第158話 吸血鬼との出会い 作戦会議

 ラルカはかろうじてラーテルに勝利するも、そのダメージはあまりにも大きすぎた。


「ぐっ……偉大なる我でも、少し疲れたな」


 彼女がその場にひざまづくと、その周りを民衆が取り囲む。鍬や斧、鉄の棒などみんなが何かしらの武器を持っている。その顔は怒りに満ちていており、明らかに歓迎しているようには見えなかった。


「よくもラーテル様を殺してくれたな。このカスが」

「ミカウリを認められない愚か者は、ここで殺す!」


 彼らが武器を振り下ろそうとしたその瞬間。


「跪け!」


 クロノスの声がした後、村人たちが一斉に跪いた。


「なんだこれは。体が!」

「誰の仕業だ!」


 そこに現れたのはカイツ、アリア、クロノス、ケルーナの4人だった。


「ラルカ、大丈夫か!」


 カイツが即座に駆け寄り、彼女の体を支えて守るように抱える。


「遅いぞ右腕。おかげで苦労したではないか」

「一体何があったんだ。なんか村人たちに睨まれてるし」

「知らん。ミカなんとかがどうのこうの言って、いきなり襲い掛かってきた」

「よく分からないが、歓迎されてるわけではないことは理解した」


 いつの間にか何十人もの村人たちが集合しており、各々武器を持っている。


「こいつらか。ミカウリを認めない愚か者というのは」

「ちょっと待て。あそこにいるのはケルーナだぞ。どうして彼女があいつらと一緒にいるんだ」

「決まってるだろ。あいつもミカウリを理解できない愚か者だったということさ。あいつがウリエル様にそこまで忠誠を誓ってないのは噂にもなってたしな」

「やっぱりあの女も愚か者だったか。俺は前から怪しいと思ってたんだ」


 村人たちはじりじりと寄ってきており、カイツたちは円陣を組むような陣形を取る。


「どうしますカイツ様。この愚か者たちを殺しますか?」

「それをしたら、俺がお前を殺す。間違っても傷つけるな。最悪でも気絶程度に済ませろ」

「それがカイツ様の命令ならば。眠れ!」


 クロノスがそう言うと、周りにいる村人は催眠術でもかかったかのように一瞬で寝てしまった。


「カイツ様、これで良いですか?」

「完璧だ。ありがとう」

「とりあえず、もう一度わっちのいる場所に行こうか。その子の治療をするにしても、ここは危ないわ」

「それは構わないが、なんでお前がここにいるんだ?」

「そのことは後で話すわ。行くでえ」


 ケルーナが蛇を作り出して行こうとすると。


「おや。思ったよりも殺されてないんだな。これは驚いた」


 そこに現れたのは1人の男だった。銀色の髪を綺麗に整えており、宝石のように美しい赤い瞳を輝かせている。顔立ちは草食系といった感じで温和な雰囲気があり、歩き方にも品がある。金の装飾があちこちに散りばめられてた赤いコートを着ていた。


「旦那様!」


 ケルーナが嬉しそうに彼に近付いていった。


「旦那様ってことは、その人が」

「うん。わっちの旦那様で、伝説の血の王やで」

「ケルーナがお世話になっているね。初めまして騎士団諸君。私はストリゴイ。一応、ヘルヘイムの統治者という立場だ」

「ヘルヘイムの統治者はウリエルじゃないのか?」

「彼とは契約を交わしていてね。望むものを与える代わりに、私も支配者でいてもらえるようにしてるんだ」

「旦那様はなんでここに?」

「ウリエルの部下が騎士団を殺しに行くということを聞いてね。私の餌が減らないように急いで駆けつけたんだが、思ったよりも死者が少なくて安心したよ」


 彼の言葉にカイツが疑問をいだく。


「餌? どういうことだ」

「私の主食は人間の血液でね。1週間に1度、私が人形を提供する代わりとして、村の人間から血を貰うんだ。といっても1人から貰う量はごくわずかだから、そのせいで死ぬことはまずない」

「人形ってのは?」

「これだよ」


 ストリゴイが自身の指に傷をつけると、そこから血が流れだし、それが人の形を作っていく。作り終えると、血が固まって本物の人のような姿となった。


「こいつは高耐久で基本的になんでもできる存在だ。農作業、建築、警備兵など色々とね。こいつは村人たちにずいぶんと重宝されているから、私との取引にも快く応じてくれる」

「なるほど。ギブアンドテイクというわけか。そういう生き方もあるんだな」

「生きるために一番大切なことは強さでも賢さでもなく、他者と共存できるかどうかだ。そしてそのために必要なのは、相手が何を求めてるかを理解し、それを与える代わりに自分の要求を通す事。力や策を弄して他者を支配したら、崩れた時が大変なことになる。そうならないためにも、ギブアンドテイクの関係は大切だ。それにしても、この状況は誰が原因なんだ?」


 その質問にラルカが答える。


「ラーテルとかいう奴がやった。我を殺すために無関係な村人や建物を巻き込んでな」

「なるほど。あの大雑把野郎がやったというなら納得だな。あいつは村の人間なんざゴミとしか考えてない。ウリエルたちにも困ったものだ。俺や村のことなど考えもせず、自分のやりたいことばかり押し通してるのだから」


 その話の最中、ラルカは気になったことを質問する。


「そういえば、ここの村人はやけにウリエルに忠誠を誓ってたが、あれはどういうことなんだ。村人が死んだり建物が壊れても気にしてなかったのは異常すぎるぞ」

「奴が催眠をかけてるのさ。ここの村人はウリエル様の言うことは絶対。疑うことすらしないし、奴が村人を殺しても誰も恨みはしない。酷いことをしてくれるよ。ま、奴は故意に村人を殺したりはしないし、食事の量も特に減ってないから何も問題ないが」


 カイツは少し気になったことを質問する。


「催眠を受けてる村人に、思うことは無いのか?」

「無いな。村人はあくまで俺の食料。それ以上でも以下でもない。食事の量が減らないなら、奴らがどうなろうと俺には関係ない」


 カイツはその言葉に思う所はあったが、何も言うことは無かった。彼とは根本的な価値観が違う。それ故に、自分が何を言おうと意味はないと考えた。再びラルカが質問する。


「奴はなぜ、村人を催眠にかけてるんだ?」

「とある天使から姿を隠すためだと聞いたが、詳しくは知らない」


 それを聞いてクロノスとラルカは、とある天使とはガブリエルのことだと推測した。


「さて。後の話は別の場所でしよう。ウリエルがこっちに来るかもしれないし、いつまでもここにいるのはしんどい」






 カイツ達はストリゴイと共にヘルヘイムへ戻り、再びケルーナの住処へとやってきた。ストリゴイはケルーナが用意した専用の椅子に座り、ケルーナは傍にすり寄って頭を撫でられている。カイツ達は自分たちが来た理由をストリゴイに話した。


「なるほどね。君たちはウリエルを倒すためにここに来た。そしてウリエルは、白髪男の中にいるミカエルとかいう奴を攫って孕ませるために君たちを殺そうと考えている。それで良いか?」

「色々変な所がある気がするが、まあそんなところだ。あんたはどう考えているんだ?」

「どう考えているか。正直言うと、どうでも良いと思ってるのが本音だな。村を巻き込まれるのは困るが、そうでないなら何が起ころうと気にしない。ウリエルがいようといまいと、俺の生活が変わることは無いからな」

「つまり、俺たちのやることに介入するつもりはないと?」

「ああ。ケルーナがどうするかは知らないが、少なくとも俺は介入しない。そっちで勝手にやっておいてくれ」

「分かった。ちなみに、ウリエルは普段どこにいるんだ?」

「あそこだ」


 そう言って彼が指さしたのは、空高くそびえる巨大なミカエルの形をした塔だった。


「奴は普段、あそこでぐーたらしている。行きたいなら行くと良い」

「分かった。教えてくれてありがとう」

「話は終わりか?」

「ああ。もう話すことは無いかな」

「では、俺は寝かせてもらおう。今日も疲れたあ」


 彼はケルーナが用意した別室に入っていった。


「ケルーナ。お前はどうするんだ? 俺たちに協力するのか?」

「協力するでえ。あんたらにはお茶会の時の恩があるし、わっちはウリエルのこと嫌いやからな。あいつが死んでくれるならどんなことでもやるわ」

「ありがとう。お前がいてくれるなら百人力だ」

「ふふ。そう言ってくれて嬉しいわ。じゃあ協力行動として、そこのおチビさん治療したるわ」


 彼女は口の中から緑色の玉を取出し、それを地面に投げる。


「ヒーリングガス!」


 玉から緑色のガスが噴き出し、ラルカの体を満たしていく。身体中の傷が修復し、痛みを治していった。


「おお。これは凄いな。こんなにも便利な技があるとは」

「魔力と体力の消耗が大きいから、あんま連発出来へんけどなあ。さてカイツはん。ウリエル討伐、どういう作戦で行くつもりや?」

「一応策は考えてるが、ケルーナが協力するなら、練り直した方が良さそうだ。まず」


 彼らは作戦会議を始め、ウリエルを倒すための策を練り、夜は更けていった。話し合いが終わる頃には朝日が昇り、眩しすぎるほどの空が住処を照らしていた。

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