第39話 おっさん、恨まれる

 ■中央ゴレムス暦1582年7月5日

  ソルレオ・ムジーク


 オゥル伯爵に渡りをつけて、ホラリフェオの護衛から抜け出していたソルレオは、ネフェリタスのクーデターが失敗に終わったらしいと聞いて、アウレア国内の傭兵団『剣戟無頼ラスクリー・ソルド』へ入っていた。


 18歳だが、今夜は飲みたい気分であった。

 バーで安いエールを1人不機嫌にあおると乱暴にテーブルに置く。

 鈍い音がして衝撃が辺りに響く。


「くそッ……せっかくガラハド征伐が出来ると思ったのに……」


 ホラリフェオがノーランド地方のガラハド征伐を約束してくれたまでは良かったが、まさかこのような事態になるとは思ってもみなかった。

 異変に気付き、1人逃亡に成功して次に実権を握りそうなオゥル伯爵に渡りを付けたが、そのオゥルも敗北した。大公を継ぐのが誰かは分からないが、取り入って同じ約束を取り付けるのは難しいように思えた。


 ソルレオが入団した傭兵団を使って何ができるかを考えていると、近くの席に座っていた男たちの会話が耳に入ってきた。


「聞いたか? 大公には第1公女のシルフィーナ様がなるらしいぜ?」

「え、マジか。アウレアは男子のみの継承じゃなかったのか?」

「知らんがそう言うことらしい」

「言っちゃ悪いが女のシルフィーナ様に今の混乱した国内がまとめられんのかね」

「仕切ったのは実質、アルデ将軍だったんだろ? なら大丈夫じゃねぇの?」

「まぁ各地の貴族も従ったらしいしな」


 ソルレオはそれを聞いて考え始める。


「アルデ将軍か……プレイヤーのガラハドを殺すのに使えるか?」


 しかしアルデ将軍は、苦労して渡りを付けたオゥルを破り、ソルレオの計画を破綻させた男だ。許せるはずがない。

 そもそもホラリフェオを殺したのがオゥルなのだから、おっさんを恨むのは筋違いなのだが、冷静さを欠いていたソルレオはこの時、誰かに責任を転化したかったのであった。


 プレイヤーなる人物を殺せば、自分がそれに


 かつてノーランド地方を治めていた恩人のノーランド卿が語った信じられない話だ。べろべろに酔っ払い、珍しく饒舌だったノーランドがこぼした話。聞いた時は思わず耳を疑った。と言うか最初は何を言っているのか理解できなかった。

詳しく聞こうと思ったが、失言に気付いたノーランドは口をつぐんだため、ほとんど情報はないと言っても良い。しかし、プレイヤーが強大な力を持つことは分かった。


 元々、上昇志向を持つソルレオは、それを契機になり上がることのみを追い求めるようになった。姉のノルレオに何度も思いとどまるように諭されたが、彼の野望は消え去ることはなかった。


「貴族諸侯がアルデ将軍になびいたのなら、ホラリフェオに目を付けられていたガラハドは大公家から距離を置こうとするはず……なら……アルデ将軍は敵だ」


 その時、背後から声を掛けられた。

 振り返った先にいたのは大柄で野性的な印象を受ける男だ。


「よお、ソルレオじゃねぇか。なーに昼間っから1人でやってんだよ」

「ゲラルドか……今忙しいんだ。放っておいてくれ」

「テメッ……いきなり呼び捨てたぁホントいい度胸してんぜ」


 ゲラルドは笑いながらそう言った。

 年下で入団してきたばかりのガキが生意気言っているにもかかわらず、腹を立てない辺り血の気の多い傭兵団の中では稀な存在である。


「何悩んでんのかしらねぇが、言うだけ言ってみな。傭兵団は家族みてぇなモンだ」

「……うちでノーランドのガラハドを攻められないか?」

「ノーランド? 正規の貴族様じゃねぇか。ちっと難しいかもなぁ。何か恨みでもあんのか?」

「いや、ちょっと殺したいだけだ」

「はッ! 言うに事欠いて殺したいときたもんだ。お前ホントに面白おもしれぇよ」

「別に冗談で言っている訳じゃないんだがな」

「わかってるさ。そう言うことなら俺よりも団長に言ってみるもんだな。面白い返事が聞けるかも知れねぇぜ?」

「ああ、分かった。聞いてみるとしよう」


 ゲラルドに適当に返事をしつつ、ソルレオは既に思考に身を委ねていた。


「(ガラハドを殺すのを邪魔する奴は許さん。アルデ将軍は敵だ。必ずプレイヤーを殺して成り代わってやる)」




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年7月5日

  シーウェル


 オゥルが短筒たんづつで自決した後、亡骸なきがらを苦労して森林の中の大木の下に埋めたシーウェルは行く当てなどなかったが、敢えて陥落したネスタトへ足を運んだ。鎧を外し、半裸に近い状態になった。難民に見せかけるためだ。一応、懐には短剣を忍ばせているが不安感はぬぐい切れない。


 シーウェルは孤児院上がりだったが、幸いにして剣の才能に恵まれていたため、イムカに見いだされてオゥル伯爵に仕えることとなったのである。

 オゥルが謀叛に加担した(正確には主犯)ことには驚いた。まさかそんな大それたことをするとは思っても見なかったからだ。しかし、散々世話になったオゥルを見限ることなどシーウェルに出来ようはずもなかった。


「(おのれ、アルデッ! 私が必ずオゥル様の墓前に貴様の首を供えてやるぞ!)」


 おっさんからしてみれば、完全に筋違いな笑えない恨みなのだが、どこかで勝手に恨まれたりけなされたりするのはどこでもあることなのでしょうがないね。


「(これからどうするか……私には伝手などない。やはり暗殺か……)」


 ネスタトに着いたシーウェルは絶句していた。

 あんなに美しかった街は焼かれ、すっかり変わってしまっており、原形を留めていない。あちこちで焼け出された街の人々が嘆いている。中央広場では炊き出しが始まっているようで列ができていた。


「(ネスタトを燃やすだと!? 絶対に許さない!)」


 実際に火を放ったのはネスタト兵であったのだが、シーウェルにそれを知る術はない。


 ひどい有様ありさまとなったネスタトを目に焼き付けるように見て回るシーウェルの前に兵士を連れた一団があちこちを指差しながら何かを話している場に出くわした。


「(あの赤い鎧……赤備えと呼ばれていたな……。ッ! アルデ将軍かッ!?)」


 そこには何故か赤い甲冑を着て白い頭巾を付けたアルデ将軍が、ドーガとガイナスと共に街を見回っていたのである。

 何故かと言われれば一応、残党に警戒してと言うところなのだが、異国の甲冑は目立つのでしょうがない話ではあった。


「(今なら……いや護衛の兵士が多過ぎる……無理か――)」


 シーウェルは心の中で無理だと思い掛けた自分に怒りを覚えた。


「(いやいやいや! 今からそんな弱腰でどうする。必ず隙は生まれるはず。そこを狙うんだ。これから長い付き合いになるかもな。私はずっと見ているぞ! アルデ!)」


 アルデを睨みつけながらシーウェルは固く心に誓ったのであった。

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