第45話 おっさん、どっと疲れる
■中央ゴレムス暦1582年8月3日
アウレアス城
おっさんは多忙を極めていた。
おっさんには政治など分からぬ。
「あー隠居してー」
疲れていたおっさんの口から思わず弱音が漏れたのを耳聡く聞きつけた輩がいた。
1人はおっさんの腹心ドーガである。
彼はまた
しかし、今回はもう1人にも聞かれていた。
ボンジョヴィである。
「閣下、何を言っておられる。よもやお約束をお忘れとは言いませぬな?」
「……ああ、忘れてないぞ。ちょっとした愚痴だから気にすんな」
話はおよそ1か月ほど前にさかのぼる。
―――
――
―
「閣下は一体何をお望みで?」
ヨハネス領の取り込みを見事実現させた手腕を買って、ノックスとドーガとの戦略会議に呼んだところ、いきなり質問されたのである。
「俺の望みか……それを聞いてどーすんだ?」
「私の夢は主君がこの乱れきった天下を治め、混乱を終息させると言う偉業を助けることです。私はネフェリタスに故ホラリフェオ公を補佐させ、その夢を託そうと思いましたが、彼の教育役の使命も果たせず、世を乱す化物を生み出してしまいました。いや、それが彼を捻じ曲げてしまったのやも知れません」
「なるほど。俺に天下を取らせたいと。そう言う訳か?」
「そうとも言えますな」
おっさんは他にどう言えるんだよと思ったが黙っておいた。
他の2人も黙ってボンジョヴィを見ている。
この2人にはおっさんの今後の行動指針は示してある。とは言ってもおっさんの秘密や天下統一の話はドーガにしかしていない。
ノックスは最古参だが、その忠誠はアルデに向かっているのであっておっさんにではない。アルデの病気は幼少の頃からだと言うので、顔を見られても心配はないとは考えている。おっさんがアルデだと言えば信じるかも知れないが不安感は拭えなかったのだ。ちなみに病気は貿易で得た秘薬で治ったと言うことにするつもりである。いつまでも頭巾をして生活するのはまっぴら御免である。
「今後、俺たちが取るべき道は国内をまとめつつ内政に励み、銃火器保有禁止法を撤廃することだ。それを前提に銃火器をどんどん導入していくつもりだ。」
自縄自縛になる法律はこの乱世では必要ない。
と言うか平時でも不要だろう。
有事は平時がいきなり破られるところから始まるのだ。
おっさんはとにかくかき集められるだけ片っ端から入手するつもりであった。
「それだけではすみませぬぞ。閣下はエストレア事変で台頭され、一気に勢力を増しました。ジィーダバ伯爵やニワード子爵が黙っているとは思えませぬ」
「何が言いたい? 彼らと一戦交えろとでも言うつもりか?」
「閣下はその想定をなされているはずでございます」
「滅多なことを言うな。今後は場所と人を選ぶように」
「畏まってございます。それで今後どのように動かれるのでしょうや?」
おっさんは思わず大きな溜め息をついた。
「場所と人を選んだつもりでございましたが……」
流石にシツコイと思ったのか、ノックスが口を挟んできた。
「ボンジョヴィ殿、あまり閣下に迷惑をおかけせぬように」
「ブライフォード殿、私はこの乱世の中でただ1国安穏としている危機感のないアウレアを変えねばならぬとずっと思い続けてきたのです。そしてやっとそれを実現すべき人物が目の前に現れたのですぞ」
「……」
何か思うところがあるのか、ノックスが伏し目がちになって黙り込む。
恐らくアルデとノックスは長い付き合いがあるだろう。
それを共有できないのはおっさんとしても残念な話だ。
「分かった。俺の考えを言おう……。恐らくジィーダバ卿はニワード卿と組んでホーネット殿下を担ぎ出すだろう。と言うか殿下が正当な継承者なのだから当然だ。そこで俺の力を削ぎに掛かるはず。座して動かなければサナディア家はすり潰されるだろう。飛んでくる火の粉は払わねばならんだろうな」
「なればッ、その暁には閣下はどうなされましょうや?」
もうこいつは明言しないと引き下がらないだろうなとおっさんは誤魔化すのを諦めた。ボンジョヴィは真正面からおっさんの目を見据えて直言しているのだ。
「危険が迫るなら、俺がアウレアを統一する」
「分かり申した。このボンジョヴィ、微力ながらお手伝いさせて頂きまする」
「閣下なら世界制覇……天下統一も可能なんじゃないですかね」
余計なことを口走ったのはドーガだ。
にやにやしながらおっさんを見ている。
「うるせーよ。ま、必要に迫られる可能性はある。この世は戦国、そして物事ってーのは一旦走り出したら止まらないモンだからな」
―――
――
―
あの時は面倒だったと振り返りながらおっさんは横目で書類と格闘しているボンジョヴィを眺めた。
多忙なのはもうずっと変わらない状態だ。
新たな領地にはサナディアから代官を派遣している。
圧倒的に人材が足りないが、旧ヨハネス伯爵家の家臣団を取り込めたのは大きい。
「人材を集める方法も考えなきゃな」
おっさんは椅子の背もたれに寄しかかって大きく伸びをした。
―――
■中央ゴレムス暦1582年8月5日
ノーランド
「ふむ。ではわしに仕えたいと言うのだな?」
ノーランドの領主、ガラハド・ローレンスは領主の椅子に座り、自らの禿げ上がった頭を撫でながら目の前に膝をつく男をジロリと睥睨していた。
「はッ! このソルレオ・ムジーク、誠心誠意おつかえ致します!」
「お主は傭兵団『
「元々、この地には私の生まれ育った村がございます。幼少の頃より諸国を回ってきましたがやはり故郷で過ごすのが一番良いかと」
「お主、年齢はいくつじゃ?」
「18にございます」
「ほう。若いのう。わしなど老いぼれよ。今年で72になるわ」
「お若く見えますが」
「ふはははは! おべっかが上手いのう」
「は、はぁ……」
「よかろう。わしに仕えよ。死ぬまでな。ふははははは!」
「はッ!」
※※※
ソルレオはすぐに兵舎に部屋を与えられた。
とは言っても、もちろん個室などのはずがなく、3段に積み挙げられたベッドが部屋に所狭しと並んでいる。それなりの地位にならなければ相応の部屋など与えられるはずもない。
「まずは活躍して出世だな。信頼を得て近づく。姉ちゃんも呼ぶか」
傭兵仲間から聞いた話では南のヴェルダン辺りがキナ臭いとのことだ。
必ず、
ソルレオが部屋の前で握り拳を作り、気合を入れていると背後から声を掛けられた。
「おっ新入りか?」
振り向くとそこにはソルレオよりも年長の兵士たちが立っていた。
人とのコミュニケーションは
ソルレオは満面の笑みを作って彼らに挨拶をする。
「はい。ソルレオ・ムジークと言います。よろしくお願いします!」
「おう。よろしくな! ローレンス様は爺さんだけど気さくでいい人だぜ?」
「いいお方だよ。この地が安定しているのも閣下のローレンス様のお陰さ」
ソルレオは思わず気さくで良いヤツなのはあんたらじゃねぇのかと思ってしまう。
ガラハドが良いヤツなんてことはあり得ない。
ガラハドはソルレオの村を戦禍に撒き込み、ノーランドを殺した野蛮人のはずであった。
「(ッ!? こいつらノーランド様が殺されて領主の地位を簒奪されたのを知らないのか? 俺よりも年上なら知っていそうなもんだが……)」
「ん? どうした?」
「いえ、頑張って出世しますよ! 見ててください!(まぁノーランド様のことはいい。とにかくガラハドを殺して成り代わるッ!)」
「ははははは! 威勢のいいヤツが入ってきたな!」
「まぁ楽しくやろうぜ」
ソルレオの気持ちとは裏腹に兵舎には気持ちの良い笑い声が木霊していた。
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