出会い(2)
その日の放課後。
麗奈との約束の為、終礼後に歩夢は中庭へ向かった。
すると麗奈は先に来ており、ニヤリという言葉が適切な表情をしながら「帰ったかと思いました」と、歩夢に話しかけた。
「約束したじゃないですか、帰りませんよ。それとも、そんなに酷い人間に見えます?」
「ごめんなさい、冗談です。」
そう言って麗奈は、クスッと笑う。
歩夢は、出会って間も無い彼女の事が分かってきた。
「性格悪いと言われませんか?先輩」
「いえ、全然。いい性格をしている、とはよく言われますが」
どちらも同じ意味だろう。そう言いたかったが、歩夢は言葉を飲み込む。
そして、ひとしきり歩夢で楽しんだ麗奈は、1呼吸をおいた。
「さて、約束通り案内しましょう何処からが良いですか?」
麗奈は、歩夢に問う。
「何処から…と言っても、分からなすぎて何とも。強いて言えば、移動教室に使う所くらいは覚えたいなと思ってます。」
「分かりました。それでは1つずつ行きましょうか」
そう言った、麗奈はゆっくりと中庭から移動し始めた。
そこから学校案内が始まった。
学年ごとに校舎が違う事。
体育館は、授業と集会だけでなく、講話等にも使われる事。
月ノ宮学園は高台に位置する為、震災の避難所として使われる事。
広い学校の敷地内を1周した歩夢と麗奈は、最後に部活棟にある一部屋にやって来た。
そこの扉には「地理研究部」と、手書きの紙が貼ってあった。
そして麗奈は、その部屋の横開きの扉を開いた。
夏場特有のこもった熱が、部屋の中から溢れてくる。
麗奈は、部室の中へ入って行き、部室の中にある扇風機のスイッチを入れる。
そして鍵のかかった窓を勢いよく開けた。
すると、新鮮な外の風が入って来た。
窓を扉を経由し、部室内を巡回する。
そして麗奈は、窓を背に向け、歩夢の方を向く。
「入って来て下さい。」
その言葉を合図に歩夢は、まだ少し熱気の残った部室へと足を踏み入れる。
部室の中には、大きな長机に、数個のパイプ椅子。
壁際にある大きな本棚には、複数のファイルが並んでいた。
「ようこそ!地理研究部へ!」
麗奈は、歩夢を歓迎するように手を広げ、言う。
「地理研究部…ですか。」
部活名から推測はできるものの、具体的には活動内容が分からなかった歩夢は、少し困惑する。
「えぇ、この地理研究部は、文字通り土地を研究する部活になります。
とは言っても、学者のように、石を砕いて顕微鏡で見たりとか、地層を見て時代の流れを感じたりというのはしません。
学生の身分ですからね。
する事と言えば、地域を見て周り、災害時の危険箇所を探し出す、という事くらいでしょうか。
そして、見つけた危険箇所を絵や文書、地図に記載等して、ハザードマップ作成というのが、私達の主な活動内容となっています。」
麗奈は、歩夢の声から察し、活動内容を伝える。
「部活動は毎日行われてますが、週に一度の義務参加以外は、基本的に自由参加です。しかし、部長による集合がかかった場合は別になります。
ここの部員は私の他に2人居ますが、今日は来てないみたいですね。」
そこまで言うと、麗奈は窓際を離れ、歩夢の方へと近付く。
「そしてその部長とは、私の事なんですよ。」
自分の胸に手を当て、笑顔で歩夢に語る。
「結構珍しいですよね?元いた学校もそんなのはありませんでしたし…、この学校特有って感じですか」
歩夢は問う。
「私はこの街以外の学校を知りませんので、分かりませんが…、そうですね、あまり無い部活だと思います。」
麗奈は、歩夢の問いに答え、その考えに同意する。
「ただ、この部活悩みがありまして」
「悩みですか?」
「はい、地域を見て回り、ハザードマップを作成する。
単純な内容ではありますが、この街の範囲はかなり広く、人口も多いです。
それに部員3人というのは、必要最低限の人数であり余裕がありません。」
「なるほど、つまり部長は俺に部員になれと?」
「物分りの良い人は好きですよ」
麗奈は笑みを浮かべる。とても良い笑顔だった。
「いきなり言われても…」
「では、お断りになるんですか?夏季休暇明けで、少し気だるい初日に、右も左も分からない転校生の為に、学校中を歩き回ったんですよ。
結構大変でしたね、暑かったですね。」
「まさか、この為に?」
「さぁて、どうでしょう?」
麗奈は、再度笑みを浮かべる。
本当に良い笑顔だった。
「先輩って、ホントに良い性格してますね。」
ため息混じりに歩夢は答える。
「ありがとうございます、よく言われます。」
そう答える麗奈に、褒めてないですよ、と心の中で歩夢は悪態をつく。
「分かりました、けれど、この場で即決というのは無理です。
初日なので、少し考えさせて下さい。
できれば今週中は」
「えぇ勿論、部活動加入に強制権はありませんから。
ですか、今日来ていない部員を紹介したいので、明日また来て貰えますか?」
麗奈は、歩夢の先延ばしの返答を了承する。
その上で、逃げられないようにとの布石を打った。
「そっちも分かりました。じゃあすみませんが、失礼します。
今日は本当にありがとうございました。」
歩夢はお辞儀をする。
そして部室を出る為に麗奈に背を向け歩き出した。
部室の扉まで来た時
「あ、そう言えば」
麗奈の声で、足を止めた。
「現在時刻16:30、もうすぐ17:00になりますね」
部室にある時計を指差しながら、麗奈は言う。
「今から真っ直ぐ帰れば、17:00までには寮に着くことができますね」
「そう、ですけど…」
「17:00から19:00の間、この世と魔の世界の境界線が曖昧になると、昔から言われています。
この時間帯の事を逢魔時(おうまがとき)と言うそうですよ」
「逢魔時ですか」
歩夢は、突然の麗奈の言葉に戸惑いながら答える。
「えぇ、ですからそんな怖い時間になる前に、急いで、尚且つ安全には気を付けてお帰り下さい。」
その言葉を受けた歩夢は、どう反応を返すのが正解か分からずに、再度1礼をしてその場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます