第130話 慰安旅行

「遅い」

「がっ!?」


 翌日。カイツは訓練場でニーアに蹴り飛ばされていた。周りにはウル、ラルカ、ダレスが倒れており、彼も片膝をついていて、あちこちボロボロだった。今日はニーアが彼らに訓実戦訓練をつけていた。彼らは彼女に傷1つどころか、まともに触れることさえできず、一方的にやられていくばかり。カイツも六聖天の第2解放を使ってるというのに、彼女の動きを目で追うことさえ出来なかった。


「はあ……はあ……くそ」

「どうした? 六神王に勝つためには、この程度でへばっていては話にならないぞ」

「言ってくれるな。ならこれはどうだ。六聖天 脚部集中!」


 カイツは自身の足に六聖天の力を集中させていき、周囲を飛びながら移動していく。しかし、その動きをニーアは完全に捕らえていた。カイツは後ろから攻撃しようとしたが、その攻撃はつまんで止められた。


「くっ!」

「動きは悪くないし、スピードも良い。だがこの程度では奴らに勝てないぞ!」


 彼女はそのまま彼を投げ飛ばした。


「ぐ!」


 彼がなんとか体勢を立て直して着地するも、その隙を突かれて蹴り飛ばされてしまった。彼は大きく吹っ飛んで地面を何度も強打しながら転がっていった。


「があ……にゃろう」

「こんなものか? 騎士団メンバーはこの程度なのか?」

「いやいや。この程度で終わらせられないよ! こんなにも楽しい戦いはすぐに終わらせられないさ」


 そう言ってダレスが立ち上がり、両方の膝横から1本ずつ腕を生やした。


「行くよお!」


 彼女は一気にニーアとの距離を詰めて連続で殴りかかるが、その攻撃は簡単に躱され、掠ることさえなかった。


「やるねえ。けどこれなら!」


 ダレスは膝に生えてた腕を消して肩から2本の腕を生やし、4本の腕で殴りかかる。だがそれだけの攻撃でも、ニーアは余裕を崩すことなく、目を瞑って回避していた。


「凄い! これだけの攻撃を見ずに回避するとは。君は本当に凄すぎるよ!」

「遅いな。おまけにパワーもそこまでない。この程度では六神王に触れることすら出来ないぞ」


 ニーアはダレスの腕を掴み、片腕で何発もの打撃をくわえた。


「ぐあ!?」


 ダレスは一気にふっ飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「参った……これは楽しすぎるよ」


 彼女は最高の笑顔でそう言った後、意識を失った。カイツもかなりのダメージを受けており、動くのは難しい。ダレスとラルカは気絶していた。


「……ここまでだな。一旦休憩しよう」






 side カイツ


 俺は訓練を終えた後、休憩室で座って体を休めていた。


「はあ……まさかここまで実力差があるとはな」


 第2解放を使っても戦いの土俵にすら立つことが出来なかった。第3解放を使っても勝つどころか、同じ土俵に立てるかどうかといったところだろう。


「いやー、ニーアは凄かったねえ。まさかあそこまで強いとは思わなかったよ。楽しすぎて気分高揚だ」


 ダレスの奴は嬉しそうに笑ってて凄いな。あれだけ一方的にやられてたのにあこまで笑顔になるんだから、本当に戦いが好きなんだろう。


「我が……偉大なる我が、あんなあっけなく」

「うう……カイツにかっこいい所見せたかったのに」


 ウルとラルカは完全に意気消沈している。あれだけボコボコにされたんだし、これが普通だよな。


「お前たちの実力は絶望的なほどにないな。このままだと間違いなく六神王に瞬殺される。カーリーを倒すなど夢のまた夢だ」


 ここまでバッサリ言われると一周回ってスッキリするな。


「そこまではっきり言わなくて良いと思うんだけど。カイツに嫌われるよ~」


 そんなおちゃらけた口調でアリアがやってきて、俺の隣に座る。


「はっきり言わないと意味がないからな。ここに関しては、甘やかすわけにはいかないんだ」

「良いじゃん甘やかしても。いざという時は私とあんた、クロノスでヴァルキュリア家を皆殺しにすればいいんだし」

「そういうわけにもいかないだろ。こいつらや兄様にも、六神王と戦える力を身に着けさせておかないと。何があるか分からないし、兄様の理想のためには、どうやってもヴァルキュリア家とぶつかることになるからな」

「そんなの私が叶えるよ。カイツの理想は私が叶える。私なら六神王もカーリーも余裕で殺せるし~」


 そう言って彼女は腕を組んで胸を当てる。こういうスキンシップがやけに増えた気がするが、彼女にとってこれは普通なのだろうか。流石に少し恥ずかしいんだが。顔が少し赤くなってるのが分かるが、今はそれよりも言うことがある。


「アリア。気持ちは嬉しいが、俺の理想は俺が叶えるし、ヴァルキュリア家も叩き潰す。それは俺がやるべきことだからな」

「むーん……分かった。でもお手伝いはするからね。カイツの理想は私も叶えたいし!」

「ありがとう。もしもの時は頼りにしてる」


 俺が彼女の頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑い、耳をぴょこぴょこさせる。こういうところは変わってないんだな。他には少し変わったところもちらほらあるんだが。


「それで? お前はここに何しに来た? 兄様といちゃつきに来ただけか?」

「ううん。残念だけど今日はそのためだけに来たんじゃないよ。ここにいるメンバーとクロノスのこと。ロキ支部長が呼んでたよ」



 俺たちは訓練場を出て支部長室に入った。


「やあやあよく来たね。待ってたよお。もしかしたら来ないかもと思ってドキドキしたよん」


 このメンバーってヴァルキュリア家と戦ったメンバーだな。なぜ呼ばれたんだ。


「さて。君たちに来てもらったのは他でもない。この前の戦いはかなり大変だったらしいし、慰安旅行に行ってもらおうと思ってね」

「慰安旅行。ですが、今はヴァルキュリア家のことが」

「分かってるよ。ヴァルキュリア家の方も早急に片付けないといけない。だがそれには事前準備が必要だし、奴らの居場所を見つけなければどうしようもない。次の戦いに備えて休息をとるのも立派な仕事だよ」

「分かりました」


 タルタロスでは色々ありすぎたし、休息をとりたいとは思っていた。支部長の意見にも一理あるし、ここは甘えることにしよう。


「ちなみに慰安旅行の場所はここだ。常夏のリゾート、エーギル島。毎年100万人近くの観光客が訪れると言われている超人気スポットだ。存分に楽しんで来たまえ」

「凄いですね。そんな人気スポットを貸し切りに。どうやってやったんですか?」

「ま、色々とやったりお金払ったりね」

「ずいぶんと至れり尽くせりだな。何か裏でもあるのか?」


 ニーアがそう質問してくると、支部長は笑みを浮かべて答える。


「別に裏なんて無いよ。君たちはヴァルキュリア家に関して有益な情報を持ってきてくれたし、面白いものを見せてくれた。それに君たちは騎士団の中でも実力が非常に高い。強い者に褒美を与えるのは当たり前のことだと思うが?」

「……まあ、一理あるな」

「さて。出発は2日後だ。万全な準備をしてくれよ。楽しい楽しい慰安旅行にするためにもね~」


 少し気になる所はあるが、皆と旅行できるのは嬉しい。旅行なんて初めてのことだし、何が待ってるか楽しみだ。








 とある館。壁や天井が真っ赤に塗りたくられており、肋骨を模したような骨の飾りがあちこちにある。そこにある赤いソファーに座り、本を読んでいる男がいた。スーツ姿に茶髪。眼鏡をかけた男、プロメテウスだった。そこに近付く男が1人。真ん中分けの黒い髪、真っ赤に染まった左目、草食系男子を思わせるような中性的な顔立ちだが、その鋭い目は獣を思わせるような恐ろしさがある。


「よおプロメテウス! 久しぶりだなあ。元気してたか? はっはっはっはっは!」


 男は楽しそうに笑いながらプロメテウスの肩を叩く。プロメテウスの方は酷く不快と言いたそうな顔だったが、特に何も言わなかった。


「何の用ですか。ヴァーユ」

「いやー。久しぶりに楽しい奴と会えたからつい嬉しくなっちまってよ。にしてもプロメテウス。お前痩せたか? だめだぞ。ちゃーんと肉食わないと死んじまうぞ?」


 男は陽気にそう言って、プロメテウスの腕をペチペチ叩く。


熾天使セラフィムの適合者はその程度で死にませんよ。それと、肉はちゃんと食べてますのでご心配なく」

「そっかそっかー! それは悪かったなあ。はっはっはっは!」


 男はまた大笑いしながらソファーに腰掛けた。


「ひゅー、相変わらずここのソファーは快適だな。笑いが止まらねえよ! はっはっはっはっはっは!」

「うるさいですからあっちに行ってくれませんか? 読書中なんですよ」

「はっはっはっはっは! 読書には楽しい笑いが不可欠だろ? ぜーったいそうだよ。そうに決まってる。俺がそう決めた! はっはっは!」

「……はあ。相変わらず自分勝手でうるさいですね。なんでそんなに笑っていられるんでしょうか」

「はっはっはっはっは! 知らないのかプロメテウス。笑う門には福来るという言葉があるんだ。だから俺は笑ってるのさ。はっはっはっはっはっは!」

「流石に時と場合を考えてほしいですが」

「善処しよう。はっはっはっはっはっは! とそうだ。大事なことを忘れてた」

「なんですか。忘れ物でもしましたか?」

「違う違う! 馬車の予約をしてたんだよ」

「馬車? どこに行くんですか?」

「常夏のリゾート。エーギル島さ!」

「エーギル島? あんな無人島に何の用があるんですか」

「ふっふっふっふ! そのエーギル島にヴァルハラ騎士団の奴らが来ると聞いてな。そいつらと遊んでくるのさ」

「待ちなさい。ヴァルハラ騎士団と接触するのはまだ早すぎます。まずは六神王が揃ってから」

「俺はやりたいときにやりたいことをやるのがモットー! 早速行ってくる!」


 彼はそう言ったかと思いきや、あっという間に走り去って行った。


「ちっ。あの自己中男が」

「まあ良いじゃないですか。これはこれで面白そうですし」


 そう言って1人の女性が近づいてきた。長い茶色の髪や黒い水で胸や股付近などを隠し、大人しめな顔つきと垂れた目の女性、カーリーだった。


「ボス。しかし」

「六神王が1人減ったところで、特に問題ありませんよ。計画はちゃーんと建ててますから」

「計画……本当にちゃんと建ててます? あなたは基本、自由気ままに動いていてるイメージしかありませんが」

「ふふふ。否定はしませんが、今回はちゃーんと計画建ててますから大丈夫ですよ。多分」

「不安しか感じませんが……まあ良いでしょう。私は自分の目的が果たされるなら、それだけで良いです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る