42




『また諦めるの!?何にもしないで…芝崎君は大好きなものを、そんな簡単に捨ててしまうの?』



やりたいことなら、またゼロから始めればいい。

それが例え前より上手くはいかなかったとしても。




追いかけたいと思うのならば、

何も考えず、突っ走ればいい。


ひたすら野球に打ち込んでた頃のように、

ただガムシャラに。






「…芝崎君、とっても驚いてました。まさか私なんかに説教されて…殴られるなんて思いも寄らなかっただろうから。」



でもそれは、無駄じゃなかった。


今ならあの時してあげられなかった事を、

手を差し伸べてあげることが、


出来たんじゃないかって…。





町田さんに諭された後…

吹っ切れたよう笑顔を見せ、駆け出した芝崎。




痛めた筈の足で、あっという間に見えなくなって。



やっと追い付いたと思ったら、

傷だらけでボロボロになってしまっていて…。






「…あんな感情的な芝崎君、初めて見ました。喧嘩どころか、普段怒る事だって珍しかったのに…」


確かに、あの時の芝崎には驚かされた。

町田さんが言うように、普段の芝崎はとても温厚な印象だったから…。





「けどそれだけ、水島さんの事が特別なんだなって思ったら…。羨ましいなって…ちょっとだけ、嫉妬しちゃいました。」


私では彼の心を癒す事は叶わなかったから、と…。

白く小さな花のように、凛として笑う町田さん。



僕みたいなのが、こんなに素敵な子に羨ましいとか言われると…何だかとても擽ったくて仕方なかった。







「目を覚ました芝崎君に私、改めて告白したんです。…解ってたけど、ちゃんと言っておきたくて。それから全部芝崎君から聞きました…。」



芝崎が僕に告白した事。

町田さんと再会して、それを無かったことにした事。


上原も自分と同じ想いを抱え、

それで喧嘩になってしまった事。



それから…






「芝崎君はまだ水島さんの事が好きなんです。無かった事に…なんて言ってるけど、本当は何も捨て切れていない…。」



どうして今更そんな事を、僕に教えるんだろう?






「…水島さんは今、誰を想っているんですか?」



どうしてそんなことを、聞く必要あるのだろうか?


捨てると決めた想いなど…。






「良かったら…本当の気持ち、教えてくれませんか?私、知りたいんです。」



こんなに小さくて儚げな印象だったのに。

町田さんは、なんて強かな女性なんだろう。



今なら芝崎が彼女を好きになった理由が…

良く解る気がした。




だからもう、隠せないんだ。








「…好きだ。僕も、芝崎が、好きなんだ…。」


流石に涙は堪えたけど、

きっと顔には出てしまっただろう。





「…ありがとうございます。私なんかに、話してくれて…。」


晴れ晴れとした表情で涙を拭い、席を立つ町田さん。


深くお辞儀をし背を向け、

少し進んだ所でまた振り返り彼女は告げる。






「どうか幸せに、なって下さい。それが芝崎君の願いでもあるから…。」



“彼を救ってあげて下さい…”



そう微笑んで、彼女はもう一度頭を下げると、

図書室を去って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る