第17話 片想いと夏祭り
練習からの帰り道、禅は嬉しそうに今日の出来事を話す。
「衣装の件、無事解決できて良かったね!」
「あぁ……」
「どんな衣装になるのか楽しみだなぁ!」
「あぁ……」
「ちょっと響! 僕の話聞いてた!?」
「あぁ……、って、ごめん! 全然聞いてなかった!」
「えぇ……。てか、何か考え事してたの?」
俺は一瞬迷ったが、ずっと気になっていたことを思い切って禅に尋ねた。
「あのさ……、禅ってさ……」
「な、なに?」
「禅って、その……、東雲のこと好き……だよな?」
――ゲホッ、ゲホッ……
俺の突然の質問に禅は思い切り咳き込んだ。俺は慌てて禅の背中をさする。
「うわっ! おいっ、大丈夫か!?」
「なななんで!?」
「いや、バレバレだから……」
禅は“まさか”と言っているかのごとく目をパチクリさせている。しかし、すぐに口を引き締め真面目な顔をした。
「う、うん……。好き……だよ?」
「やっぱり。なぁ、東雲に告らないの?」
「ま、まさか! 学年一の美少女だよ!? 僕なんて相手にされるわけない!」
禅は『相手にされない』と言ってはいるが、俺はそうは思わない。
それは、二人が一緒に勉強をしている姿をよく見かけるし、東雲も気を許しているのか、禅の前では美少女キャラをあまり出していないように感じるからだ。
普通なら“いい感じ”と思えるほどなのに、禅はなぜそれ以上踏み込まないのだろう……。
「でも俺から見れば二人はいい感じだぞ?」
「それはバンド仲間だからであって……。それに……」
「……なんだよ?」
「東雲さんは響のことが好きだから……」
「あ、あぁ……、そういうことか……」
確かに、俺たちの間に‟付き合っている”という噂が立った時、東雲は『困らない』と真面目な顔で言ってはいた。しかし、そのことが“好き”に直結するかは分からない。だが結果として、俺のせいで禅は前に進めないのは確かなようだ。
「俺、他に好きな人いるから」
「それって音羽さんのことでしょ?」
「な、なんでそのことを!」
「え……? バレてないとでも思ってたの?」
「うぐっ……。そ、それは……。でも、音羽は俺のことを何とも思ってないんだよな……」
「ハハッ! 僕たち片想い仲間ってわけか~」
俺たちは向き合い、お互いの片想いに苦笑いをした。
それから数日後、俺と禅の姿は人でごった返す祭り会場の入口にあった。
今日は、いつの間にか夏休みの予定に組み込まれていた地元の夏祭りの日だ。
「ったく、東雲のヤツ……。みんなで夏祭りに行くのはいいけど、『浴衣着てこい』なんて指定してくるとは思わなかった」
「ハハッ、そうだね。でもイベント感があっていいんじゃない?」
「まぁな。それにしても禅! やっぱ和服着慣れてるだけあって浴衣も良く似合ってるな~」
「ありがとう。響も良く似合ってるよ~」
「てか、俺たちなんで二人で褒め合ってるんだろうな」
「ハハッ……」
「響く~ん! 禅く~ん! おまたせ~!」
聞き慣れた明るい声がしたかと思うと、東雲がカランコロンと軽やかな音を立てながらこちらにやって来た。その可愛さにすれ違う男たちが振り向いている。しかし俺が目を惹かれたのは東雲ではなく、東雲の後ろを付いてくる音羽の方だった。
淡い水色に色鮮やかな大輪の花が描かれた東雲の浴衣とは対照的に、音羽は、黒地に妖艶な金魚が描かれたとても大人っぽい浴衣を身にまとっている。髪はふんわりとまとめられ、サイドを少しだけ垂らしている。俺はその姿に思わず見とれてしまった。
「匹田くん……。どう? 似合う?」
「あ、あぁ、良く似合ってる」
「響く~ん! 私のも見てよ~! どおどお? 似合ってるでしょ~?」
「あ、うん。いいんじゃないか?」
「もうっ! 全く心がこもってない! 禅く~ん! どう、似合う~?」
「うん、良く似合ってて可愛いよ」
「禅くん、ありがと! でもそんなストレートに言われると照れちゃうな……」
「お〜い、照れ合ってるとこ悪いけど、そろそろ行くぞ〜」
俺たちは祭り会場に向かって歩き出した。
今日は花火も上がるため、会場内は大勢の人でにぎわっている。
ふと気づくと、後ろで禅が誰かと話している。どうもすれ違った人にぶつかられてしまったようだ。
「禅くん大丈夫? はい、落ちたメガネは無事だったよ」
「東雲さんありがと――」
「えっ!? 禅くんカッコイイ! メガネない方が全然いいじゃん!」
「あっ、僕のメガネ……」
「メガネなくても前は見える?」
「え? 一応は……」
「じゃあ私が手を引いてあげるから、今日はメガネなしね!」
東雲は禅のメガネを持っていた巾着に入れ、禅の手を取りご機嫌に歩き出した。一方禅はというと、東雲の突然の行動にかなり戸惑っているようだ。
ただ、メガネを取った禅は本当にイケメンで、‟学年一の美少女”と呼ばれている東雲と並んでも全く違和感がない。
二人は楽しそうに露店をのぞき込み、その姿がとても幸せそうに見えた。
「音羽は何かしたいことある?」
残された俺は音羽に声をかけた。
「私、友達とお祭り来るの初めてだから分かんない。匹田くんのおススメに任せる」
「そっか~。じゃあさ、あそこの射的やろうぜ!」
俺は偶然出来た音羽との二人きりの時間を思い切り楽しんだ。
「響く~ん! 奏ちゃ~ん! こっちこっち~!」
花火の時間が近づき、禅と東雲がいる場所へ移動しようとしたその時、音羽が人波に流されそうになった。俺はとっさにその細い肩を支え、自分のそばに引き寄せた。
花火が始まり、あたりは歓声に包まれる。
俺は音羽の横顔をそっと盗み見た。次の瞬間、特別大きな花火が上がり、その破裂音に音羽の指が‟ピクッ”と動いた。すると、すぐそばにあった俺の手に音羽の指が触れ、空を見上げる音羽の笑顔が一瞬固まった。
そして俺たちは、みんなが夜空を見上げる中、どちらともなく無言のままお互いの手を握りあった。
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