事に、形容しがたい劣等感を抱いていた。

そこは私の居場所だよ、奪わないで。

こうなってしまったのも当然と言えば当然で。幼馴染という唯一無二のポジションで、長らく怠慢を決め込んでいたのだから。

告白したら、絶対OK貰えるし。そもそも、私以外の女の子が告白しても、絶対断るでしょ。なんて漠然と考えていた。

迂闊だった。後者の期待はあえなく崩れ去り、駿は私ではない誰かの彼氏になっていた。

もう遅い。なんで告白しなかったんだ。そんな後悔が頭の中で反芻する。

七限が終わり、今日の授業が全部終わると、いつもなら「実花、一緒に帰ろ〜!」なんて陽気な声が聞こえて来るのに、今日は待てど暮らせど、その声が私に届くことは無かった。きっと今日は、梨花ちゃんと遊びにでも行くのだろう。

「ねね、藤崎!」

「ん、どしたの山田」

「カラオケ!行くぞ!!」

「急だねえ。どうせ暇だし良いけど」

急遽、本当に突然に、私は放課後カラオケに行くことになった。






この子、山田寧々は高校生活で初めてできた友達だ。たまたま同じクラスの、私の前の席に座っていた子。高校に入学して初めて教室に入った時、一番初めに話しかけてくれた子。

「はい、2人でお願いしまーす!」

山田はいつも明るくていい子なんだけど、態度が軽く

すぎて嫌がられる事もあるみたい。でも、私は山田のそんな所が好き。山田が元気だと、気付いたら私も笑顔になってるから。

「ね、藤崎。最近嫌な事でもあった?」

案内された部屋に入った途端、山田がそんな事を口にした。正直、ギクッとした。

「うん、やっぱ分かっちゃう......?」

「そりゃあもう!だって明らかにテンションだだ下がりじゃん!!」

「ああ、そっかぁ」

「それって今言えること?」

「うーん、ちょっと無理かも」

「そかそか!よっしゃ、歌うぞ藤崎!歌って全部吹き飛ばすぞ!」

山田は、本当に気が利く。



「よーし、次は何歌おうかなぁ」

「ね、山田」

「んー、どしたー藤崎」

「私の話、聞いてくれる......?」

山田は少しキョトンとした後、力強く頷いてこう言った。

「おう、もちろん!」

私は、駿に彼氏が出来た事を山田に話した。

「へぇぇ、あの駿がねえ。まあイケメンだし、性格もいいからなぁ。納得納得。というか、藤崎と駿はてっきり付き合ってるものかと」

「そんな事無いよ、幼馴染で小さい頃からずっと一緒だっただけ」

「なるほどなぁ。さっさと告っちゃえば良かったのに」

全くその通りだ。私は図星を突かれて、言い返す言葉を決めあぐねていた。

「確かにそうだけどさぁ。もっと言い方なかったの?」

「変に気遣われるよりいいでしょ」

山田は笑って言った。

「まあね」

私も、笑ってそう返した。山田のおかげで、今日初めて心の底から笑えた。

「ね、藤崎。新しい恋、探さない?」

「えっ、どういう事?」

「どういう事って、そのまんまの意味よ。失恋を忘れるには、新しい恋を始めるのが一番!」

「でもどうやって?」

「ふふーん。実はさ、藤崎の事気になってるって奴、一人知ってるんだよね」

「え、嘘。そんな人いたんだ......」

「そりゃあそうよ、藤崎みたいな可愛い子、惹かれる人間が居ないわけないでしょ!」

そう言われると恥ずかしいけど、悪い気はしない。

私は、少し迷った末こう言った。

「うん。その人と会ってみたい」



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