第64話 サースバード大会戦 ④
■中央ゴレムス暦1582年12月20日 12時過ぎ
ドーガ軍
「おのれ、ジィーダバッ!」
焦りの含んだドーガの声が口から発せられる。
ジィーダバ軍の突如の奇襲により、ドーガ軍は大混乱に陥らなかった。
そして丁度その時、アウレアの全兵士の体が金色に光り輝いた。
「なーんてな。知ってたぜ! テメェら鉛玉喰らわしてやれッ!」
散発的な音が周囲に鳴り響く。
これはアウレア平原の戦い時に鹵獲した火縄銃である。
ついでに言うと鉄砲を扱える者も捕らえてあったので、秘密裏に訓練していたのだ。
銃火器保有禁止法?
クソ喰らえである。
おっさんはジィーダバがアウレア大公国内の勢力争いに勝つ可能性について考えていた。つまり現在、最大勢力のおっさんを倒すためにどう動くかと言うことだ。
ホラリフェオの弔い合戦での軍功でおっさんの力は大幅にUPした。いくら実力者のジィーダバと言えど、まともに戦えばただでは済まない。ニワード伯爵や反おっさん勢力と組んでも恐らくおっさんの勢力の方が上だろう。
となれば考えそうなこと――外国の力を借りる。
おっさんとしてはどこかで見た構図過ぎてこいつらそれしかねぇのかよと思ったりもするが、溺れる者は藁をも掴むらしい。
大公ホーネットにどう説明したのかは知らないが、バルト討伐令はジィーダバにとって都合よく働いたのである。またまた利害の一致を見たジィーダバはこのサースバードの地におっさんを閉じ込めて粉砕するつもりだったのだ。
バルト王国としても未知のおっさんと正面から
実際、おっさんの背後に控えていたドーガが壊滅し、おっさん本隊が襲われているのを見れば、弱卒で経験値の少ないアウレア軍は早々に総崩れになっていただろう。
思わぬ反撃を受けたジィーダバ軍は前線の兵士たちが次々にバタバタと倒れ伏す。
「何だと……何が起きたぁぁぁぁぁ!!」
その光景を目の当たりにした後続の兵士たちが二の足を踏む。
彼らの表情はそう言っていた。話が違う、と。
「おし。皆の者ッ! 突撃だッ! ジィーダバを倒すは今ぞッ!」
火縄銃を持っていた兵士たちは槍を手に怯むジィーダバ軍へ殺到する。
ドーガ自身もアドにまたがり陣形も何もない乱れきった彼らの側面へと回り込む。
ドーガはアド上から大剣を振り回して兵士たちを叩き斬りながら【
《一騎当千(弐)》
武勇に自信を持つドーガがこの【
更にはパッシブで武勇を跳ね上げる《闘将の神髄(弐)》を持っているのだ。
負けるはずがない。
ドーガがアドを操って大きく飛翔する。
ガイナスほどではないが、かなりの巨躯を持つドーガを乗せてアドも苦しそうだ。
「すまんな。重いだろうが頑張ってくれ」
アドを思いやりながらドーガの振るう大剣が兵士の脳天を叩き割り、腰の辺りまでめり込んだ。
「化物だぁぁぁぁぁ!」
「逃げろぉ! 羅刹が出たぞぉぉぉ!」
「こんなところで死にたくねぇ! 死にたくねぇ!」
ドーガの修羅の如き働きにジィーダバの兵たちは混乱を始める。
兵が右往左往する中でドーガは指揮官――ジィーダバの姿を探し続けた。
「ジィーダバッ! どこだッ! ドーガ・バルムンクがお相手致すッ!」
返り血で顔や体を真っ赤にしながら怒鳴り散らすドーガはどこから見ても赤鬼のそれである。眼前に立ちはだかる敵は全て一刀の下に斬り捨ててきたドーガであったが、ついにそれを止める者が現れる。
「何ッ!?」
受けると言うより受け流されてドーガの大剣は地面を叩き土が舞う。
少しは骨のあるヤツが出てきたかと不敵な笑みを浮かべるドーガにその男は剣先を向ける。
「(アルデの
「面白れぇ! 強いヤツは大歓迎だぜッ! 名乗れッ!」
「(我こそはシーウェル! あの時の……オゥル様の仇を討ってやるッ!)」
復讐を誓ったシーウェルはおっさんと敵対的だったジィーダバに士官したのである。一向に名乗らないシーウェルにドーガは不審な目を向ける。口をパクパクさせているだけで声が聞こえないのだ。
「しゃべれねぇのか……」
「(憐れんだ目で見るんじゃないッ!)」
シーウェルは言葉の代わりに武で応える。
空へと飛びあがり、くるりと横回転すると遠心力の乗った一撃をドーガに放つ。
ドーガも騎上で器用にそれを受け止めると弾き返した。
「呪ってやるって目付きだな。俺ぁ何かしたか?」
「(胸に手を当てて聞いてみろッ!)」
そのまま、ドーガは騎乗したままで、シーウェルは
「やるなッ! だがまだまだぁッ!」
ドーガはアドから飛び降りると全体重を乗せてシーウェルに斬りつける。
流石にそれを受け流すのは難しく、彼の長剣は圧し折られてしまった。
「良い腕だがまだまだだな。もしかしてお前さん、士官したいのか? 目がマジモンなんでちょっとビビっちまったぜ」
「(ド阿呆ッ! 誰が士官するかッ! 雰囲気で分かるだろうがッ!)」
「んー。違うっぽいな。俺を倒して名を上げたいのか?」
「(
首を横にぶんぶかと振りながら心の中で罵倒するシーウェル。
「名を上げたい訳でもないのか。なんなんだお前さん」
「(貴様こそなんなんだッ!)」
空気の読めないドーガに苛立っていたシーウェルにぞわりと悪寒が走る。
ドーガの発する空気が変わったのだ。
「やっぱ敵だよな。お前さんの目には恨みの色が見える……」
ようやく戦う気にさせたはいいが、既にシーウェルの武器は使い物にならない。
しまったと思った時には既に遅し。
ドーガが抜き身の大剣を片手に歩み寄ってくる。
シーウェルにできるのは睨み続けることだけだ。
「(これまでか……オゥル様、申し訳ございません……)」
その時、突如、ドーガの歩みが止まった。
シーウェルはハッとしてドーガの目を見るが、その目は彼の後方へ向けられている。
「よぉ、貴様が指揮官ってとこか? 俺と遊ぼうや、兄ちゃん」
「ああ、いいぜ。弱い者いじめは主義じゃねぇんだ。名乗れ」
「バッカスだ。貴様と
いつの間にかシーウェルの背後に立っていたのは、ジィーダバ軍団の猛将の中でも随一と名高いバッカス将軍であった。シーウェルはこれ幸いと身を翻すと落ちていた剣を拾い彼の隣に陣取る。
「おいおい。お前さんは向こうに言ってろ。拾った命は大切にな」
バッカスの優し気な言葉にシーウェルは仕方なく頷いた。
周囲の状況は激しさを増しており、のうのうと一騎討ちを見学している暇はなさそうだ。しかし、せめて2人の戦いを邪魔させないようにシーウェルは近くで戦うことにした。腕にはある程度は自信がある。でなければ敵の指揮官に喧嘩を売ったりはしない。
バッカスはガイナス並の大男であった。
「相手に取って不足はねぇ。バッカス将軍といやあ、泣く子も黙る猛将の中の猛将じゃねぇか。武門の誉れだぜ」
ドーガの興味は既にシーウェルからバッカスへ変わっていた。
誰も2人の邪魔はしなかった。
邪魔立てすれば命はない。そんな雰囲気がそこにはあった。
かくして一騎討ちが始まった。
《一騎当千(弐)》を発動済みのドーガがバッカスに向かって突進する。
おっさんの【
バッカスは大剣を肩に乗せた状態からドーガの剣撃のタイミングに合わせてその一撃を弾き飛ばす。あまりの力にドーガの口から呻き声が漏れる。
「(こいつバケモンか? 俺の【
一瞬の隙を見逃すバッカスではない。
硬直したドーガに連撃を浴びせてくる。
何とか受け太刀するものの、一撃一撃が重くドーガから仕掛けることが中々できない。
「はッ!」
気合の声と共に上段から体重を乗せた一撃がドーガを襲う。
ぐぅと呻き声を漏らしながらドーガは必死でそれを受け止める。
「さっきの勢いはどうしたッ!? まだまだこれからだぜッ!」
「(こいつ、【
ドーガは勘弁してくれよなと思いつつ、このまま受け太刀し続ける訳にもいかずバッカスの大剣を破壊することにした。
しかし相手もさる者、その狙いはすぐに看過されてしまう。
「腕には自信があったんだけどな……。傷つくぜ」
「ジィーダバ様の下には行かせん。貴様はここで死んでゆけ」
2人の戦いは終わる気配を見せなかった。
―――
■中央ゴレムス暦1582年12月20日 12時過ぎ
おっさん本陣
「思ったより粘られてるな……」
おっさんはドーガ軍とジィーダバ軍が激突した瞬間に《軍神の加護(肆)》を発動していた。その力で一気に勝負はつくと考えていたのだ。
流石はアウレアの有力貴族である。その力はおっさんの想像を超えていた。
おっさんはジィーダバ軍の部隊を選択し、武将を再度調べてみる。
一定の範囲内でないと検出されないことがあるからだ。
「ん? バッカス? 将軍か……《豪傑》持ちだな。あれ表示が赤い……ってことはパッシブ!?」
《豪傑》や《一騎当千》は個人が意識して発動する必要がある。
おっさんは知る由もないが、バッカスは天然物であった。
天下に名だたる名将は自然に【
宝珠による付与ではないため、本人に自覚はないがこのような傑物が時々生まれてくるのである。
「《豪傑(
《一騎当千》は《豪傑》の上位【
それを見たおっさんはすぐに動くことを決意する。
ドーガには死なれては困るのだ。
おっさんは自分がバッカスの相手をすることに決め、すぐさま五○○を引き連れて南下、ドーガ軍とジィーダバ軍が激突している地点へと急いだ。
当然、本陣にいた部下たちには止められたが、こればかりはしょうがない。
恐らくバッカスを止められるのはこの戦場ではおっさんしかいないだろう。
※※※
「どこだ……? あいつら」
到着した戦場ではジィーダバ軍が奮戦していた。
非常に統率の取れた動きでドーガ軍を翻弄している。
ドーガ軍も練度は申し分ないのだが、ジィーダバの采配がそれを上回っているのだ。中々に老獪なところのある流石の宿老格と言えよう。
乱戦になっているのは一部だけだ。
ドーガなら先陣を切って突撃しているはずだと踏んだおっさんは直ちにそこへ急行した。立ちはだかるジィーダバ軍の兵士たちをなぎ倒しつつ到着すると、案の定、そこにドーガがいた。その前には巨漢の偉丈夫が1人。
「ドーガッ!」
おっさんの声にドーガが反応する。
見れば一騎討ちの途中である。しまったと思ったが遅い。
バッカスの薙ぎ払いがドーガの脇をかすめる。
おっさんのアドが限界速で駆ける。
「ハァッ!」
おっさんの愛刀、
「閣下ッ!?」
「チッ!」
同時にドーガの声をバッカスの舌打ちがおっさんの耳を打つ。
「ドーガッ! 下がって指揮に戻れッ!」
「閣下ッ!? 何故ここに?」
「閣下だと!? だとすれば貴様がアルデ将軍かッ!!」
三者三様の声を上げ、3人の視線が交錯する。
なるほどドーガが苦戦する訳だとバッカスを見ながらおっさんは静かに告げた。
「バッカス将軍は俺が倒す」
「ハッ……名前を知っててもらえるなんて名誉なこった……小僧命拾いしたな。アルデ将軍に感謝するんだな」
バッカスはおっさんの醸し出す雰囲気を正しく感じ取っていた。
日本では特に武道を嗜んでいたと言うことはないのにもかかわらず、おっさんからは強者の風格が漂っていた。
ドーガが黙礼をして下がる。
と同時におっさんはこちらに来てから習得した【
《万夫不当(伍)》
《一騎当千》の上位互換である。
パッシブの【
その時、バッカスの背後から飛び出す影があった。
素早い身のこなしでおっさんに斬りかかったのは言わずと知れたシーウェルであった。バッカスとドーガの一騎討ちを見ながら戦っていたがおっさんの登場で我を忘れて飛び掛かったのだ。
「(アルデェェェェ! やっと! やっと貴様を殺す時が来たッ!)」
それを見てバッカスが叫ぶ。
「小僧ッ! 止めろッ!」
その
ごとっ。
大地に2つの塊が転がる。
枯れ草色の大地に屍が横たわりその色を紅に染め上げていく。
これが物言わぬシーウェルの仇討ちの果ての姿であった。
「チッ……容赦がねぇな」
「キミも自分と仲間の身に危険が及んだら
「まぁその通りだがよ……(それにしても一切の迷いが感じられないんだよ)」
バッカスはここに至ってようやく戦慄していた。
彼にとっておっさんは出会ったことのないタイプの人間であった。
「さぁ
おっさんの声が風に乗り戦場を駆ける。
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