第4話 きっとこれが……
「ふぅ……」
木製の湯船に浸かりながらルナは息を吐き出す。
所謂檜風呂と呼ばれるそれは遥が密かに憧れて作ったものではあるが、そんなことは知らないルナは小さいお風呂というものに違和感を覚えつつも肩まで湯船に浸かりゆっくりと表情を緩める。
一人でお風呂に入るなんて体験もルナにとっては初めてで最初は勝手がわからなかったが……慣れると侍女に洗ってもらうよりも心地よく感じる。
さらに肩まで湯船に浸かると言う発想事態がかなり新鮮で最初は遥にからかわれているのかと思ったが、一日の疲労をとるにはもってこいだと思った。
(気持ちいい……)
どういう原理なのか毎日お風呂のお湯の色が変化するのも面白いが――シャワーやシャンプー、リンス、洗顔フォーム、ボディーソープなどの美容関連もルナの興味を引き付ける。
こんなものを一度使っただけで、肌や髪の艶がはるかに良くなるのにも驚いたが、もっと早くに知りたかったという気持ちが強い。
(それにしても……なんか不思議)
一度は全てを失って、死ぬ寸前だった自分がこんな風に未知のものに囲まれて、今まで体験したことがないほどの幸せな気持ちを味わえている。
(私を救ってくれた不思議な人……)
誰からも信じてもらえず絶望のどん底にいた自分を陽だまりのような笑顔で救ってくれたあの人――
「遥……」
――どくん。
その言葉を口にするだけで、その笑顔を思い出すだけで胸が高鳴る。
今はまだ彼に世話になりっぱなしだがいつか彼の役にたちたい。
何も出来ない世間知らずな自分を救ってくれて優しげに微笑んで手を差し伸べてくれた人。
(きっと……ううん。間違いないこれが……)
もはや誤魔化せなかった。
初めて感じるこの不思議な気持ちは間違いなく――
「私は……彼のことが好き」
口にしてしっくりきた――が、同時に顔が赤くなるのがはっきりとわかる。
生まれて初めての感情。
本来は婚約者だった王子に抱かなければならないはずのその感情を彼女は遥に間違いなく感じていた。
でも……
(私は……彼を好きになってもいいの?)
何にもできないどころか今のところ彼に迷惑しかかけてない自分が彼を好きになっていいものか……不安だった。
(多分容姿は彼の好みのなのよね)
遥はルナのことを可愛いと言ってくれた。
そんなことを言われたのは初めてのことで――お世辞でも嬉しくなった。
鏡をみるたびに目付きの悪さにウンザリしていたが……そんな自分のことをお世辞でも誉めてくれる遥の優しさにルナはますます遥への好感度を上がっていく。
一方こちらは居間でクールに振る舞いつつも内なる欲望に抗っている遥。
好きな女の子のお風呂タイムというのは健全な男の子としてはかなり刺激が強く――今すぐ突入したいという気持ちを全力で押し留める。
(落ち着け俺――俺は紳士だ。狼さんになるにはまだ早い。平常心だ平常心……俺は羊さん。草食男子だ)
自己暗示をかける。
あの可愛い想い人はきっと清らかな心の持ち主だ。
だからこそそんな彼女を欲望だけで見ていいはずがない。
ちゃんとお互いが深く繋がってからじゃないとそういう行為はダメだというのが遥の理想で……ヘタレな自分への言い訳でもある。
自分のことを客観的にみれば容姿は普通なはずだ。
酷いってほど酷くはないはず。
だからこそ中身で勝負をしないといけない。
優しく誠実な人間でいないといけない。それに……
「どうせなら好きな人にはかっこよくみられたいしな……」
そう……そんな意味のない見栄もある。
あんな美少女に自分が釣り合うとは思えないが……それでも彼女を想うこの気持ちは本物だと思う。
本当ならもっと早く彼女のことを助けられればと彼女の話を聞いてから何度も思ったことだが……こればかりはどうしようもなかった。
やり直しのチートがあれば過去に戻って彼女を颯爽と助けるために画策するところだが……残念ながらそんな芸当はできないので遥にできるのは今の彼女を幸せにできるように頑張ることだけだ。
とはいえ――
「いつまでもつか怪しいところだけど……」
正直言って、ルナの可愛いさが遥の想定を越えていた。
あんなに初で可愛い反応をされるとこっちから積極的になってしまいそうで――そんな理性との戦いが日々激化しているので、いつかルナを押し倒してしまいそうで怖いところだ。
もちろんルナが嫌がることはしたくないが、それでもあんなに可愛い女の子を前にして健全な男の子である遥にしてみれば餌があるのに食べられないおあずけをくらうペットの気分で……言ってみれば生殺し状態だ。
まあ、ルナの笑顔を見ればそんな邪な気持ちは霧散するのだが。
(ああ……ダメだ。俺、ルナのことが好き過ぎるかもしれない)
生まれて初めての気持ち――おそらく一目惚れと言っていいほどに遥はいつの間にかルナのことが大好きになっていた。
最初は可愛い女の子――次は笑って欲しいという気持ちがあったのに、今ではそれが恋へと発展している。
チョロい自分に呆れつつ、きっとこれから先ルナに危害を加える連中がいれば遥は容赦なくチートの限りを尽くしてそいつらを惨殺してしまうだろうというくらいに大切な存在になっていた。
「……うん。近い内に俺の気持ちを伝えよう」
ルナをメロメロにするどころか……逆にルナにメロメロになってしまった遥は密かにそんな決意をするのだった。
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