第138話 一触即発!

 クロノスが去って数秒後に何かが飛来し、辺り一面が砂埃に覆われる。


「たく。派手なことをする」


 彼女は魔術で透明なバリアを作り、ウルたちを砂埃から守る。


「くっ……なによ。この気配」

「さっきのヴァーユとは比較にならないな。これがあいつの実力だとでもいうのか」

「流石は六神王のリーダーというべきか。とんでもない圧だ」

「あなたには言われたくないですね。イシス」


 砂埃が消え、そこには1人の男が立っていた。スーツ姿の茶髪の男。眼鏡をかけているが真面目な雰囲気は感じず、その眼光からは気味の悪いものを感じる。


「プロメテウス」

「お久しぶりですね。イシス。元気そうで安心しました」


 彼は笑みを浮かべながら、ニーアと対面していた。


「ニーア。私達は」

「お前たちだと前に出た瞬間に即死する。私が相手をするから下がってろ」


 彼女はウルたちの前に立ち、その手にフランベルジュのような形をした緑色の剣を作り出し、構える。


「待ってくださいよ。今日はあなた達と争うために来たのではないんです。私の目的は、勝手に先行したヴァーユの回収です」

「何?」

「ボスが六神王の招集命令をかけましてね。一向に戻る気配のないヴァーユが気になってここに来たのですが」


 彼は何かを探すように辺りを見渡す。


「ふむ。彼の魔力が感じられませんね。どこかに飛んでいったのでしょうか?」

「奴なら兄様が灰にして殺した」

「ほお。あの男が。流石はミカエルの器といった所でしょうか。まさか六神王を倒すとは。なら、私がやることはもうありませんね。では失礼」

「逃がすと思ってるのか?」


 ニーアが指を鳴らすと、緑色の光を放つ檻が出現し、彼を閉じ込めた。


「崩衝監獄。貴様には聞きたいことが山のようにあるからな。拘束させてもらうぞ」

「ふむ。これは困りましたね。私は一刻も早く帰りたいのですが」

「私は一刻も早く貴様から聞き出したいことが山ほどある」

「なるほど。ならばこうするとしましょう」


 彼が指を鳴らすと、砂浜から何本もの蔦が現れ、彼女に襲いかかる。


「無駄だ。崩衝波動」


 ニーアの体が光を放ち、蔦はその光に当てられて消滅していった。


「この程度の攻撃で私を捕らえられるわけがないだろう」

「ええ。それは十分に理解してますよ。しかし、他の方々はどうでしょうか?」

「! まさか」


 彼女が周りを見渡すと、ウル、メリナ、ダレス、ラルカの4人は蔦に絡め取られ、身動きどころか呼吸まで封じられていた。


「しまった。私としたことが」

「ふふふふ。あなたは何でも出来る万能タイプと思ってましたが、周りの人間を守るのは苦手なようですね」

「貴様」

「おっと、攻撃しないで下さい。その瞬間、あの蔦は彼女たちを絞め殺しますよ。器の大切な仲間を殺すのは嫌でしょう? さあ。この狭い牢獄を消してくださいよ」

「……ちっ」


 彼女は舌打ちしながら指を鳴らし、プロメテウスを閉じ込めていた檻を消した。 


「ふう。生きた心地がしませんでしたよ。そっちに足手まといがいて助かりました。さて、私はこれにて失礼しますよ」


 そう言って彼が去ろうとした時。


「と。大切なことを言い忘れるところでした。ボスからの伝言です。2週間後、王都ヴァルハラにて神と鬼、そして人間たちとの戦争を始める。準備しておくように、とのことです」

「どういう意味だ?」

「自分で考えて下さい。それが分からないほどの無能ではないでしょう。それでは」


 そう言って彼は、今度こそ去っていった。その後、ウルたちを縛っていた蔦が消滅した。


「ごめんなさい。私達のせいで、あなたに迷惑をかけてしまったわ」

「すまねえ。完全に足を引っ張ってしまった」

「気にするな。カバーしきれなかった私の責任だ。それよりも奴が伝えに来た伝言だ」

「神と鬼、そして人間たちとの戦争って言ってたわね。神はヴァルキュリア家、人間は私達として、鬼は何を指してるのかしら?」

「さあな。奴らが企んでるか知らないが、私達がやるべきことは1つ。奴らを完膚なきまでに叩き潰すことだ」

「そうね。そのためにも、私達はもっと強くならないと」

「だな。今回の私達は奴らに手も足も出なかった。次戦う時のためにもパワーアップしねえと。それにしても、あっちの方はどうなってんだ? 大きな動きは無いみたいだが」

「あっちもあっちで不安よね。私達も行った方が良いかしら?」

「やめておけ。お前たちが行ったら巻き添えで殺されるぞ。アリアたちは他人に配慮する戦いはしないだろうからな。それに、向こうの奴は、どれだけ低く見積もっても六神王クラスはある」

「嘘でしょ!? そいつ何者なのよ」

「何者かは分からないが、ヴァルキュリアの人間というわけではないようだ。とりあえず私たちはここで待機だ。今行っても邪魔になりそうだからな」






 場所は変わり、メリナの作った家の中。アリアは自身の魔術で緑色の妖精を生み出し、カイツの治療をしていた。


「ダメだ。治しても治しても肉体が破壊されていってる。このままじゃ現状維持がやっと。どうすれば」


 彼女の魔術で彼の体は確かに治っていた。しかし、カイツの体が内部からどんどん破壊されており、治療で今の状態を維持するのがやっとだった。


「魔力の流れがめちゃくちゃになってる。ミカエル、これどういう感じなの?」


 彼女がそう聞くと、カイツの中からミカエルが実体化して現れる。


「無茶のしすぎじゃよ。六聖天の第3解放を無理して引き延ばし、神羅龍炎槍を使った。そのせいで六聖天もカイツの体もさらにめちゃくちゃになってもうた。正直、生きてること自体が奇跡に等しい」

「なんで止めなかったの? あんたの力なんだから止めることも出来たでしょ?」

「無理に止めたらカイツへの負担が凄まじいものになるし、ヴァーユのことがあったからの。解除することは出来んかった。まあ安心せい。治す方法もないわけじゃない。幸か不幸か、カイツが無茶してくれたおかげであいつが目覚めてくれたからの」

「へえ。気づいてたんだ」

「妾が気づかぬわけなかろうが。舐め取るのか?」

「ま、あんたが気づかなかったら笑い話にもならないよね。とにかく、そいつを引っ張り出せばーー! この気配」

「おいおい嘘じゃろ。なんであやつがここに来ておるんじゃ」

「知り合いなの? なんかすごい気配だけど」

「ガブリエル。四大天使の1人で古い馴染みじゃ」

「へえ。そんな大物がなんでこんなところに?」

「妾が知るわけなかろう。しかし、あやつが来ているとなるとまずいの。下手したらカイツが連れ去られてしまうぞ」

「それは阻止しないといけないね。私は出るけど、あんたはどうする?」

「今の妾はカイツから離れられん。仮に行ったとしても足手まといにしかならんじゃろうが」

「そ。じゃあカイツのことよろしく。カイツのこと殺さないように努力しててよ」

「お主に言われるまでもないわ」


 アリアは妖精とミカエルに治療を任せ、家を出る。砂浜には1人の女性が立っていた。海を思わせるような青い髪の女性であり、貝殻水着という大胆な格好をしている。



「おや。ミカエルが来るかと思いきや、ずいぶんと珍しい奴が出て来たね。まさか神獣をお目にかかれるとは思わなかった。初めましてフェンリル。私はガブリエル。四大天使の一角にして、水を司っている。そして、人類の求愛者でもある」

「そう。そんな奴がここに何の用?」

「ミカエルの器を見に来たんだよ。あの女が器に選んだだけでも驚きだし、契約者がやけに褒めていたからね。どんな人間か気になっちゃってね。しかし、器の魔力がずいぶんと弱ってるね。私が来る前に何かあったのかな?」

「あんたに話す必要はないでしょ。カイツの治療に集中したいし、どっかに消えてくれると助かるんだけど」

「これに関しては、犬っころに同意ですね」


 ガブリエルの後ろにクロノスが現れた。強い殺気を放ってるが、ガブリエルは動揺することもなく、むしろ面白そうにしていた。


「ほお。これはまた面白い奴が来たな。それにその魔力」


 彼女は興味深そうにクロノスを見る。


「ふむ。器のように天使をその身に宿してるわけではない。熾天使セラフィムとかの紛い物とも違う。なのにここまで私たちに近い魔力。君は何者なのかな?」

「あなたに話す必要はないでしょう。さっさと消えるか死ぬかしてくださいよ。あなた邪魔ですし」

「ずいぶん冷たい反応だね。冷水をぶっかけられた気分だよ。やっぱり人間以外はダメだな。私のことを冷たくあしらうばかりで礼儀がなってない」

「突然土足でやってきた奴に礼儀なんていらないでしょう」

「突然やってきた者にも礼儀を持って接するのがマナーというものだよ」


 ガブリエルが腕を振るうと、水の刃がアリアとクロノスたちに襲い掛かる。クロノスは見えないバリアでこの攻撃を防ぐ。アリアは腕を振り払って水の刃を弾いた。


「流石というべきか。この程度で傷を負わせられるほど、やわな存在ではないようだね。なら」


 彼女が指を鳴らすと、空気中の水分が集まっていき、巨大な水のゴーレムを作り出した。


「こいつはどうかな?」

「無駄ですよ。消えろ!」


 彼女がそう言うと、ゴーレムは初めからそこに無かったかのように消え去った。


「! ほお。面白い力を持ってるね。お前も」


 彼女は振り返り、後ろからのアリアの攻撃を掴んで受けとめた。


「君もな」

「ちっ。流石に止められるか」

「この程度の動きはどうとでなる」


 アリアは投げ飛ばされるも、危なげなく着地する。


「やるね。でも」


 指を鳴らすと、彼女の腕に小さな傷がついた。


「おっと、油断した。流石はフェンリル族だね。動きがすばしっこい。それに、目がチカチカしてきた。これも君の仕業かい?」

「さあ。どうだろうね」

「ふむ。今ここで殺しても良いが、それは契約に反する。ここは撤退することにするよ」


 彼女が3対6枚の羽根を生やして逃げようとすると、アリアが質問する。


「待て。お前の契約者は誰だ! 誰が裏で糸を引いてる!」

「自分で考えなよ。それが出来ないほどの無能でもないだろ?」


 それを最後に、彼女は空高く飛び去って行った。


「追わなくて良かったんですか?」

「変に追撃してカイツが被害に合うのも嫌だし、今はカイツの治療優先。あいつはいつかきっちり殺す」

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