※第12話
※残虐な表現がございます。苦手な方はお気をつけください。
アーノルドは屋敷の前に広がる噴水のある庭園を散策し、屋敷の裏側にある温室と花壇を見に行った。
そしてその後、東屋に来たのだが……
「お前達。ここで何をしている」
そこには主人がいないにもかかわらずお茶やお茶請けを食べて好き放題しているメイドが3人いた。
アーノルドの問い掛けに意図的に無視しているのか聞こえていないのか返事をせずに喋り続けていた。
「もう一度聞く。お前達、ここで何をしている」
さっきよりも低い声でそう問うた。
そうするとメイド達はおしゃべりをやめ、だるいな〜、といった感じの緩慢な動きでアーノルドの方に振り向いた。
「ハァ〜、見てわからないんですか?お茶会をしているんです〜」
メイドの1人がバカにするような話し方でアーノルドに話しかけ、他の2人も注意することもなく一緒にクスクスと忍び笑いをいていた。
「この東屋の使用許可は取っているのか?」
そもそもこのお屋敷は全て公爵家のものであり、現在のお屋敷の管理者はメイローズであるのでメイローズの許可なしに使用人が勝手に施設を使うことは出来ないのである。
「な〜んで許可なんて取らないといけないんですか〜?」
相もかわらずこちらを小馬鹿にするような話し方をし仲間とクスクス笑っている。
それに対してアーノルドはまるで面白くもない劇でも見ているかのようにつまらなさそうな顔をしており、後ろに控えているメイリスも無表情であった。
「その程度も知らんメイドを好き勝手させているとは、メイドの教育もまともに出来んのか。このようなバカ共を主人の前に出すなど何を考えている」
3人のメイドに言うわけでもなくただただ吐き捨てたセリフであった。
下級使用人に分類される者達はメイド長の下で教育され、しっかりと教育が完了するまでは主人の目の触れない場所で働くのが常である。
「なっ! なんですって! 私たちが馬鹿だなんて! 撤回しなさいよ!」
「そうよ! 私はカザームス伯爵家の人間よ! 高等教育を受けた私が馬鹿なわけないでしょ!」
先程まで笑っているだけだったメイド達が噛み付いてきた。
(案の定プライドだけ高い貴族の小娘共か。さてどうしたものか。流石にここまで言われて放置するわけにはいくまい)
「そもそもお前達はなぜ座っている。主人が立っている前で座ったままでいろ、とでも教えられたか?」
「あなたが今日の屋敷探索では畏まる必要が無いって言ったんでしょ?」
最初に小馬鹿にした話し方をしてきた女が足を組んで両手を八の字に広げて言ってきた。
(なるほど。あれを真に受けて今日なら何をしてもいいと思って出てきたわけか。だが、しっかりと教育を受けているならばたとえ主人にそう言われようとしてはならぬということぐらいわかるはずだが)
「あれは仕事の手を止めてまで傅く必要はないという意味だ。主人に対する礼までいらんとは言ってないぞ? 少なくとも他のメイド達はそのくらい弁えていたぞ?」
言外にその程度のこともわからんのか、という意味を込めて言った。
そして流石にこの騒ぎを聞きつけたのか使用人がチラホラと遠くから様子を窺っている。
(本来であるならば何も罰を与えることなく終わらせることが理想であったが、こうなると最低でも謹慎処分は必須だな。メイリスがいた手前注意しないわけにはいかなかったが予想以上の馬鹿でこちらが困るわ)
アーノルドの言外に込められた意味に気付いたのか、顔を真っ赤にし、怒りの表情を浮かべている女が声を荒げる。
「っ! そもそも娼婦の子の分際で本当に私の主人になったつもり?私は由緒正しきワイルボード侯爵家の娘ユリー・ワイルボードよ! 娼婦のあの女もその子供のお前とも生まれながらの格が違うのよ! お前達のような卑しきものになぜ従わなければならないというの! むしろあなたが私に平伏するべきでしょ! ほら早くしなさい!」
ユリーは得意げな顔でアーノルドに平伏しろと命令してきた。
それを聞いてもアーノルドの表情は全く動かなかった。
「言いたいことはそれだけか? お前がどう思おうが俺がダンケルノであることに変わりはない」
「っは! 例えそうだとしても卑しい人間であることには変わりないじゃない。私のような純血の貴族とは違うのよ」
ふん!、とあくまでアーノルドを見下す態度を崩さず、ユリーは自分の方が上だと本気で思っているのだろう。
しかし流石にまずいと思ったのかあとの2人のメイドは顔を青くして1歩引いていた。
「それはワイルボード侯爵家の総意か?」
アーノルドが冷めた声でそう問う。
「そうよ! 当たり前じゃない! 貴族みんなの総意よ!」
「クッ……クックックハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
その女の返答を聞いたアーノルドはまるで狂ったかのように笑い始めた。
それを見る女達はまるで不審者でも見るかのような視線をよこし、先ほどの女は自分が笑われているということに徐々に怒りが湧いてきたのかまたしても声を荒げる。
「な、何がおかしいのよ!」
一通り笑ったアーノルドはまた無表情な顔に戻りユリーを見た。
「ヒィ!」
アーノルドを見たユリーが小さな悲鳴をあげた。
先程まで金色の瞳だったアーノルドの瞳がどす黒く真っ黒に染まっていたのである。
目に一切のハイライトがなくただただ真っ黒なその瞳は見ているだけで吸い込まれそうであった。
「メイリス」
「は」
「っんぐ!」
呼びかけられたメイリスは目にも止まらぬ速さでユリーを床に押さえつけた。
「おい、その剣を貸せ」
アーノルドは騒ぎを聞きつけ様子を見に来ていた騎士に剣を渡すように命じた。
その騎士はあまりのアーノルドの威容に一瞬固まってしまったが、アーノルドが近づいてきたのを見て慌てて剣を腰から抜いてそれを仰々しく手渡した。
「さて、お前が私のことをどう思っているかなど心底どうでもいいが、いかに馬鹿なお前といえどこの公爵家がどういった存在かは理解しているよな?」
そう言われたユリーはまだ余裕があるのか押さえつけられながらもアーノルドを睨んでいた。
「お前はダンケルノたる俺に平伏せと言った。そしてそれがワイルボード侯爵家の総意であるとも。貴族の総意であると言う言葉はこの際捨ておこう。お前ごときが貴族の代表と思うことすら
「だったらなんだと言うのよ! たかだか娼婦の子を平伏させたからなんだというのよ! この私が平伏せと言っているのよ!平伏すのが当然でしょ‼︎」
もはや貴族の令嬢だとは思えない形相で犬のようにキャンキャンと喚いていた。
その言葉に煩わしそうに視線を険しくしたアーノルドはユリーの髪の毛を掴んで顔を地面に叩つけた。
「少し黙れ。私が最も嫌いなことはな、筋の通らないことを延々と聞かされることだ。お前の言葉のどこに理がある。私は公爵家の人間であり、お前は侯爵家だ。それ以前にお前はここの使用人であろう。バカなお前でもどちらの身分が高いかくらいわかるだろう? それともそれすらもわからないバカであったか?」
「こ、この! よくも私の顔を……」
アーノルドはもう一度ユリーの顔を地面に叩きつける。
ユリーは苦悶の声を上げ動けなくなっていた。
「私が話しているんだ。お前に話す許可など出していないぞ? それとも私の黙れという命令など聞けないとでも言うのか?」
「グソガギが……」
ユリーの顔は鼻血が出ており血がついていた。
「おいおい貴族の令嬢が汚い言葉を使うなよ。先ほどの格が高いとはなんだったのかな? フハハハハハハ」
ユリーは笑っているアーノルドをまだ睨みつける余裕があった。
いまだ自分の置かれた状況というものをわかっていないらしい。
「だが、そうか。残念だ。お前はこの私の命令には従えないといい、あまつさえダンケルノたる私に平伏せと言った。明確な敵対行動だな。敵の主人の館に忍び込んでいたスパイが見つかって生きて帰れるとでも思っているのか?」
アーノルドはあくまで表情は変えず淡々と話していた。
そして、そう言われたユリーは初めて焦りの顔を見せる。
ユリーは先ほどのメイド2人に助けを求めようと思ったのか首をそちらに向けた。
「ん? そういえばお前達2人もこいつの仲間だったか? こいつの護衛でもするように言われていたのか? それなら今から俺を殺してこいつを奪還してみるか?」
「い、いえ。とんでもございません」
絞り出したかような震えた声でなんとか2人は首を横に振りながら答えた。
「だ、そうだ。残念だったな?」
「わ、私を殺したらワイルボード家が黙っていないわよ! お前なんてすぐに殺されるわよ!」
ユリーは震えた声で必死にそう言い募った。
「本当にお前はダンケルノを知らないのか? ワイルボード家ごときがダンケルノに手を出せるわけないだろ? それにそんな言葉が脅しになると思っているのか? ダンケルノの人間が死を恐れて退くとでも?」
アーノルドは表面上はダンケルノなどどうでもいいと思っているが、その思考はもう既にダンケルノに染まっていた。
そして流石にそのくらいはわかっていたのかユリーは奥歯を噛んだ。
「だが、安心しろ。お前は先ほど言った言葉がワイルボード侯爵家の総意であると言った。そのおかげでお前の家族も俺の敵となった。だから俺が出向いて直々に殺しにいかなくてはならん。運が良ければ俺が死ぬかもしれんぞ? まぁその頃にお前が生きていることはないだろうがな」
ユリーは死が迫っていると理解しガタガタと震えていた。
「どうした先程までの威勢はどこにいった?」
「も、申し訳ござ——」
「ああ、謝罪はいらない。もはやそんなものは意味がないからな。お前は私に宣戦布告をしてきたのだ。それはもはや取り消すことはできん。家の権力しか誇れることがない分際でよくもまぁダンケルノに敵対出来るもんだな。それだけ甘やかされて育ってきたんだ、自分の命を賭けた一世一代のこの舞台にお前の家族もよくやったと褒めてくれるかもしれんな。ハハハハハ」
もはや何も言えないのかただただ俯いて震えているだけだった。
「いかに馬鹿なお前でも状況が理解できたようだな」
アーノルドはそう言い、ユリーの耳元へと近づいていく。
「せっかく最初私が穏便に済ませてやろうと思ったのにそのチャンスをふいにしやがって」
ユリーの耳元でコソっとそう呟いた。
生きる希望があったというのは場合によってはただ死ぬよりも残酷なことである。
「それじゃあ、後でお前の家族もお前の所に送ってやるから先にあの世で待っているといい。最後に遺言くらいは聞いてやるぞ?」
アーノルドは持っていた剣を振り上げた。
「お、おま、おまち……ぐだ……」
もはや涙で顔はぐちゃぐちゃになっており、必死に抵抗しようジタバタとしているがメイリスに押さえつけられ逃げることはできなかった。
そして先程の仲間2人ももはや顔が青を通り越して白くなっており、ユリーを助けに動く様子はなかった。
「ふむ。遺言はないみたいだな。命乞いをするくらいなら初めから身のふりを考えておくといい。来世があるのなら参考にするといいぞ?」
そしてアーノルドは剣を振り下ろした。
「「きゃあああああアアアアアアア」」
何人かのメイドが悲鳴を上げ、倒れた者もいた。
(倒れたものはザオルグ陣営の者か?)
真に公爵家の使用人であるならば、人の生き死にごときで悲鳴をあげることなどないだろう。
そしてユリーの首を一撃で斬り飛ばしたアーノルドも初めての殺人であったがケロッとしていた。
(初めて人を殺したが、やってみれば思いの外どうということはなかったな。もっと忌避感や吐いたりするかと思ったが、精神がこの体に引っ張られていると言うことか?)
「おい、そこの2人を地下牢に入れておけ。それとワイルボード侯爵家にその女の首と共に宣戦布告を受理したと伝えてこい。
向こうから宣戦布告をしてきたのに示談など本来はないのであるが、ワイルボード侯爵家としては今回のことは寝耳に水であろうと思ったためあらかじめ付け加えておいた。
「は、かしこまりました」
適当にそこにいた騎士にアーノルドは命令した。
あのメイド2人は震えながら騎士に連行されていっていたが、アーノルドから離れたいのか早足で連行されていた。
(ッチ! めんどくさいな。これで当分の間ザオルグ陣営の者が表立って行動することはなくなってしまうだろうな。メイド長にも罰を与えんといかん。一度罰を受けた人間はその後慎重になってしまう……。思い通りにいかんな)
「メイリス、ご苦労だった」
「とんでもございません。職務を全うしただけです」
メイリスは相変わらず無表情でそう答え、この頃にはアーノルドの瞳も元の金色に戻っていた。
「一旦戻る。ついてこい」
その途中すれ違ったメイドにクレマンを書斎に呼ぶように命じた。
そしてメイリスを連れ立って書斎に戻ってきた。
「クレマン、1月後にワイルボード侯爵家を殲滅することにした」
「は、存じております」
「ならば話が早い。まず今日の午後の予定を変更して剣術の訓練とする。指南役の騎士を呼んでおいてくれ。それと一月の間は剣術と魔術の訓練を主体に予定を組み直しておけ」
「は、かしこまりました」
「それと、ワイルボード侯爵家の戦力に関する情報が欲しい」
「ワイルボード侯爵家が有している騎士の戦力は約500ほど、領民を徴兵したとしても総戦力は2000人ほどと予想されます」
「他の貴族の援護があると思うか?」
「それは私が申すことではないかと」
「そうだな……」
「それとワイルボード侯爵家に行くには2つの領地を越えなければならん。通ることを通達しておけ。拒むようならば押し通るともな」
「かしこまりました」
「さて、戦力を集めないといけないだろうが……。クレマン、メイリスよ。……付いてきてくれるか?」
正直なところ現状最も困ることは戦力が集まるかということと高々一月でアーノルド自身がどれほど強くなれるのかということである。
いくら攻め込んだとしても勝てなければ意味がない。
それゆえ力をつけるまでは大人しくしているつもりだったのだ。
しかしメイドの暴走により戦わざるを得なくなってしまった。
そういう意味ではあのメイドの行動はピンポイントでアーノルドを追い詰める一手であっただろう。
「仰せのままに」
「仰せのままに」
クレマンは言うまでもなく、メイリスも先程の動きを見る限り相当の手練れであることは間違いなかった。
そして比較的信用が出来るのもこの2人であった。
メイリスは無表情で何を考えているのか読めないが、少なくとも今の状態で敵ではないだろうと思い連れて行くことにした。
今回の遠征においてアーノルドは連れて行っても50人くらいだと考えているが、自分の成長具合ではある程度人数がいることも覚悟している。
「忠誠を誓えとは言わない、だが今回はお前達と共に戦えることを嬉しく思う。お前達が忠誠を誓おうと思えるような戦果を見せよう」
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