第8話
俺の容姿は日本人である母親に似ている。正確に言うと年齢を重ねるごとに瞳は濃い茶色に変色し、亜麻色だった髪の毛も黒みがかりどんどん似てきた。幼稚園の同級生と比べても東洋人特有の平べったい顔立ちをしていた。俺はよくクラスのガキ大将に「アジアンの子供」として園でからかわれた。
まだ純粋な心を持っていた五歳の俺は、クラスの連中にそのせいで除け者にされようが、自分の東洋人的な容貌に不満を持っていなかった。不満どころか、俺が母親に似ていることで家族との絆が繋がっているように感じていた。
頭のなかをまだ悪魔に支配されていない頃の母親は優しかった。俺は園の砂場で悪ガキにいたずらされ泥まみれで泣いている時間が多かった。迎えにきた母は俺の姿を発見するたびにそっと抱き寄せた。帰宅して俺をシャワーに連れて行き、いつもバスタオルで頭を撫でるように拭いてくれた。温かく慈愛に満ちたそのしぐさが好きで、いじめられるのも悪くないなと心ひそかに思った。
広々とした観覧車内に客は俺一人だった。
閑散とした空気が漂う。俺はじっと動かずに座っていた。初夏だと言うのにしんしんと寒さを感じた。小降りだった雨は次第に強くなり窓を叩く音が響く。
生まれ育った街に光がぽつぽつと点り始めた。あの光のひとつひとつに人々の生きる希望が現れている気がした。俺にとってはただのオフィスや民間の灯りではなく、そこで日常を暮らす人の人生で忘れられない想い出やぬくもりに灯された燈なのだ。
ハイドパークの音楽フェスティバルが最高潮を迎えたようだ。会場から放たれたいくつもの光線が夜空をまっすぐに突き抜けた。色とりどりの光線は雨露を反射させてきらきら輝き、ロンドン上空の鈍い曇天に華やかさを添えた。
光線の中心には何万もの人生が身を寄せ合っている。この瞬間、熱気と興奮と喜びと、一抹の寂しさが会場にあるはずだ。
俺もいつかあそこに加わりたい。
同じモノを見て聴いて感じたい。
終わる喪失感とまた逢える希望を、多くの仲間と一緒に体感したい。
いつか来るその日まで、しばしのお別れだ。
観覧車がロンドンアイの頂点に着く頃、俺は日本に行こうと決心していた。頂上に到着すると、俺は車体が揺れるのも構わずに椅子の上に立って大声で叫んだ。
「グッドラック!」
雨と低気圧に愛されたふるさとに一端の別れを告げた。
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