第117話 残酷で外道なる一族
翌日。その日は珍しく実験が無く、1日を部屋の中で過ごすことが出来た。
「カーイーツー!」
することもなくぼーっとしていると、いきなりネメシスに抱き着かれてきた。
「のわ!? ネメシス」
「ふふふ。良い匂いするわねえ。最高♪」
彼女はそう言いながら俺の首元の匂いを嗅ぐ。
「ちょ、それやめてくれ。変な感じするから」
「良いじゃない。これぐらい許してよ~♪」
なぜかは分からないが、昨日治療した日から、異常なくらいに距離が近くなっていた。
「カイツー。カイツー。ふふ。本当にありがとうね。あなたのおかげで、こうして元気に過ごせるわ」
「俺がやりたくてやっただけだし、そこまで気にしなくても良いよ」
「そうはいかないわよお。あなたのおかげで、こうしてあなたのぬくもりを感じられるのだから」
彼女は更に体を密着させ、首に顔をうずめる。なんだかむずかゆいし、顔が赤くなっていくのが分かる。
「ふふ。赤くなって可愛いわねえ。ふう」
「ふきゅ!?」
いきなり耳元に息を吹きかけられ、奇妙な気分になった。
「なにすんだよ。たく」
「ふ~ふっふ~。可愛いわあ。カイツってかっこよくて可愛くて最強ね!」
「言ってる意味がよくわからん」
どうしようかと思っていると。
「お前は何をしてるんだ」
「ふぎゃ!?」
どこかからトランプが飛び出し、彼女の頭に直撃した。飛んできた方を見ると、ニーアが不機嫌そうな顔をして立っていた。
「もう。なにするのよ」
「カイツが迷惑そうにしてたからな。邪魔な虫を追い払おうとしただけだ」
「ニーア。なんかあったのか? やけに機嫌悪そうだけど」
「……別に。それより、トランプで遊ぼう。昨日は姉さまが倒れたせいで決着付けられなかったからな」
「良いわね。今日は私の完全勝利で終わらせちゃうわよ〜」
「申し訳ありませんが、トランプ勝負はまた今度にしてください」
水を差すように聞こえてきた声の方を振り返ると、スーツ姿の茶髪の男が屈強な男を何十人も連れて立っていた。彼の眼光からは気味の悪いものを感じた。
「!? あいつは」
「知ってるのか。ニーア」
「プロメテウス。ヴァルキュリア家の一角だ。だが、なんでこんなところに」
「まともな理由じゃないことは確かだな」
俺はニーアたちの前に立ち、スーツ姿の男を睨みつける。
「何の用だ。ネメシスになにかしに来たのか?」
「ふん。あんな劣等種に用はありませんよ。用があるのは、あなたとニーアです」
「俺とニーア? どういう意味だ」
「2人は数ある実験体の中でも優秀な素体ですからね。未来のことを見越し、私達の仕事内容を見学させたいのですよ。特にカイツ、あなたはとても素晴らしい。天使研究用の薬を投与されただけで翼を発現させる。あなたのような素体は見たことありません。ですから、取り込むためにも学んでほしいんですよ。私達の素晴らしさというものを」
「……断ったらどうするんだ?」
「ここで全員皆殺しにします。いくら優秀な素体でも、言うとおりに動かないカスなどいりませんから」
その瞬間、空気が重くなり、なにかに押しつぶされそうな圧を感じ、自分の死というものを知覚させた。本能的に理解した。こいつは絶対に敵に回してはいけないということが。
「カイツ。心配するな。私なら大丈夫だ。だから」
「……わかった。お前の言う通りにする」
「賢明な判断です。あなたが利口で良かったです。ここを血まみれにしたら、ボスや研究者がうるさいですからね」
「……カイツ」
「心配するなよ。ネメシス。すぐに戻って来る」
「ああ。戻ったら、また沢山遊ぼう」
「……分かった」
その時、彼女の顔はうつむいていて、どんな顔をしてたのか分からなかった。俺は泣いてる顔を見せたくないと思って顔を下に向けてると思い、スーツの男についていってその場を後にした。
奴らと一緒に馬車に乗って移動することになった。数が多かったので、何台も馬車を動かして移動している。何十分か馬車に揺られた後、俺たちはとある町へとやってきた。町に着いたら周りにいた屈強な男たちは俺たちの元を離れ、そこはうさぎの耳が生えた人間や鳥のような羽が生えた人間など、町を歩く半分くらいの人に動物の一部ようなものが生えており、身長は明らかに2メートルを超えるほどの巨漢だ。
「プロメテウス。ここはどこだ?」
「ここはデミウスシティ。亜人族と人間が交流する町です」
「亜人族?」
「あちこちにでかい人が見えるでしょう。彼らは亜人族といって、人間より高い身長、動物の体の一部がどこかに生えているのが特徴です。そして、人間よりもはるかに高い耐久力を持っています。噂レベルの話ですが、心臓に穴が開いても1週間は生きられるとか」
「それは凄いな。それで? これからする仕事はなんなんだ?」
「すぐにわかりますよ。面白いものを見せてあげます」
彼が指を鳴らすと、町のあちこちで大爆発が起こり、衝撃波や風が俺たちを襲い掛かる。
「ぐ!? なんだこの爆発は!」
「ふふふふ」
町の人たちは慌てふためき、どこかへと走り出していく。
「逃げろおおおおお!」
「いやあああああああ!」
市民たちは泣き叫んでる間にも爆発は次々と起こり、建物の破壊、市民の泣き叫ぶ光景が目に映る。
「おい。なんなんだこれ」
「町の制圧ですよ。さっきの爆発は筋肉男が起こしたものです。彼らは特殊な措置をしていましてね。私の合図で爆発して町を破壊することが出来るんです」
「は!? お前、あの人たちを捨て駒にしたのか? こんなくだらないことのために」
「くだらないとは酷いですね。私たちの研究のために、これは必要なことなんですよ」
彼が再び指を鳴らすと、地面を突き破って巨大な蔦が飛び出し、それが何人もの人や亜人族たちを捕らえて行く。
「な、なにこれ!? 逃げられないじゃないか!」
「くそおおおおお! 離れろ! 離れろ!」
「ママあああああ! 助けてええええええ!」
泣き叫んでる市民たち。彼はその叫びを心地よさそうに聞いており、笑顔になっていた。
「ふふふ。悲鳴というのは、いつ聞いても良い物ですねえ。耳がすっきりしますよ」
イカれてる。俺はプロメテウスに対してその印象しか持つことが出来なかった。何の罪もない人を痛めつけ、苦しめることに一瞬の躊躇もない。俺たちを苦しめ、何人もの子供を殺したあの実験。奴らはその材料確保のためだけにこんなことをしている。俺は奴のことが同じ人間に見えず、化け物のようにしか映らなかった。
「カイツ」
そんな中、ニーアが怯えながら俺の体にしがみついた。彼女がこんなに怯えてる所なんて初めて見た。
「私。こんなの見たくない。なんであいつは平気で人を殺せるんだ」
あんな化け物をみたら怖がるのも無理はないと思った。自分だって今にも泣きたいぐらいには怖い。けどそれは許されない。俺が泣いたら、彼女がもっと不安になる。こんな彼女の顔は見たくない。彼女を安心させるために俺が出来ることは。
「……プロメテウス。俺は近くにいる亜人族を捕らえる。別行動しても大丈夫か?」
「ん? ふむ……まあいいでしょう。こっちを攻撃してくる命知らずもいないでしょうし、あとは子供でも出来る。では任せます」
「ありがとな。行くぞ。ニーア」
「カイツ? わ!」
俺は彼女を抱きかかえ、町の中を駆け抜けていく。走っている最中も、逃げ惑う人たちや苦しんでる人たちを見て、罪悪感で心が潰されそうだった。
けど、今の俺には彼らを助ける力なんて無かった。あの時でた黒い翼の出し方なんて分からないし、分かったところでどうしようもないほどに実力差がひらいてるということは何となく理解できた。だから逃げるしかなかった。
町を抜け、近くの野原まで走り、岩場に腰を下ろした。
「はあ……はあ。ここまで走れば、少しはマシだろ。ニーア。大丈夫か?」
「大丈夫。さっきの所よりはだいぶマシだ。すまない」
「良いよ。俺もあんなところにいたくなかったし。にしても」
町の方を見ると、巨大な蔦が人々や建物を襲いながら暴れ狂っていた。あんなふざけたことが出来るやつがいるとは思わなかった。
「……ニーア。俺はあいつらを殺す。そして、お前たちを自由にする! そしたら、どっかのどかな場所で暮らそう」
「それは嬉しいが……無理だよ。ヴァルキュリア家の力は常軌を逸している。あいつらに勝つことなんて」
「勝つ! 俺は奴らの人体実験に耐えて、奴らよりも強い力を手に入れる! そうすれば、誰も苦しむことなく、お前たちを笑顔に出来るはずだ」
「……どうしてそこまで。私たちはそんなに長い時間を過ごしたわけでもないのに」
「お前たちと一緒にいたいからだ! お前たちと過ごす時間はすっごい楽しくて、色んな遊びが出来た! 俺はあの楽しい日々を過ごすためにもあいつらを殺す! お前らには笑顔でいてほしいから」
「……はあ。よく分からないし、滅茶苦茶な理由だな」
「む……悪かったな。めちゃくちゃな理由で」
「でも、ありがとう! カイツがそう言ってくれるだけで嬉しいよ」
「俺は一度言ったことは絶対に叶える! あんなやつらが人を苦しめるのを見てるだけなのは嫌だし、ニーア達には自由に過ごしてほしいから」
「そうか。なら、その日が来るのを楽しみにしてる」
そう言って笑う彼女は、ネメシスに負けないくらい可愛くて、絶対に守りたいと思い、いつか力をつけて彼女を解放すると、改めて誓った。
「これは」
「……酷い」
プロメテウスが迎えに来た後、俺たちは改めて町の中に入ることになった。町の中は惨憺たる有様だった。あちこちの建物に穴が開き、原型が分からないほどにぐちゃぐちゃな死体の山。抉られた地面。ここが沢山の人が行き交う楽しそうな町だったと言っても、誰も信じないだろう。
「こんなことを」
「あはははは。今回は殺しはダメだったんですが、楽しくなってついやり過ぎちゃいましたよ。ま、ボスはお優しいので多分大丈夫でしょう」
「……思うことは……ないのか?」
「めそめそ泣いてれば満足ですか? では次一緒に仕事する時はそうするとしましょう。ははははは!」
彼は笑いながらどこかに行ってしまった。町の中を歩いてる最中、何かの声が聞こえた。
「カイツ?」
「声……いや、泣き声か?」
俺はかすかに声のする方へと進んでいった。瓦礫で狭くなってる入り口を通り、建物の中へと入っていく。
「うあー! あうあー!」
明確に聞こえてくる声。その声のする方に行き、鍵のかかったクローゼットの扉を破壊すると、そこには白いタオルのような布に包まれた1人の赤ん坊がいた。漆のように黒く美しい髪に紫のメッシュのような模様が入っていた。
「カイツ。一体なにを……この子は」
「多分、プロメテウスの攻撃から親が守ってくれたんだ」
「うあーーー! ああーー!」
この子をここに置いておけば、間違いなく死ぬ。かといって連れて行ったところで、この子が生きられる保証もない。こんな幼い子が人体実験に利用されたら間違いなく殺される。だけど。
「カイツ。その子どうするんだ?」
「助ける。この子を研究施設に連れて行く」
「本気か? あんなイカれた場所に連れてくなんて。それに育てるのも大変だぞ」
「それでも連れてく」
連れて行って助かるかは分からないけど、このままここにいても助かる保証はない。誰かが来てくれるかは分からないからな。それに、この子を見捨てるなんて出来ない。だから。
「連れて行こう。彼女のことはなんとかして守る。こんな子を人体実験の材料にはさせないし、ここで死なせもしない。穏やかで自由な生活を与える」
「……全く。誰もかれも助けようとして大変だな」
「別に大変じゃない。俺がやりたくてやってるだけだからな」
町の人たちを俺は見捨てた。だからこの子は絶対に守ってみせる。それが、俺に出来るせめてもの償いだ。
「必ず守る。そして、こんな地獄を生み出した元凶をぶっ潰す。だから、少しだけ待っていてくれ」
俺は赤ん坊を抱きかかえてそう言った。
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