第129話 ノース支部への帰還

 馬車に揺られること数時間。皆が変わりばんこで俺の膝の上に乗られながら話をしたり雑談をしたりして過ごし、ノース支部にたどり着いた。


「ん~。ここに戻るのも久しぶりな気がするわ」

「確かにね。なんだか実家に帰ってきたって感じがするよ。心が落ち着く」

「確かに心が落ち着くな。我の心がここまで落ち着いて楽しい場所など、この居城以外にはありえないだろう」


 ウルが伸びをしながら言うと、ダレスとラルカも続くように言った。実家に帰ってきた感じというのはよく分からないが、確かに心は落ち着く。


「まずは報告しないとな。あっちで色々ありすぎたし、ニーアのことも話さないとだし」

「そうね。受け入れてくれると良いのだけど」


 俺とウルがそう話してると、ニーアが話す。


「心配ないさ。奴らは私を受け入れざるを得ない。なんの問題もなく行けるはずだ」


 この自信はどこから湧いてくるんだ。もしかしてヴァルキュリア家でのことは事情があったから無罪にしてもらえるとでも思ってるのだろうか。だとしたら楽観的すぎると言わざるを得ないが、彼女はそこまで馬鹿じゃない。何かしらの根拠があるから言ってるのだろうが、それが何か分からない。一体何なのだろうか。


「とりあえず、報告は俺とニーアだけで行ってくる。皆で行く必要もないしな」

「そうね。じゃあとりあえず、ここで解散ね。私は医務室行ってくるわ。体が問題ないかチェックしないといけないし。ダレスはどうするの?」

「私はビューリスカフェに行ってくるよ。今の時間なら、ブレイクボクシングの試合が始まってるだろうからね」

「また見に行くの? ダレスは本当にブレイクボクシング大好きよね。私あれ怖くて見に行けないわ。血や歯が飛び散ってくるし、選手の顔も怖いし」

「何を言うんだい。それが良いんじゃないか。鎧も服も脱ぎ捨てた男たちが、己の勝利のために拳をぶつけ合う。あれは絶対に見るべきものだよ。なんなら診察終わった後一緒に見に行く? 見どころとか教えてあげるよ」

「遠慮するわ。あの血みどろの光景は見たくないもの」

「そうか。じゃ、また後で。さて、ダッシュで行くか!」


 ダレスはそう言って町の方へ走り去っていった。


「それじゃ。私も失礼するわ。ラルカはどうするの?」

「我は自分の部屋に戻る。色々ありすぎたし、ゆったり寝たい。右腕も報告が終わったら、ゆっくり休むんだぞ~。またな」

「おう。またな」


 ラルカとウルも去り、残るは俺とアリア、クロノス、ニーアの3人となった。


「私も失礼しますね。少し調べることがありますので」

「おう。分かった」


 クロノスが去って、残りは3人となった。


「では行こうか。兄様」


 彼女が俺の手を掴んで隣に来て、一緒に行こうとすると、アリアが何も言わずに俺の腕を掴んで隣に立つ。


「アリア?」

「速く行こう。説明しないといけないこともたくさんあるんでしょ?」

「あ……ああ。そうだな」





 支部に入り、俺は支部長室へ進んで扉をノックした。


「入って良いぞ」


 扉を開けると、ロキ支部長が机の上に足を乗っけて椅子に座りながら、巨大な瓶に入った水を細いチューブで飲んでいた。突っ込みどころが多すぎるんだが。


「ロキ支部長。どうしてそんなでかい瓶で水を飲んでるんですか?」

「ああ。最近どうしようもなく喉が渇くからね。こうでもしないと干からびそうなんだよ」

「それ。何かの病気じゃないんですか? 病院に行った方が良いんじゃ」

「問題ない。少し疲れているだけだからね。数日こうしてれば何とかなるさ。それより、君の隣にいる美少女は誰なんだい? また女をひっかけたのか?」

「変な言い方しないでください。彼女はニーア・ケラウノス。元ヴァルキュリア家のメンバーで、今はこちらに協力すると言っています」

「ほお。元ヴァルキュリア家の人間か。一体どういう風の吹き回しなのかな?」

「この手で殺したい奴がいるから裏切った。いや、裏切ったという表現も正しくないな。元々仲間だと思ったことも無かったし。事情があって奴らについていただけに過ぎないからな。まあ口で言うのは面倒だし、これを見てくれ」


 ニーアは何枚かの紙を取り出し、それをロキ支部長に渡した。


「ふむ。なるほどねえ。分かりやすく書かれていて助かるよ。君がヴァルキュリア家と敵対する理由は理解できた。良いだろう。君を騎士団に置くとしよう」

「な!? 良いんですか支部長!」

「なんだ。私の決定に不満でもあるのか? その子は君の義理の妹だし、罪人扱いされずに騎士団に入ってくれるのは嬉しいと思ったが」

「そりゃ嬉しいですが、彼女はアルフヘイムの惨状の原因の1つです。そんな簡単に受け入れて良いんですか?」

「多分問題ないさ。それに、こいつが好き勝手動くのも危ないからね。こいつはヴァルキュリア家の情報をたっぷり持っているし、実力も高い。手の届く範囲に監視しておかないと不安で仕方ないよ。今はカイツ君に懐いてるみたいだし、利用できるときに利用しておきたい。もちろん君のやってきたことを許すわけではないが、その辺は追々贖罪だのなんだのしてもらうとしよう」


 なるほど。支部長も考え無しにニーアを入れるというわけでもないようだ。少し不安な所もあるが、今はそれで良しとするか。


「それより、そこのアリアちゃんだよ。ずいぶん姿と魔力が変わったね。それが本来の姿かい?」

「そう思ってくれれば大丈夫」

「ふむ。君もニーアと同じような扱いで良いのかい? ウルの話では、事情があって騎士団を離反したみたいだが」

「……同じ扱いだと助かるかな。この姿になったきっかけもガルードの用意した薬のせいだし」

「なるほど。今はもう大丈夫だと?」

「うん。これからは騎士団にも、カイツにも協力していくよ」


 薬のせいで裏切ったわけでもないが、今は黙っておこう。変に状況を悪くしたくないし、彼女は多分元に戻ったはずだ。少し怪しい所はあるが。


「ふむ。まあ君は一般人に被害を与えたわけでもなさそうだし、騎士団に戻っても問題は無いだろう。後で色々書類を書いてもらうけど、多分問題なく終わるさ」

「うん。それなら良かったよ。カイツと一緒にいれなくなるのは嫌だからね」


 そう言って、彼女は腕を組む力を強める。まるで、二度と離さないと言外にアピールしているかのようだった。




 支部長室での話を終えた後、俺は屋上に行き、夜風を浴びていた。ニーアとアリアは俺の部屋でのんびりしてもらっている。

 ヴァルキュリア家と戦って色んなことあった。六神王の存在、ネメシスやニーアのこと。アリアとの仲直り。弱者に虐げられない世界を作るためにも、ヴァルキュリア家は絶対に滅ぼさないといけない存在だ。そして俺自身の決着をつけるために。


「出て来いネメシス。中にいるんだろ」


 俺がそう言うと、銀髪の女性が目の前に現れた。体は下に行くにつれて体が薄くなっており、足の部分は消えてしまっている。雪のように白い肌を持ち、目は血のように赤く染まっている。


「ハロー、カイツ。また会えて嬉しいわあ」

「まさか俺の体の中にいるとは思わなかったよ。何を企んでる」

「さあ? 私は何を企んでるのかしらね。私にもよく分からないわ」

「ふざけるな。お前が起こした5年前の事件。あの時から……いや、その前からお前は何を考えて動いていたんだ!」

「私の望みはとってもシンプルよ。あなたを私のものにする。ただそれだけ。そのためにも、色んな事に手を出してるのよ。あなたの中にいるのもその一環。まさかミカエルと契約するとは思わなかったけどね。おかげで計画がとってもずれちゃったわ」

「お前が何を考えてるかは知らないが、俺の大切な人を傷付けるというのなら、お前でも容赦はしない。完膚なきまで叩き潰して殺す!」

「ふふふ。怖い怖い。ところで大切な人って、アリアやニーアのことかしら? 彼女たちのこと、愛しているの?」

「愛してるよ。それがなんだ。今度はあいつらに手を出すつもりか?」

「そんなことしないわよ。いま戦ったら返り討ちにされそうだし、あの神獣は相性が悪いし。あなたに忠告してあげるわ。本当に大切な人は……愛する人は1人にしておいたほうが安心よ。私みたいな化け物を生む前にね」


 そう言うと、彼女は煙のように姿を消した。


「お前の忠告なんざどうでもいい。俺はやるべきことをやるだけだ」





 カイツの部屋。アリアとニーアは互いに睨み合っていた。


「ねえ。あなたの目的って、ネメシスやヴァルキュリア家の抹殺ってところで良いの?」

「それはついでだ。私の目的はあくまで兄様といちゃいちゃラブラブすること。それを果たすためにはヴァルキュリア家が邪魔なんでな」

「そう。アルフヘイムでのあれこれも、その目的ために動いてたの?」

「まあな。特殊実験体とか言われてる妖精をいじってネメシス特攻にしたりな。あれは大して役に立たなかったが」


 アルフヘイムでルサルカを改造したのはニーアであり、その目的はカイツの中にいるネメシスを殺すためだった。


「本当なら今すぐにでもネメシスを殺したいが、あれが表に出てない状態で攻撃するのは危険だからな。あれが表に出るまでは、私は傍観を続けるしかない。だが奴は必ず出てくるはずだ。奴には何らかの計画があるみたいだからな。奴とヴァルキュリア家を叩き潰せば、兄様とイチャラブできるわけだ」

「ふーん。一応の利害は一致してるんだ。じゃああまり敵対しない方が楽だね」

「そういうお前の目的は何だ? 何をしたい?」

「そんなことも分からないほど馬鹿じゃないと思うけど……それとも違う目的を言ってほしかったりするの?」

「……お前の目的が私の考えてる物なら、私はお前を」


 ニーアの手に緑色の光が集まる。それと同時に強い圧が部屋を包む。常人ならすぐに失神するほどには強大だが、そんな状況でもアリアは薄ら笑いを浮かべていた。


「まあまあ。そんな殺気立たなくても良いじゃん。今一番邪魔なのはヴァルキュリア家とネメシスだし、それを何とかしてから、私たちの決着をつけようよ」

「それまでに、お前が考えを変えてくれることを願うよ。ネメシスのような奴を何人も相手にしたくないからな」

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