第129話 ノモルハンの戦い ②

■中央ゴレムス暦1583年9月29日 未明

 ノモルハン おっさん


 号砲の音が周囲に轟く。

 おっさん率いるアウレア大公国軍が放ったコダック砲を皮切りにアウレア、ガーレ帝國両者の激しい砲撃戦が始まった。


 先制攻撃を受けて混乱仕掛けたガーレ帝國軍であったが、シルベスタ大佐の迅速な判断により、ガルド砲をいち早く移動させ被害は最小限で済んでいた。

 そして無事ガルド砲の射程にアウレア本陣が入ったので現在、一斉射撃しているところであった。


「敵さん、退くかと思ったけど、それどころか突っ込んできたな」


 おっさんの見立てでは一方的に射程に入れられたガーレ帝國軍は一旦退いて体勢を立て直すというものであった。

 お陰でおっさんの周囲にも砲弾が着弾しておりかなり危険な状況である。


 おっさんは既に【戦法タクティクス】の《軍神の加護(伍)》を発動している。ドーガを始めとしたアウレア大公国軍はGR銃を持って騎兵突撃をしてくるガーレ帝國軍を騎上射撃で蹴散らしていた。

 アウレア側は全員に銃が行き渡っていないので敵の銃撃を掻い潜って白兵戦に持ち込んでいる。


「閣下ッここは危険です。総大将だけでも下がるべきですッ!」

「ここは退いちゃいけないところだよ。大砲なんて命中精度はそれ程でもない。うちのコダック砲は別だがな」


 おっさんはドヤ顔でそう言った。

 実際、精霊魔法を使って制御するコダック砲は火薬量、射撃角度、風向きなど様々な要因が絡んでくるガルド砲よりも使い勝手が良い。


「バッカス隊に伝えろ。敵大砲を破壊し尽くせとな」


 バッカスも【戦法タクティクス】の《兵器の大天撃》を使用している。

 その破壊力は格段に向上していた。

 コダック砲の前には銃を持った兵士たちが突撃してくるガーレ帝國軍を狙い撃ちしている。


 このように初っ端から全面衝突となったため両国ともに被害は拡大していった。


「閣下、やっぱり危険だぜ。あっちの射程外に陣を下げるべきじゃねぇかい?」

「下げれば士気にかかわる。俺たちはガチンコで列強国を撃ち破らねばならない」


 ガイナスまでもが心配しておっさんに忠告してくるがおっさん聞く耳を持たない。


「そんなに大事な戦なのか」

「そうだ。この一戦は世界が見ている。アウレアは列強に対しても退かぬ媚びぬと言うことを知らしめねばならん」


 おっさんはそう言うと半透明のボードを眺めながら軍配で膝を叩いた。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年9月29日 未明

 ノモルハン シルベスタ


 ガーレ帝國本陣ではグエスタが蒼白な顔をしていた。


「まさか、アウレアの砲撃の方が上だと言うのか……?」


「参謀ちゃん、敵を舐めるといかんぜ? 事実、アウレアはこちらの砲撃に一歩も引かずに戦っている」

「しかし、射撃精度が高い……我が国の機甲部隊がこうも押されるとは……」


「信じられないか? 目の前で起こっていることが現実だ」


 シルベスタの前方でガルド砲が一門吹き飛んだ。

 まともに直撃弾を喰らい、周囲の兵士とともに空に舞う。

 着弾地点は小さなクレーターのようになっていた。


「しかし、アウレアの如き小国がこのような大砲を作れるとは思えません。はッ……裏にいるのはエレギス連合王国か!?」

「いやエレギス連合王国の砲とも違うな。何か特別な力が働いているようだ」


 アウレアの砲弾は付与された精霊魔法の種類によって様々な色に光り輝いている。

 魔法研究などされなくなって久しいガーレ帝國では理解できないことであった。


 とは言え、ガーレ帝國の砲撃も確実にアウレア大公国陣営に大きなダメージを与えていた。両陣営で人が、土が、吹き飛ばされ死者の数が増加していく。


「列強は負ける訳にはいかないんだよ。歩兵大隊に敵大砲に圧力プレッシャーをかけ続けろと伝えろッ!」


 銃の性能では上回っているはずだとの自負があるシルベスタから喝が飛ぶ。


「塹壕でも作っておくべきだったか……」


 シルベスタもアウレア大公国軍が砲撃戦に乗ってくるとは思っていなかったのだ。

 と言うかグエスタに至っては一方的に蹂躙できると考えていたふしがある。

 ガーレ帝國の中では、短期決戦になると考えている者が圧倒的であった。

 しかもそれはガーレ帝國の圧勝と言う結果でだ。


「申し上げます。アウレアの騎兵、しぶとく中々突破できません!」

「くそッ……騎兵隊を全軍押し出せッ! 敵は全員に銃を配備しているのか?」

「いえ、得物の多くは剣や槍などであります」

「GR銃の斉射で対応させろ。いずれ形勢はこちらに傾く」

「はッ!」


 伝令はシルベスタの下知を受け去って行った。


「そうだ。焦ることはない……」


 爆音が轟く中、シルベスタは自分に言い聞かせるように呟いた。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年9月29日 未明

 ノモルハン ドーガ


「ちっくしょう! どいつもこいつも銃持ちばっかりかよッ!」


 ドーガは突撃してくるガーレ帝國騎兵隊の相手をしていた。

 おっさんの【戦法タクティクス】のお陰で防御力が格段にアップしているため、簡単に銃弾に沈むと言うことはないがそれでも当たれば痛いし怪我はする。


「銃と剣とじゃもう戦いにならねぇな。ホント【戦法タクティクス】様様だぜ」


 そんなことを言いながら銃撃を掻い潜り敵兵を斬り捨てていく。


 轟!!


 ドーガの近くにガルド砲の砲弾が着弾する。

 付近の兵士たちとアドがバラバラになりながら宙を舞う。

 防御力が上がっているとは言え、耐久にも限界がある。

 大砲を喰らってまで耐えられる程、人間の体は強靭ではなく【戦法タクティクス】も万能ではなかった。


「くそ、この俺がブルっちまうなんてな!」


 誰ともなしに言った言葉も心なしか震えている。

 ドーガにはこれが恐怖からくる震えか武者震いか分からなかった。


 轟!!!


 ガルド砲は、ガーレ帝國軍の騎兵隊に足を止められたドーガ隊に容赦なく牙をむく。簡単に当たらないとは言え、この音が、煙が恐怖心を煽るのだ。

 更に近くからは騎兵隊のGR銃による攻撃も間断なく浴びせられている。


 辺りは銃撃と砲弾の音が鳴り響き、耳が変になってしまっている。


「アドも剣の時代も終わりか」


 GR銃の銃弾にドーガの乗っていたアドが悲鳴を上げてどうっと大地に倒れ伏す。

 投げ出されるも空中で何とか体勢を立て直し、地面に這いつくばるドーガ。

 彼は近くに落ちていたガーランド銃を拾い、這いつくばったまま敵兵へ向かって銃弾を撃ち出した。


 ドーガは1つの時代の終焉を感じていた。

 名乗りを上げて剣と剣でぶつかり合う戦いは終わるのだ。

 こうやって地面に這いつくばって銃を撃ちあう時代が来るのだ。


「死んでたまるかよッ!」


 ドーガはゴロゴロと転がって地面の凹凸に身を隠すとガーランド銃をぶっ放した。

 タタタッという軽快な音がして銃砲から銃弾が吐き出される。

 同時にドーガの顔の横スレスレを銃弾がかすめていった。


「兵器の【戦法タクティクス】か……俺も付与してもらえるように頑張らねぇとなッ!」


 アウレア大公国にとって初となる近代戦は現時点において双方に大きな被害をもたらしたのであった。


 戦いは続く。

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