第26話 アウレア平原の戦い・膠着

 ■中央ゴレムス暦1582年6月28日 14時

  アウレア平原 ドーガ隊本陣


 雨が本格的に降り始め、遠雷も鳴り響いている。

 地面はぬかるみ、足を取られる箇所があるし、視界が利かないので物見も退屈していることだろうは仕事しろ


 ドーガは竜騎兵で奇襲を掛けようかとも考えたが、走竜はあまり雨が得意ではないので止めておいた。それよりも、これほどの豪雨ならば、敵側も奇襲を考えているかも知れない。と言う訳でドーガは雨が強くなり始めてから突貫で土木工事――掘削くっさくに取り掛かった。


 何故か?


 念のためである。


 逆賊であるオゥル伯爵らの勢力には名の知れた将軍がいない。

 ヨハネス侯爵家に英雄の血を引く女将軍ベアトリスがいるはずだが、何故か出て来る気配はない。

 単にドーガが知らないだけの可能性も否定できないが、情報通を自称する彼からすればいないと言って良いのである。いないと言ったらいないのだ。


 相手の立場になって考えてみると、緒戦で大敗を喫した上、主力が壊滅に近い状態で、更に敵方に援軍が来る可能性があるとすれば、兵力差がある内に竜騎兵を片付けておきたいはずである。


 そんなところにこの豪雨。


 恐らく自然を味方につけた勝機は我にありと勢い込んで奇襲を仕掛けてくる可能性が考えられる。

 オゥル伯爵たちが【戦法タクティクス】についてどれだけ知っているか分からないが、あれの威力は身に染みて理解したと思われる。幾ら平地での戦いは数で決まるとは言え、単純に押し切れるとは考えていないだろう。敵が馬鹿無能でなければ、だが。


 そこで考えそうなのが、この激しいまでに大地に打ち付けている豪雨の中の奇襲である。足場が悪い中、アドを上手く運用できるのか見ものだが、こちらが黙って奇襲される理由はない。


「まッ念のためだがな……何もなければそれに越したことはないが」


 陣内に陥穽かんせいを作っておけば、斬り込んできた者たちはもれなくハマるだろう落ちてハマッて丸めてポイである

 だって外から見えないし。

 突貫作業を進める兵士たちの姿をドーガは他人事のように眺めるのであった。

 兵士たちからはお前も手伝えよと思われていたことにドーガは露ほども気付いていなかった。


「あ、おい、本陣が見つけやすいようについでに篝火かがりびでも焚いておけ」


 遠目からはぼんやりと見える程度だろうが、それを参考に向かって来るだろう。

 それに不審に思ったなら思ったで引き返してもらっても全く問題ないのである。

 さてどうなるかとドーガは面白い玩具でも見つけた子供のような笑みを見せた。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年6月28日 同時刻

  サナディア領 ウェダ


「こりゃひどいな。あっちもかな?」


 おっさんは執務室でノックスたちと今後の戦略会議を行っていた。

 建物に叩きつける雨音に、おっさんが窓から外を眺めると凄まじい横殴りの雨が降っていたのだ。


 現在、アウレア大公国内のいたるところでおっさん派とネフェリタス派に別れて戦いが起こっている。一番大きな戦いとなるアウレア平原の戦いの勝敗は今後に多大な影響を与えるのは間違いない。おっさんはドーガとガイナスを送り出す際に敵を壊滅させるなと厳命していた。


 何故か?


 この戦いはおっさん1人の力で勝利する訳にはいかないのだ。

 アウレア家臣団が華々しい活躍をする必要がある。

 そしてそれを率いるのがおっさんと言う構図になる訳だ。

 できればおっさんが恩賞を与える流れになれば言うことはない。


 今後、おっさんがどのような動きをするかにもよるが、まだアウレアが混乱していると対外的に見られる訳にはいかない。公子を盛り立てて家臣団が団結していると示しておかねばならないのだ。

 そのための調整で出陣が遅れているのだが仕方ないだろう。


 そんな時、執務室の扉がノックされた。

 家臣たちの視線がおっさんに集中する。

 ちなみに今のおっさんの姿は頭巾にゆったりとした普通の貴族が着るローブである。別に姿が変だから見られたのではない。


 おっさんが応じると、入ってきたのは第1公女のシルフィーナであった。


「ご苦労様です。アルデ将軍。お忙しいところすみません」

「いえ、公女殿下、何かご用でも?」


 流石に無碍にする訳にもいかないので、取り敢えず何の用か聞いてみる。

 彼女の顔は真剣で覚悟を決めたような顔をしている。

 何となく察するおっさんにシルフィーナが言った。


「現在、アウレア平原で戦いが起こっているらしいですわね」

「はい。敵主力と相対しております。バルト王国軍、オゥル伯爵軍、ヨハネス伯爵軍が展開しており、総大将はあのネフェリタス殿のようですね」


 おっさんは一応、敬称に迷ったが、ホラリフェオの子供とは言え謀叛人なので、殿と付けておいた。


「おにい……いえ、ネフェリタスはアウレアが再び強国になるべく身を粉にして働いていたお父様、大公陛下を謀殺したのです。その張本人がいる戦いで公女たる私が出向かない訳にはいきません。アルデ将軍、私も後詰の軍に同行させてください」


 おっさんは正直、シルフィーナに軍を任せるか考えあぐねていた。

 公子なら間違いなくで任せていたが、シルフィーナは公女である。この世界で女は戦争に参加するのか分からなかったのでどうしようかめんどくせぇと思っていたのだ。だが、公女自ら頼みに来て断れるはずがない。


「承知致しました。公女殿下には私の本隊にご同行頂きましょう」


 それを聞いたシルフィーナの表情が一瞬だけ険しいものに変わる。

 恐らく誰もその変化には気付いていないだろう。

 側近すら気付いていない可能性がある。

 顔色を常に窺って生きてきたおっさんを舐めてはいけない。


「分か――」

「アルデ殿、同行とはどう言う意味かッ! 公女殿下なのだぞッ! 総大将を任せて然るべきであろう!」


 承知を伝えようとしたシルフィーナの言葉を遮って大声を張り上げたのは、側近の老人であった。白髪の髪と髭を長く伸ばした何処か雰囲気のある男だ。傅役と言ったところだろうか?


「(んなこと言ってもなぁ。総大将で然らない然るべきではないだろ)」


 おっさんが心の中で独り語ちていると、シルフィーナがすぐにそれを咎めた。


「トールトン無礼は許しません! 私は軍を率いた経験がないのですから当然です」

「殿下は何度も練兵で部隊を統率していらっしゃるではありませぬか」

「あれは実戦ではありません。そんな私が指揮を取って勝てる訳がないでしょう!」

「しかし総大将がアルデ殿とは……臣下しんか君主くんしゅの上に立つのは許せることではありませぬな」


 言い合いを始めた2人を執務室内の諸侯たちがうんざりとした目で眺めている。

 このような場面で何の経験もないボンボンがしゃしゃり出て来ると碌なことがないと言うのは万国共通のようだ。

 彼らに言わせれば実績のある信頼と安心のアルデが軍を率いることに異論などないのだろう。


「(うーん。野心があると思われるのは避けたいところだな。こちらの神輿は彼女なんだから別にいいか)」


 何やらまだ言い合いをしている2人を面倒臭いものを見る目で眺めつつ、おっさんは平然大丈夫だ、問題ないと言ってのける。


「あー私は別に構いませんよ。それでは公女殿下が総大将と言うことで」


「はえ?」


 まさかあっさりと認めるとは思ってもみなかったのか、その老人トールトンは間抜けな声を上げた。おっさんが2度は言わんと思いながら、トールトンを放置して家臣たちとの話に戻ろうかとした時、再びノックする音が聞こえる。

 またかよと思いつつも入るように促すと、慌てた様子の兵士が入ってきた。

 その格好はズブ濡れだ。

 こんな天候の中、お勤めご苦労様ですと労おうとしたおっさんであったが、その兵士が爆弾を落とした。


「申し上げます! レストリーム都市国家連合の軍勢が南の国境付近に突如、出現致しました!」

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