第124話 ミカエルとの契約

 しばらくして目を覚ますと、俺は雨が降りしきる森の中にいた。自分の景色が信じられなかったが、周りを見て現状を把握することが出来た。周りの床が焼け焦げており、壁や部屋の設備が消し飛んだり炭になったりしていた。そこから先は隕石が落ちたかのような巨大で深いクレーターがあり、底が見えなかった。俺を中心にして小さな足場があるということが分かった。


「なんで……こんな……?」


 腕を動かそうとした俺は、その時になってようやく自分の状態に気づいた。半身が消し飛んでおり、右腕が無くなっていた。


「くそ……ネメイツたちも守れずに……このザマかよ」


 痛みはなく、ただ意識がゆっくりと消えていくような感覚。何も考える気が起きず、ただ死ぬんだということだけが理解できた。


「ネメイツ、ニーア、テルネ……ネメシス……俺は、お前たちを守るために」


 そう決意したはずなのに誰も守ることも出来ず、全てを失い、ネメシスに刺されて恨まれる始末だ。こんな馬鹿な奴が誰かを救うなんて、滑稽も良いところだ。


「そんな俺には……相応しい結末かもな」


 雨に濡れていると、少し先に見える森に淡い紫色の光が見えた。その光は徐々に近づいて行く。それは紫色の球のようで、森を抜けて俺の前に現れた。


「誰だ……お前」

「妙な気配を追って来てみれば、どえらいことになっとるのお。この爆発はお主が原因じゃな?」

「さあ……多分そうなんじゃないか」

「……まともに会話する気なさそうじゃの。しかし、人間がここまでの力を持ってるとは思わんかった」

「人間……てことはお前は、人間じゃないのか」

「ほお。そんな状態なのに頭の回りは早いんじゃな。凄いもんじゃ。くふふふ。少し興味が湧いてきたわ。お主、生きたくないか? 妾の力なら、お主の体を完全に治す事が出来るぞ」

「俺の体を……治せるのか?」

「ああ。損傷が酷いが、妾の力ならその程度の傷は簡単に治せる。妾は最強にして崇高なる精霊。全盛期より力は劣るものの、人間の修復ならちょちょいのちょいじゃ」


 ずいぶんと大言壮語な精霊だな。だが、彼女の言ってることが本当なら。


「それなら……ネメイツとテルネ、ネメシス、ニーアを生き返らせてくれ!」

「誰じゃそいつらは?」

「大切な人たちだ……彼女たちを殺した俺に生きる価値はない……だから頼む……その力は俺じゃなくて、彼女たちを生き返らせるのに使ってくれ! あいつらには元気でいてほしいんだ!」

「それは構わぬが、妾が他の者たちの治療に専念しとったら、お主は死んでしまうぞ。それでも良いのか?」

「そんなことはどうでもいい! 俺はあいつらを守れずに殺してしまった……ならせめて、生き返らせて自由を与えたいんだ……頼む!」

「……面白い男じゃな。そんなボロボロになっても、自分のことなど気にせず、他人を助けると。なぜそこまでする。お主にとって、そやつらがなんだというんじゃ」

「大切な人たちだ。俺に優しさや愛情、ぬくもり。数え切れないほどの多くの物をくれた。だから俺は、そいつらを助けたいんだ……彼女たちが死ぬのは嫌だし、恩返しも出来ないままに別れるなんて嫌だから」

「ふむ。なるほどのお。くふふ。くふふふふ、ほんとに面白い人間じゃ。気に入ったぞ」


 そう言うと、紫の光の球が変化し、ある形へと変わっていく。天使を思わせるような羽が3対6枚生えており、髪は俺と同じ銀色。髪は腰まで伸ばしており、美しくなびいている。頭からは狐のような耳が生えている小さな少女だった。まるで人形のようだが、彼女はちゃんと生きている人間ではないなにかだ。


「お主の体を修復して、契約してやろう」

「契約? そんなのどうでもいい! 早くネメシスたちを」

「残念じゃが、妾が治せるのは、生きている存在のみじゃ。死人を蘇らせることはできん」


 彼女から告げられた一言に、俺は絶望する。つまり、彼女の力があってもニーアたちを生き返らせることはできない。その事実が刃のように俺の心に突き刺さる。


 最悪の気分だ。せっかく、彼女たちが蘇るかもしれないと思ったのに。彼女たちが生き返らないなら、俺はどうすれば良いんだ。何をすれば。


「……そうか。最強で崇高なる精霊も、案外大したことないんだな」


 何もかもどうでも良くなったせいか、そんな酷いことを言ってしまった。しかし、彼女は特に気にしてないようで、申し訳無さそうな顔をする。


「それを言われると辛いの。じゃが、お主に力を与えることは出来るぞ」

「……力。それはどんな力だ? 嫌いな人間を殺せる力か?」

「そんなちっさいものではない。妾の力は、世界を壊し、作り変えるほどのものじゃ。お主が欲しいなら、その力を貸してやるぞ」


 彼女の言葉に、俺は目を見開く。世界を壊して作り変える力。こいつがそんな力を与えてくれる。それだけの力があれば、ヴァルキュリア家の奴らを皆殺しにできる。


「くふふふ。ずいぶん食いついとるのお。殺したい敵でもおるのか?」

「ああ……この手でどうしても殺したい奴らがいる」


 俺がやろうとしてるのは、ただの八つ当たりなのかもしれない。だが奴らを殺す以外に、俺が彼女たちに出来る償いが見つからなかった。

 ヴァルキュリア家の奴らを殺せるなら、俺は悪魔にだって魂を売る。それしか、彼女たちに出来る償いは無いのだから。


「だから力を寄越せ! 俺と契約しろ!」

「くはははははは! 殺意と生への欲望がえらく強くなったの。やはりお主は面白い。良いじゃろう。契約成立じゃ。お主の野望のため、妾がこの力を貸してやる!」


 彼女はそう言って俺に手をかざす。すると、紫色の魔法陣が現れ、優しい光が俺を包み込む。光の中はとても暖かく、俺の体を修復していった。みるみるうちに体は修復していき、数分も経つ頃には完全に治って立つことも出来るようになった。


「さて。後はこうするだけじゃ!」


 彼女は再び紫色の球になり、俺の体の中に吸い込まれるようにして入っていった。その瞬間、体の中から力が溢れるような感じがした。


「これが……お前の力か」

『ミカエル。それが妾の名前じゃ。お前と言われるのはなんか嫌じゃからそう呼べ』

「ミカエル。分かった」


 この力。薬を打ちまくったあの時よりは小さいけど、鍛え方次第ではあれを遥かに超えるということは理解出来た。この力があれば、ヴァルキュリア家を殺せる。けどその後は何をすれば良い。何のために生きれば。


【私はこの世界を変えたい。弱者を踏みにじり、ふざけた奴らがいないような世界を作りたい】


 そんなとき、テルネの言葉を思い出した。そうだ、彼女は弱者が踏みにじられないような世界を作ろうとしていた。俺が彼女を殺したから、その望みを断ってしまった。ならば。


「ミカエル。俺は、弱者の踏みにじられない世界を作る。ヴァルキュリア家のようなふざけた奴らがいない世界を」

『ほお。大きく出たのお。しかし、そのぶっ飛び具合はなかなかに面白い。ええじゃろう。お主の理想を叶えるため、妾が全力で支援する』

「ありがとう。ミカエル」

『にしても、お主は大変じゃな。こんな化け物を体の中に飼っておったとは……いや、寄生されてるという方が正しいかの?』

「? 何か言ったか?」

「なんにも。とりあえず、人のいるところに行くぞ。何をするにしても、それなりの準備が必要じゃ。お主の服も新調せなあかんからの。ここから南に数キロほど行けば、村があるはずじゃ。まずはそこに行くぞ」 

「了解……テルネ、お前の望みは俺が叶える」


 俺は弱い。弱いから彼女たちを守ることができず、死なせてしまった。彼女たちは俺が殺したも同然だ。

 彼女たちに報いるためにも、俺は強くならないといけない。強くなってヴァルキュリア家を滅ぼし、テルネの夢を叶える。それが俺のやるべきことだ。

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