家族の夜

 アゲート城の一室。そこでは重要な会談が行われていた。


 参加者はアゲート大公ジェイクと婚約者レイラ、アゲートの財務を裏から支配しているこれまた婚約者エヴリン、護衛のリリー、エレノア教教皇イザベラ、アマラとソフィーの双子姉妹。


 このことを知っているチャーリーなど一部の者は、これから極秘裏に超重要な会談が行われるのだろうと思っていた。


「ふうう。よおし落ち着いた。落ち着いたぞ」


「エヴリンちゃんがええこと教えたるで。そう言うて落ち着けた奴は歴史上おらん。ですよねアマラさん」


 いよいよ結婚の儀が近づいたことで落ち着きがなくなっているレイラが自分に言い聞かせるように呟くと、エヴリンからツッコミが入った。


 そう、現在行われているのは超重要な会談ではなく単なる家族の会話であった。


「いないだろうな」

(大国で行われるような国中の貴族が参列したものではないが、まあ当事者なら緊張はするだろうな)


 千年を生きるアマラが経験則から、自分で落ち着いたと言って言葉通りになれた者などいないとエヴリンの意見を肯定し、結婚の儀の規模について考える。


 通常なら国家の君主であるアゲート大公の結婚の儀なのだから、大勢の人間が参加するだろう。しかし、アゲート大公国自体が小国であり、参加できるような有力者はそう多くない。その上、現在アゲート周辺各国は戦時中であり、サンストーン王国は政治的爆弾で大爆発している状態で、踏み絵的に招いても来られる状況ではない。


(サンストーン王国再統一後は金も手間もかかる)


 もう一つアマラが考えるのは、サンストーン王国再統一後にジェイクとレイラが結婚の儀を行うのは色々と面倒だということだ。


 アゲート大公国君主の結婚の儀と、サンストーン王国で行う結婚の儀の規模はまるで違う。もしサンストーン王国再統一後に行うなら、混乱が収まったばかりで金の余裕もないから規模を縮小しようとしても、全てに優先する国家の面子があるため不可能なのだ。


 そして、ジェイクが未婚なら少しでも立場をよくしようとサンストーン王国の貴族が蠢動し始めるのが目に見えていたため、ジェイクが軍を起こす前に彼の後ろ盾をはっきりさせる意味も込めて、このタイミングで結婚の儀を行うことになった。


「俺も結構緊張してるんだよね」


 王家の恥部として公式行事に参加したことがないジェイクは、結婚の儀を直接見たことがないので緊張していた。と言っても図太すぎる精神をしているので、常人の思うような緊張とは程遠かったが。


「よしジェイク。もう一回練習しよう」


「では私も司祭として練習に参加させていただきますね。実は数度しか立ち会ったことがなくて」


「あれ? イザベラさんはあんまり結婚の儀に立ち会ってないのですか?」


「はいレイラさん。歴代の教皇もそうですが、放浪していた上に教皇に立ち会ってほしいという結婚の儀となるとそうそう起こる話ではありませんから」


 我が意を得たりと結婚の儀のリハーサルをジェイクに提案したレイラは、思わぬイザベラの言葉に首を傾げた。


 実はこれ、ジェイクとの触れ合いを求めてイザベラが提案したのではなく、言葉通り彼女には結婚の儀に立ち会った経験が乏しかった。


 なにせ愛に狂って千年間世界を放浪していた女なのだから、タイミングが合わなければ結婚の儀の立ち合いを依頼することができず、また教皇の立場のイザベラが立ち会うに相応しい結婚の儀も大国同士の場合などに限られていた。そのため、千年間生きていた割には教皇としての仕事が少なかった。


 尤も、正体が愛の女神の名を勝手に使っているだけのスライムだから、教皇の仕事といってもそこに全く意味はないが。


「ソフィーさん。確か、古代アンバー王国の時代は神様がいたから司祭様はいなかったんですよね? 結婚の儀はどうしてたんですか?」


「書類一枚で今からあなたは夫婦です。といったところ。パーティもない」


「え!? それだけだったんですか!?」


「そう。よく古代の超文明だと勘違いされるけど、古代アンバー自体も王家も、今の時代より発展していたり豪華なこともない」


 リリーがかつて栄華を極めていたとされる古代アンバー王国の結婚の儀はどのようだったかを興味本位でソフィーに尋ねたが、現代とそう変わらないどころかかなり地味だった。


「華美より効率優先?」


「そういった考えが主流ではあった」


「ふむふむ」


 そんな会話に興味を持ったジェイクがソフィーに尋ねると、これまた味気ない現実が返答だった。


『閃きましたわ。地味から脱却するため金箔を身に纏って結婚式を行いましょう。これでまさに箔が付きますわ』


(箔じゃなくて馬鹿が付くだろうが!)


『おほほほほ!』


 地味からどんな着想を得たのか、【無能】が煌びやかな提案をしたがジェイクは即座に却下した。確かにその提案が実行されれば地味とは程遠くなるだろう。代わりにこの世界で永遠に、無能ではなく馬鹿の代名詞として語られるが。


「夜の予行演習も必要かねえ?」


「そう、エ、エヴリン!」


「レイラさんが真っ赤に!?」


「あらあら。ふふふふ」


「だそうだぞジェイク」


「ふっ」


「……ぐう」


『おほほほほほほ!』


 家族の夜が更ける。


 結婚の儀を行わなくても。


 そしてその日を迎えた。

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