第65話 サースバード大会戦 ⑤
■中央ゴレムス暦1582年12月20日 12時半過ぎ
おっさんはバッカスと対峙していた。
2人は大太刀と大剣を構えてお互いを凝視している。
周囲の兵士たちは巻き込まれるのは御免だとばかりに近寄ってくる気配はない。
「あんたを倒せば勝利はこっちのもんだ。是が非でも勝たせてもらうぜ」
「俺に勝ったらこの国は終わりだぞ? たぶんだけど」
「だとしてもだ。俺ぁジィーダバ様に恩がある。負ける訳にはいかないのよ!」
そう言うが早いかおっさんに飛び掛かるバッカス。
おっさんは自慢の大太刀でそれを迎え討つと、首を狙った一撃を軽々と弾く。
考えていた結果と違ったバッカスは驚愕に目を見開くが、間髪入れずに連撃を繰り出す。一歩も譲らぬ激戦に2人の顔に汗がにじんだ。
だが――おっさんの方に分があるのが分かるのかバッカスの厳つい表情が険しいものに変わっていく。
「畜生が!
「だろ? 補正の壁は厚いんだよ!」
「(補正って何だ?)」
十合、二十合と打ち合いは続くが、おっさんがバッカスを追いつめていく。
もはや刀と剣との殴り合いに近くなっていた。
体の割に俊敏な動きでバッカスが足払いを掛けつつ、体を密着させてくる。
おっさんの大太刀は長い。離れればそのリーチで薙ぎ払われると考えているのだ。
鍔迫り合いに持ち込んだバッカスはここぞとばかりに体重を乗せてきた。
流石におっさんに倍するほどの巨躯を持つバッカスに重さで沈められることは避けたいおっさんは大太刀を思い切り押し返した。
武勇なのか何なのかは不明だが、力はおっさんの方が上である。
バッカスは大きく仰け反り、ガードが開いた。
「くッ……」
焦りの声を上げるバッカスにさして気にした様子もなくおっさんは大太刀を返す。
そこへおっさんの横薙ぎの一閃が煌めいた。
「ガハッ……」
大太刀が右脇腹にヒットし鎧にヒビが入る。
更に返す刀で渾身の一撃がバッカスの胸に直撃した。
「俺が沈むだと……」
苦悶の声を上げながらバッカスはその巨体を大地に横たえた。
そのあまりの重量に土埃が舞う。
「よし。バッカス将軍をひっ捕らえろッ!」
こうしておっさんは、峰打ちでバッカスを戦闘不能にして見事捕らえることに成功した。
「馬鹿な……何故殺さん……?」
「俺はコレクターなんだよ。それにキミは悪いヤツじゃなさそうだし」
「貴様に仕える気はないぞ……」
「別にそれでも構わんよ」
化物染みたバッカスを捕らえたことでおっさん軍の士気は大いに上がった。
「あの化物を倒しちまった!」
「やっぱりアルデ将軍は強いぜぇ!」
「アルデ将軍万歳! アウレア万歳!」
戦いの趨勢はおっさん側優位に進んでゆく……。
―――
■中央ゴレムス暦1582年12月20日 13時頃
部隊の士気に戻ったドーガであったが、軽騎兵と弓騎兵で突撃と離脱を繰り返してくるジィーダバ軍に苦戦していた。
「鉄砲隊退けッ! 槍隊前へッ! アレ持ってこいッ! 急げ次が来るぞッ!」
つくづく俺は副官補のくせに統率者向きじゃないのかもなと内心、愚痴をこぼしつつ、こんなことを考えるだけまだ余裕があるのかとも何処か他人事のように考えていた。
それでもまだまだ優位に
「流石はジィーダバと言ったところか。ガーランドと戦い続けてきただけはあるか……。俺は先頭切って突撃してる方が合ってるのかもな」
そう独り語ちてハッとドーガは気が付いた。
「そうだ。俺は俺のやれることをやればいい。まぁ指揮官も慣れなきゃいかんが今はとにかく勝つことだ」
ドーガは部下にこの場を任せると騎兵のみの少数精鋭部隊を作りジィーダバ軍の側面に回り込むことにした。
ジィーダバがここで奇襲してくることは想定済みであった。
おっさんがそれを言い出した時には、流石にそれはないんじゃないかとドーガは疑いながら周囲の地形を調べてまわったものだ。しかし、おっさんの言うことに間違いはないことは今までの戦いから明らかであった。それを思い出したドーガはジィーダバが奇襲してくることを前提で色々準備を始めたのだ。
アドで疾走するドーガの背後からどよめきが聞こえてくる。
対騎兵用に作った木の槍衾が利いたのだろう。
要は丸太を杭のように先端を尖らせ、シーソーのようにしたものである。
手前を踏めば鋭い先端が上向く仕組みだ。
しばらく本陣は部下に任せ、別動隊でジィーダバ軍を討つために把握済みの山道をアドに乗って進む。
すると視界が開けた。
目の前には無防備な脇腹を見せているジィーダバ軍。
そこへ向かって突撃を敢行する。
「皆の者ッ! 奮い立つは今だぞッ! 突き崩せッ!」
突如として現れた敵軍にジィーダバ軍の動揺が加速する。
対応できないのをいいことにその横腹をドーガ軍は喰い破っていく。
二重の備えを突き破ったドーガが騎上で気を吐いている。
側面を突き崩されたジィーダバ軍にぽっかりと空いた穴。
そこに――いた。
崩れゆく前線をひたすら鼓舞するジィーダバの視線がドーガのそれと交錯する。
ヘルムを被っていないドーガは
「ジィーダバッ! バルト王国軍に寝返るとは貴様、正気かッ!」
「若造がッ! アウレアを乗っ取ろうとする謀叛人は貴様らの方だッ!」
2人は騎乗したまま、剣と剣で殴り合う。
流石のドーガも歴戦の猛者であるジィーダバには一撃必殺とはいかないようだ。
しかし、それも些事であった。
【
「何を抜かすかこの下郎がッ! 閣下がいつ乗っ取ろうとしたッ!」
「知れたことよッ! ホラリフェオ公が亡くなったのを良いことに国の重要事に首を突っ込みよってッ!」
ドーガは理解した。
要はおっさんが気に喰わないだけだと言うことに。
こう言う手合いには何を言っても無駄なのである。
厳然たる事実を突きつけるのみ。
「テメェが何を言っても無駄だッ! バルト王国を頼った時点で貴様は叛逆者なんだよッ!」
「ッ!?」
「今更、理解したみてぇな顔をするんじゃねぇ!」
ドーガの突きが分厚い甲冑を貫通し、ジィーダバの左肩から激しい流血がほとばしる。その顔が苦痛に歪むが、最後の力を振り絞って剣はドーガの空いた脇腹に迫る。ガイナスもそうだが、ドーガも大概、軽装備であった。
致命傷を避けるために大剣が躍る。
大剣の一閃にジィーダバの右腕が宙を舞った。
右腕を失って出血し、左肩からの流血も止まらない。
その頃、正面でも喊声が上がる。
ドーガ軍が後方が脅かされて怯んだジィーダバ軍に突撃したのだ。
ドーガの乱舞は止まらない。
周囲のジィーダバ側近を殺し、総大将を護らんと殺到する敵軍をなぎ倒す。
ジィーダバ軍は頭を狙われて混乱の極みに達していた。
最早これまで。
ジィーダバはアドから降りると、近くで一騎討ちが邪魔されないように奮闘していた主だった家臣たちを集めた。全員が車座になって地面に座る。
急に張りつめた空気を察したドーガは手出し無用の命令を下す。
「お前たちすまぬ。どうやら、わしの1人相撲であったわ」
「なんの……閣下、これも時流でしょう」
「私共もお供致します」
ジィーダバは力の入らない左手で刃を握ると首筋にそっと当てる。
握った手の平からは血が滴り落ちる。
「シルフィーナに伝えてくれ。すまなかったとな」
それだけ言ってジィーダバは自分の首筋を斬り裂いた。
そして家臣たちも後に続く。
ランゴバルド・ア・ジィーダバ、56歳の最期であった。
―――
■中央ゴレムス暦1582年12月20日 13時頃
おっさん本陣
「殺したのか!?」
「いえ、自害しました」
「そうか……俺はシルフィーナ様に顔向けできんな……」
おっさんの本陣に直接出向いていたドーガから説明を受ける。
ことはおっさんの計画通りに推移している。
しかし、他にやりようはなかったのかと聞かれると分からないと答えざるを得ない。それを思うと、少し感傷的になってしまうおっさんであった。
もっとも感傷になど浸っている暇はないのが戦国なのだろうが。
「テイン侯爵が参られました」
「お通ししろ」
丁度そこへラムダークが着陣の報告へやってきた。
ラムダークもまたおっさんからの要請でジィーダバの後を追ってサースバードまでやってきたのである。
「間に合わなかったようだな。すまない」
「いえ、ありがとうございます」
「ジィーダバ卿はやはり?」
「はい。こちらを奇襲してきたので反撃して返り討ちにしました。彼は自害して果てましたよ」
「そうか……残念だ」
ラムダークも何か思うところがあるのか言葉少なげだ。
おっさんはラムダークと会話しつつもボードにも視線を送っていた。
《軍神の加護》のお陰で戦況は五分五分と言ったところか。
崩れた味方部隊が側面を突かれていたが、他の部隊に掩護を受けてどうにか無事なようである。
ボードを見ればガイナスの部隊が敵本隊に強襲を掛けている。
敵は表示からもプレイヤーであると考えても良いだろう。
何か隠し玉を持っていてもおかしくはない。
ガイナスを援護するよう伝令を送ることにするが、乱戦状態に陥っていると正確に伝わるかは不明である。ブレイン将軍が最初に使ったのは恐らく《覇王の進軍》。となれば、もう一方の【
すぐにおっさん自ら応援に駆け付ける必要があるだろう。
ちなみに敵総大将ナリッジ・ブレインの詳細はこのような感じである。
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中級者と言うからにはこの世界でそれなりに生き抜いてきた猛者だと思われる。
おっさんの《軍神の加護》も使用したばかりだし、ドーガは【
出し惜しみは危険である。
それにブレインが《一騎当千(肆)》と《守護神(参)》を持っているのも気になる。おっさんのみならず、今戦っているガイナスすら手も足も出ない可能性だってあるのだ。
そんなことを想いながらおっさんは大声で命を下した。
「兵をまとめろッ! 総攻撃に移るッ!」
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