第130話 ノモルハンの戦い ③

■中央ゴレムス暦1583年9月29日 午前

 ノモルハン おっさん


 砲弾の雨はまだ止んではいなかった。


「ちくしょうめい! 向こうの弾薬は無尽蔵か?」


 おっさんが天に向かって呪詛のような文句を吐くがどうにかなるはずもない。

 今やそれぞれの部隊がアドから降りてガーレ帝國陸軍と銃撃戦を繰り広げていた。

 しかし近代化されつつあるガーレ帝國の圧力プレッシャーにアウレア大公国軍はじょじょに戦線を下げざるを得ないでいた。


「閣下ッ! 本陣だけでも下げてください!」

「くどいッ! 士気にかかわると言っているだろう!」

「このまま本陣の将校を全員巻きこむおつもりかッ!」


 ノックスのこの日、何度目になろうかと言う諫言におっさんはぐぬぬと閉口してしまった。


「(下がらせるのが正解か!? 近代戦には近代戦……根性論だけでは駄目か)」


 おっさんはいたずらに兵士が死ぬのを黙って見ている訳にもいかないと判断し、ようやく本陣を下げる決断をくだす。


「しゃーない! 本陣をガルド砲の射程圏外にまで下げるッ! 速やかに動けッ!」


 おっさんはそう言うと兵士たちに指示を出し始めた。

 無論、自分が最後に下がるためである。

 大将たるもの下がるのは最後だと考えているのだ。

 まだまだ昔ながらの戦いの考えが抜けきらないおっさんである。


「何をやっとるんですかッ! 閣下もすぐお下がりくださいッ!」


 側近の鬼の形相におっさんはわずかに怯む。


「話せば分かるッ!」

「問答無用!」


 おっさんはアドに乗せられ全力離脱を余儀なくされた。

 ガイナスたち近衛兵もすぐ後に続く。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年9月29日 午前

 ノモルハン ドルガン辺境伯


 その頃、ドルガン辺境伯軍もガーレ帝國軍の左翼に突撃を敢行していた。

 銃火器は火縄銃がメインのもちろん近代化されていない軍団である。


「おおッ……やられる。みんなやられてゆく……」


 敵がGR銃を持って待ち構えているところへ剣や槍を持っての突撃である。

 いくらアドが速くても銃には敵わない。


「鉄砲を射かけろッ! 怯んだところを突撃だッ!」


 その程度の小細工など効果は薄いだろうと分かった上での指示である。

 ドルガン辺境伯も決して無能ではない。

 しかし、近代戦の経験のなさが被害を増してゆく要因となる。


 そこへ伝令がドルガン辺境伯の下へと駆けつける。


「伝令! アルデ元帥閣下より指示! 火縄銃部隊を前面に押し出して遅滞戦闘に移行せよとのことです!」


 ドルガン辺境伯も騎兵での突撃は効果が薄いと既に気付いていた。

 それでもどうすれば敵を撃ち破れるのか分からないため愚直に突撃を繰り返していたのだ。判断の遅れが加速度的に兵の損耗を増やしていた。


「うむう……」


「閣下ッ! 遅滞戦闘などと、アルデ元帥は何を舐めたことを!」

「いや、止む無しですぞ閣下ッ! 今までの戦いが通用しないのです」


「何を申すかこの下郎がッ!」

「いたずらに被害を増すよりマシだ。この腰ぎんちゃくがッ!」


 ドルガン辺境伯に献策した2人が言い争いを始める。

 

「ガーレの戦い方がここまで変わっているとはな……ありったけの鉄砲を持ってこいッ! 前面に押し出して敵を寄せ付けるなッ!」


 ドルガン辺境伯はおっさんの命令を支持し、正式な命令として採用した。

 これにより、彼の部隊の被害は減少することとなる。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年9月29日 午前

 ノモルハン バッカス


「バッカス様、閣下より入電ッ! 隊を2つに分け、敵側面を突けとのことです!」


「承知したッ! 11番砲から後ろはアドに牽引させて移動だッ! 敵側面を突くッ!」


『応!!』


「(圧力は強くなるが、砲の旋回は容易ではない。側面からなら打ち崩せる……)」


 バッカスは体を2つに分けすぐにおっさんの命令を履行した。

 ちなみに隊を分けても【戦法タクティクス】、《兵器の大天撃》の効果は消えない。それを分かった上での命令である。


 バッカスの周囲は阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 コダック砲の方が射程は長いのだが、接近されてしまってからは被害が大きくなってきている。

 あちこちで轟音がそして爆音が鳴り響き、土が天に舞い上がっていた。


「6番砲沈黙ッ!」


「7番砲もですッ! 精霊術士がやられましたッ!」


「(速く回り込んでくれ……)」


 バッカスは地獄絵図となっている周辺を物ともせずに作戦の成功を祈る。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年9月29日 午前

 ノモルハン シルベスタ


「敵本陣が下がったか。まぁいい。敵の砲を撃破しろッ!」


 テキパキと指示を出すシルベスタに参謀のグエスタが近寄る。


「こちらの砲兵陣地もかなりの損害を被っているようです……」


 ガーレ帝國の栄えある機甲部隊がここまでやられることに屈辱を感じていたグエスタの声が震えている。


「そんな落ち込むなよ参謀ちゃん。あちらさんにも侮れない砲があったと分かってよかったじゃないか」

「くッ……しかし我が国最強を誇るガルド砲をここまで……」

「現実から目を反らしている場合じゃないぞ?」


 そこへ魔導通信兵が悲鳴に近い声を上げる。


「通信! 東から……東からも敵の砲撃がッ!」


『何ッ!?』


 シルベスタとグエスタの声が重なる。

 2人が東に目をやると土埃がもうもうと立ち込め、その中を砲撃音が鳴り響いていた。


「ちッ……回り込まれたか」


 シルベスタは双眼鏡で砲兵陣地の様子を見ている。

 と言っても土や煙で様子がほとんど分からない。


「何故、気付かなかったのだ……」


 グエスタはまだ取り乱していた。

 アウレア大公国は今まで列強国の名にひれ伏してきた国々とは違う。


 そこへシルベスタが思いがけない言葉を口にした。


「撤退だ。両軍とも被害が大きい。このまま戦っても占領などできない」


「閣下ッ……栄えある帝國軍が小国相手に撤退などッ……」


「その小国相手に苦戦している。ここでガルド砲やGR銃を失う訳にはいかん」


「しかしッ――」


「グエスタッ! 冷静になれッ! 貴官は参謀なんだぞ?」


 その言葉にグエスタはハッとすると真剣な面持ちに変わる。

 ようやく自分の本分を思い出したのだ。


「そうですな……向こうも被害は大きい。追撃は出せんでしょう。すぐさま撤退を!」


 シルベスタの意見にグエスタも同意したことでガーレ帝國軍は全面的に撤退することとなり、混乱の中、速やかに撤退が行われた。

 シルベスタはアドに乗って戦場を振り返りながら言った。


「アウレアか……この借りはいつか返すぜ」


 アウレア大公国軍も追撃の余力がなく、ここに戦いは終結を見た。



 ―――



 こうしてこの戦いは列強国ガーレ帝國とアウレア大公国の国境紛争と言う形で決着がついた。ノモルハンの戦いはガーレ帝國の機甲部隊がアウレア大公国軍を一方的に撃破したとされていたが、ガーレ帝國が長年情報を秘匿していたため、真実は公にならなかった。


 後世、ノモルハンの戦いは両者ともに壊滅的な被害を被った互角の戦いとして認識されることとなるのであった。

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