翼くんの秘密
月が夜空にくっきりと姿を見せる頃、白狐が帰ってきた。
「おかえりなさい。どうだった? 指輪見つかった?」
「家にあったよ。女の子が指にはめてた。はずしたら
「洋子おばさまに娘なんていたかなあ。見つかったのは良かったけど、それっておばさまに黙って借りてるってことだよね……うーん、どうしようかな」
わたしは洋子おばさまにメールで確認した。
――おばさまに娘さんていましたっけ?
――うちは息子だけよ
――もし写真があれば送ってもらってもいいですか?
おばさまはすぐに写真を送信してくれた。
「白狐、この子だった?」
「うん、そうだよ。あれ、でもこの子、男の制服着てるね。さっきは白いワンピース着てたよ」
「あー、そういうこと……困ったな。おばさまになんて言おう」
写真の中の男の子は、確かに女の子に間違われてもおかしくないくらい可愛い顔をしていた。
男物の制服を着た彼が、なんだか窮屈そうに見えるのは、白狐の話を聞いたせいかな。
朝陽兄ちゃんに相談すると、「洋子さんと一緒に呼んじゃえば?」と言われた。
「この庭で話せば、その子も本当のことが言えるかもしれないよ」
「でも、大丈夫かな……」
「洋子さんがどういう反応をするか心配?」
「うん。息子に女装癖があるって知ったらショックなんじゃないかなあ」
「俺は洋子さんとは何度か顔を合わせたくらいだからわからないけど、洋子さんて世間体とか常識とか気にする人?」
「ううん、そんなことないと思う。何でも受け入れる器の大きな人だもん……わたし、おばさまに息子さんと一緒に来てくださいって連絡してみる」
メールを送るとすぐに了解の返事がきた。指輪に関係あるとわかってるだろうに、何も聞かないところがおばさまらしい。
週末に洋子おばさまが息子の翼くんを連れてきた。
「いらっしゃいませ。庭でお話しようと思いますけど、いいですか?」
「もちろんよ。わたしがここの庭が大好きなこと知ってるでしょ」
「ふふふ、一応聞いてみただけです」
テーブルのセッティングはお母さんに頼んである。
お菓子は少しだけにして、飲み物を何種類か用意してもらった。
「翼くん、なに飲む? コーヒー、紅茶、オレンジジュース、手作りのレモネードもあるよ」
「じゃあ、レモネード」
洋子おばさまはコーヒー、わたしはアップルティーにした。
翼くんは庭の花を見ている。
優しい眼差しの先には薄紅色の秋桜が揺れていた。
(花が好きなのかな。きっと綺麗なものが好きなんだね)
少し話をしたところ、翼くんが通っているのは有名な進学校でわたしと同学年だった。今日は質の良さそうな黒のジャケットを着ていて、写真より大人っぽく見える。
「翼くんは、うちの話を聞いたことある?」
「あ、うん。『秘密の花園』って呼んでるすごく素敵な庭があるって。ぼくも一度来てみたかったんだ」
「なんで秘密なのか聞いた?」
「ううん、聞いてない」
「あそこに祠が見えるでしょ? あそこにはうちのご先祖様が屋敷神として祀られてるんだけど、その神様のご利益で、この庭は春夏秋冬いつでも花で溢れてるし、ときどき不思議なことが起こるの」
「不思議なこと?」
「そう。火事があったのに家が燃えなかったり、お願いすると行方不明のペットが見つかったり」
「へえ、すごいね!」
「何日か前に、洋子おばさまから指輪を探して欲しいってお願いされて、神様に探してもらったの……翼くん、持ってるよね? エメラルドの指輪」
「あ……」
翼くんの顔が青ざめ、カタカタと震えだした。
わたしは思わず、テーブルの上の彼の手を握った。
「怖がらなくていいんだよ。翼くん、綺麗なものや可愛いものが好きなんでしょ? 宝石とか花とか洋服とか。男の子だから言いにくかった? でも、男でも女でも綺麗なものに惹かれるのは全然おかしなことじゃないよ。だから、本当のことをお母さんに言ってみたら?」
洋子おばさまはじっと翼くんの顔を見てるけど、翼くんはうつむいたまま黙っている。
(やっぱり無理だったかな)
そう思ったとき、翼くんがポツリポツリと話し始めた。
「黙って持ち出してごめんなさい。最近使ってないからちょっと借りてもばれないと思って……ぼくは男だけど、綺麗なものが好きなんだ。宝石とか、花とか……それに洋服だって、女の子が着るような可愛い服が好きだし、本当は……お、お化粧だってしてみたい」
翼くんの大きな目から涙がぽろぽろとこぼれた。
「そう……そうだったのね。ごめんね、お母さん気がつかなくて。そうよね、あなた小さい頃はお人形さんで遊ぶのが好きだったし、ランドセルも黒は嫌がってたものね……もしかして、今の制服も嫌いなの?」
「うん……可愛くないから」
「そうね。確かに可愛くないわね」
うふふっと洋子おばさまが笑い、翼くんもつられたように笑った。
(良かったぁああ)
ほっとして急に力が抜けた。
◇
あれ以来、翼は時々遊びに来るようになった。
スカートは履いてないけど、ピンクや赤を取り入れた明るい服を着ている。
「お母さんと一緒に買い物に行ったら、あの人のほうがノリノリで恥ずかしかったよ」と嬉しそうに話してくれる。
「ふふふ、良かったねえ」
わたしたちはすっかり仲良くなった。話も合うし、まるで女友だちができたみたいで楽しい。
「高校は制服のないところがいいって言ったら、勉強を頑張るならどこでもいいって」
「さすが洋子おばさまだね」
「美桜と同じ高校に行きたいな」
「ええっ、無理だよ。翼が行ってる中学、偏差値70超えてるでしょ。わたし、そんなに頭良くないから」
「勉強手伝ってあげるよ」
「いや、無理だって!」
わたしたちが縁側に座って騒いでいると、楽しそうだねと朝陽兄ちゃんが後ろから声をかけた。
「朝陽兄ちゃん! あれ、仕事は?」
「今日は有給休暇」
「こんにちは」
「こんにちは。翼くんだよね?」
「あ、はい」
「朝陽です。美桜ちゃんのお兄ちゃんみたいなものだからよろしくね。じゃあ、あっちでお父さんたちと話してるから」
「はあい」
朝陽兄ちゃんが部屋の奥に消えると、翼が言った。
「ちょっとカッコいいね」
「うふふ、そうでしょう。あっ、でも好きになっちゃダメだからね」
「美桜が好きだからでしょ?」
「えへへ、わかっちゃった?」
「バレバレ。言っとくけど、ぼく、男の人が恋愛対象ってわけじゃないからね」
「そうなの? ごめん、勘違いしてた」
「可愛い服を着るのは好きだけど、女の子になりたいわけじゃないんだ」
「じゃあ、いつか好きな人ができたら教えてね」
「……うん」
翼は返事につまる。
美桜を見ると沸き起こる感情は、まだ恋かどうかもわからなかった。
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