第131話 ノモルハン・戦後

■中央ゴレムス暦1583年10月5日

 ベイルトン おっさん


 ノモルハンの戦いの後、おっさんは旧バルト王国の王都ベイルトンに帰還していた。ドルガン辺境伯領にはコダック砲と砲兵を幾つか残してきた。これはガーレ定位国側の被害状況が分からなかったからだ。

 敵は引いたものの再度侵攻されても困るのである。


「はぁ……ガーレ帝國強かったな。よく踏みとどまったわ……」


 執務室でそうボヤくおっさんにガイナスが気付いたのか、口を開いた。


「すごい砲撃だったぜ。よく生き残ったモンだ」

「そうだな。身内に戦死者が出なくて何よりだよ」


「俺やドーガの野郎が簡単にくたばる訳ねぇだろ」

「まぁ殺しても死ななさそうではあるな」


「だろ?」

「ああ」


 おっさん的には秘密を共有する仲間がいなくなるのは精神的にきつい。

 バルト王国の将、ナリッジ・ブレインを処刑していないのがその証拠であろう。


 その時、任務に出ていたドーガが帰ってきた。

 現在、ベイルトンでは集会を禁止している。

 市民の取り締まりに多くの兵士を割いていた。


「閣下、思ったより我々は反感を買っているようです」

「やっぱりか……原因はトゥルン王の処刑を急いだことだな」

「その通りで」


 トルゥン王の処刑はガーレ帝國の襲来により急いだ経緯がある。

 決して褒められた王ではなかったが、それでも急な仕置きに国民は反発したのだ。


 仇敵がズカズカと土足で上がり込んだ挙句、王を有無を言わさず処刑してしまったのだ。無理もない話であった。


 おっさんは降伏したバルト貴族には所領を安堵し、しなかった貴族にはアウレア貴族を送り込み領土として平定させた。

 論功で領土を得た貴族たちにはこれから困難な統治が待ち受けているかも知れない。おっさんは自分の失策に気付いて後悔していた。


「(何事も急進的に事を進めるのは駄目だ。これからバルト王家の悪行を晒していかないとな。なければでっちあげてでも……)」


 おっさんはドーガが話しかけてくるのを上の空で聞きながらそう思った。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年10月6日

 アウレア ホーネット


「ふはははは! ついにッ! つーいーにバルト王国を滅ぼしたぞッ!」


 アウレアス城の玉座の間ではホーネットが愉快そうに高笑いしている。

 その周囲でホーネットの顔色を窺っていた貴族たちはホッと胸を撫で下ろすと、おべっかを使い始めた。


「流石は陛下! 先代にも為し遂げられなかったことをやってのけるとは!」


「これで仇敵のバルトが滅びましたな。レーベテインの復古に近づきましたぞ!」


「戦勝を祝して祝賀の儀を大々的にとりおこないましょうぞ!」


 ホーネットの回りにいる貴族たちは何とか彼に気に入られようと必死である。

 まだ若く、激情家でもあるホーネットは大公でありながら腫物を触るが如く貴族たちに扱われていた。


 おっさんもアウレアを長く空けていたものだから蔓延るのは佞臣である。

 おっさんがいない間に力を付けたのはキルケスと言う文官であった。

 冴えないながらに狡猾そうな顔をした男だ。


 ホーネットが執務室に入ると間もなくキルケスが入ってきた。


「大公陛下、サナディア卿の力……そろそろ削ぐべきですな」

「おう。いつまでも軍権を握らせておくわけにもいかん」

「報告ではガーレ帝國の機甲部隊に大損害を被ったと言う話ではありませんか。そんな者に元帥など務まりませぬな」

「兵士は我が国の臣民なのだ。それを無為無策に死なせるのは許し難い」


「まったくもって仰せの通りッ!」


 キルケスが大仰な態度で畏まってみせる。

 それに満足したのかホーネットも胸を張って自慢げだ。


「キルケス、祝賀は派手にやれ。アウレアの力を示す時よ。貴様に任せたぞ?」

「御意にございます」


 頭を下げるキルケスの顔には歪んだ笑みが張りついていた。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年10月13日

 ガーレ帝國 帝都ガレ 


 ラスプーチン・ガ・レ・メドベージェフの前にはシルベスタがかしずいていた。


「痛み分けとはどう言うことだッ! 我が国のガルド砲がアウレアの大砲などに劣っていると申すかッ!」


 宰相のアロゾフの叱責が飛ぶ。

 シルベスタはこりゃ自分の首も飛びそうだと内心考えていた。

 しかし何故か焦ってはいない。


「はッ……アウレア側も大砲を運用しておりました。その用兵も中々の練度かと」

「言い訳はそれだけかッ! 貴様は栄えある機甲部隊に大損害を与えたのだぞッ!」


「はッ……次は勝ちます」

「何だとッ!? 次があると思うてかッ!」


 アロゾフは激昂している。

 帝國の威信が低下したと思い激怒しているのである。

 そこへ意外な人物からフォローの声が掛けられた。


 皇帝ラスプーチンである。


「ふむ。よい。アウレアは強かったか?」

「なッ……陛下……」


「はッ中々に手強い軍かと存じます」


「ふむ。アウレアか……大した存在ではないと思うておったが、改める必要があるか……。早めに叩いておくべきやも知れぬな」


「皇帝陛下! それではメルキトアとガーランドはどう致すのです!?」


 陸軍将校のトップ、キルヒホフ陸軍大臣が少し驚いたような声を上げる。

 ガーレ帝國はアルタイナの進出を一時断念し、東のメルキトアとガーランドに攻勢を掛けるべく動いているのであった。


「ガーランドは呪われし地だが不凍港を得るために取らねばならぬ。それに亜人どもが多い。何としても滅ぼさねばならぬ。メルキトアは何度も我が国に侵入してくる蛮族だ。決して許すことはできぬ。キルヒホフやれるな?」


「しかしッ……」


「やれるな?」


「はッ……御意にございます……」


 半ば諦めたかのように項垂れながらも承知するキルヒホフ。

 ガーレ帝國では皇帝の言は何よりも優先される。


「(しかしアルタイナといい、バルトといい、アウレア如きがちょこざいな……。目の前の障害は取り除かねばならぬな)」


 ラスプーチンは手を振ってシルベスタとキルヒホフを下がらせると、瞑目するのであった。

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