かすかな思いは消えゆく

 3度目……それが父に会った回数だった。書類にサインはそれでも、できなかった。

 

 しかし父は苛立つわけでもなく、優しく接してくれ、毎回謝罪の言葉と懺悔を繰り返す。


 もしかして親子の愛情があるのでは?と私は心の片隅に希望がわいているのを消すことはできなかった。


 毎回、会えば、謎の高熱が出て寝込むことになる。


「セイラ様、お疲れのようですね。過労に効く薬を出しておきますね」


 アランがわざわざ屋敷まで来て、診てくれている。何種類も混ぜた薬草の苦い薬を渡される。


「忙しいのに、ごめんなさいね」


「いえいえ、セイラ様のお役に立てるなんて嬉しいですが……どうなされましたか?心配ごとでもあるのでは?」


 アランの言葉に、リヴィオがはぁ……と嘆息した。


「セイラ、そろそろ何を隠しているのか話せ」


 アランが察して席を立とうとした。私はそれを少し待って……と止めた。ギュッと掛ふとんのシーツを握る。少し熱っぽい額に汗が浮かぶ。


「アランにも聞いてみたいの……」


 二人の視線が困惑気味になる。まさかアランまで関係するとは思わなかったようだ。人の良いアランがどう感じるのか聞いてみたいのだ。


「バシュレ家の父は改心するタイプかしら?」


 リヴィオの目が見開かれる。逆にアランは視線を下にやる。


「セイラ様の望む答えにならないかも知れませんが、許してください。改心はしないと思います」


 アランは申し訳無さそうにそう言って、カバンを持ち、部屋からそそくさと出ていく。クロウが送りますと対応してくれている。


 父を知り、優しいアランがそう言うのならば、相当だよね。本当は私も聞かなくてもわかってはいたのだ。……それなのに。


 静まる室内。


 

「アルトが接触してきたのか?」


 そう父の名を呼ぶリヴィオの声は怒気を含んでいた。


「黙っていてごめんなさい。そこの引き出しを開けてくれる?」


「何もされてないだろうな?」


 ピリピリとした空気。魔力が満ちてきている。ピシッと花瓶にヒビが入った。リヴィオの怒りが抑えられなくなりかけている。私はまずい!と思い、慌てる。


「ちょ、ちょっと!?なにもされてないどころか、丁重に扱われて、今までのことを謝罪してきて、領地や資産を譲るとまで言うのよ!リヴィオの思ってることと違うの!」


「はあ!?なんだって!?」


 引き出しから出てきた1枚の誓約書が証拠になり、リヴィオは難しい顔をした。


「あいつ、どういうつもりだ?」


「それを探ろうと思ってたのに、何度、会っても真意がわからないの」


「なんでオレを連れて行かないんだよ!?」


 私はヒビの入った花瓶を指差す。


「こうなりそうで……」


「うっ……仕方ないだろ。オレは後悔をしている。あいつをこの国に連れてきてしまったことや会っていない間にセイラにひどいことをしていたことに……おまえに申し訳なくて……シンがセイラを不幸な目に合わせた原因を作っている」


 言葉がポロポロと溢れてくるが、リヴィオなのかシン=バシュレなのかどちらの思いの言葉だろう。


「アルトの性格がネジ曲がっていることを会ったときからわかっていたのに、気をつけなかったのはオレだ……アルトが改心するとはオレも思えないんだ。信用しないほうがいい」


 ごめんと謝るリヴィオは泣きそうな表情をした。彼らしくない。シンの記憶の方に引っ張られている気がする。


「リヴィオがしたわけじゃないでしょ?それに連れてきてくれなきゃ、私がここに存在しなくっちゃうじゃない!」


 そう言って私は無理に笑ってみせた。父が改心しないと……やはり言葉は嘘であることとして動いたほうがいい。ずっと欲しがっていた親子の愛情なんて夢は見ないでおく。今までも何度も諦めてきた。今回も同じことだ。私は決心した。


「次はリヴィオもついてきてくれる?書類を返して、もう会わないことにするわ」

 

「……ああ」


 リヴィオはたぶん気づいている。私が本当は父が改心して娘を愛する父になったことを願っていた事を。どこかでサンドラやソフィアが父を変えたのだと思い込みたかったのかもしれない。

 

 私もまだまだ甘いと苦笑した。自分のこととなると、どうしても人は良い方に考えてしまう。それがたとえ、頭ではわかっていたことであっても。


 私はもう横になるわと言うと、リヴィオがそっと部屋から出ていった。


「自慢の娘………一度でも、口から聞けた。それで良いじゃない」

 

 そう呟いて、私はアランがくれた薬を白湯と一緒に飲んだ。


「苦い……」


 涙は我慢する。もう子どもではない。私は父に騙されるわけにはいかない。それはリヴィオをも傷つけてしまうことになると気づいた。


 相手はよく知ってる父なのだ。何の思惑があるのか、調べる必要があるかもしれない。


 私は幼いセイラに蓋をした。


 





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