第3話

いつの間にか桜が散っていて、道は淡いピンク色の花弁で彩られていた。

つい数週間前までは満開だったはずだ。なんだか儚さを感じる。


春の終わり、夏の始まり。

そんな今の季節は暖かくて、でも時折いたずらに吹く風が涼しくて、お出かけするにはとても良い気温だった。


私たちは色々な場所に行った。

彼は沢山話をしてくれた。



本屋に行った。

彼は、世界がさらに面白く見えるから本は好きだと言った。


小学校の前を通った。

彼は、彼の大切な思い出を語ってくれた。


お気に入りのパスタ屋さんに行った。

彼は、美味しそうに食べる君が好きだと笑ってくれた。



楽しかった。

とても充実した一日だったと思う。


…思うけど。

幸せそうに手を繋ぐ二人とすれ違う度、なんだか寂しいような、悲しいような感情が胸を渦巻く。


嬉しそうに視線を交わす恋人たちを見るのが辛くなって、近くにあった公園へ逃げるように駆け込んだ。



所々表面が剥がれた、古い木造のベンチに座る。


はぁ、とため息が一つ漏れてしまって、慌てて口を閉じた。


落ち込むなんてダメだ。

沢山おしゃれした今日の私は可愛いんだから。


メイクもした。髪も巻いた。香水も振ったし、可愛い靴も履いてる。

全部今日のために。彼と一緒に出かけるために。

私の努力を私自身が無駄にしてしまうところだった。あぶないあぶない。


気を取り直して次へ行こう。

そう思い古びたベンチから立ち上がる。


公園から出たところで、彼の言葉を知らせるバイブレーションが鳴った。

手元のスマートフォンに目を落とす。




「綺麗なカフェだね」




「…え?」


周りを見渡す。カフェなんてどこにもない。

私の前にあるのはただの更地。


そのカフェは、きっと数年前までは存在していたんだろう。

ゲームに登録されたデータが少し古いだけ。


それが今の私にとってはどうしようもなく苦しかった。

同じ視界なんて共有できていないのだと、彼なんて存在しないのだと、改めて理解させられるようで。



スマートフォンの電源を切る。

今日はもうどこかへ行く気分にはなれない。



じわりと滲む涙を堪えて、家へ帰る方向へと足を向けた。








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