第109話 混沌なりし局面

 メリナの飛び蹴りがカイツに当たるかと思われた瞬間、緑色の魔法陣がその攻撃を防いだ。


「兄様に手出しはさせない」


 魔法陣が輝くと、リナーテは弾き飛ばされてしまった。


「兄様!? つかあんた誰!」

「ニーア・ケラウノス。兄様の妹だ」


 そう言いながら、白髪の女性は彼に抱き着き、カイツは顔を赤くする。


「おいニーア。その格好で抱き着くな」

「えー。もう何度も抱き着いてるんだし、今更じゃないか。兄様はうぶで可愛いな」

「! 私の前でいちゃついてんじゃないわよおおおお! アタックコマンド」

「落ち着けリナーテ」


 攻撃しようとするリナーテを、メリナが抑える。


「メリナああ! 私にあいつを殺させてえ! ついでにカイツをぶちのめさせてよおお!」

「落ち着けって。私も殺意がたっぷりあるし突っ込みたいこともどっぷりあるが、その前に色々整理したいことがある。えっと……ニーアって言ってたよな? 色々聞きたいことがあるから、まずは服を着てくれ」

「えー。もうしばらくこうして兄様の体温を」

「ニーア。服を着ろ。これは命令だ」

「……分かった。兄様の命令だから従おう」


 少しした後、ニーアは黒いコートの服を着て彼らの前に現れた。真っ白な肌に白髪。血のように真っ赤で、大きくつぶらな目をしており、右目に眼帯をしている。服越しでも分かるほどにスタイルが良く、リナーテは自身のスタイルと見比べながら彼女を睨んでいた。顔は大人っぽい雰囲気があり、可愛いというよりは美しいという方が正しい。ウルやダレスなどの気絶してる怪我人たちはカイツがいたベッドに寝かせている。


「さて。整理したいことがあると言ってたが、何を聞きたいんだ?」

「まずお前は誰だ? あと、なんで全裸でカイツと一緒にいた?」

「私はニーア・ケラウノス。兄様の妹にして最強の守護者だ。なぜ全裸で一緒にいたかというと、それが私たちにとっての当たり前だからだ」

「馬鹿なこと言うな。俺たちにそんな当たり前はない」

「あーる。昔の頃はよく裸で寝てたじゃないか」

「お前が勝手に服脱いでただけだろ。ややこしくなるから俺が説明する」

「カイツ。こいつはなんなんだ? お前の妹とかふざけたこと言ってるが」

「あー。話すと長くなるんだが」






 リナーテたちが来る1時間前。


 side カイツ


 目を覚ますと、俺は大きな白いベッドの上で寝ていた。ボロボロだった服はなぜか修繕されており、刀は俺の傍に置いてあった。


「どこだ……ここ」


 痛む体を抑えながら起き上がると、そこは見慣れない景色だった。何もかも真っ白で単純な部屋。一体どういう場所なんだ。


「いや……そんなことはどうでもいい。速くウルを助けに。アリアもどこに行ったのか分からねえし」


 ベッドから起き上がろうとすると。


「全く。そんな体なのにずいぶん無茶するな」


 声のした方を見ると、そこにはイシスがいた。


「お前。なんでここに」

「私が運んできたからに決まってるだろ。安心しろ。ウルとやらがどこにいるかは分からないが、アリアは別の場所で監き……ではなく安静にしている」

「おい。今何て言った」

「それはどうでも良い。カーリーも放置するみたいだし、ヴァルキュリア家もそれなりに混乱してるから、ようやくこの仮面を外せる」


 彼女がピエロの仮面に手をかけると、黒い魔法陣が展開され、仮面が外させないように彼女の手を防ぐ。


「邪魔だ」


 彼女はその魔法陣をものともせずに破壊し、仮面を外した。真っ白な髪に血のように真っ赤で、大きくつぶらな瞳。そして右目にされている眼帯。その綺麗な顔には見覚えがあった。


「……お前。ニーアなのか?」


 ニーア・ヴァルキュリア。俺がヴァルキュリア家にいた頃、心を許すことが出来た数少ない人。


「ああ。ニーアだ。と言っても、今の私はニーア・ヴァルキュリアでは無く、ニーア・ケラウノスだがな。せっかくだから兄様と同じ苗字にしてみたんだ」

「そんなことはどうでも良い。なんでお前が……というか、なぜヴァルキュリア家に協力していた! お前はヴァルキュリア家のやりかたを嫌ってたはずだ。そんなお前がなぜ」

「奴らにこの仮面を着けられてたからだ。私がさっきまで着けてたのは封呪の仮面。身体能力や魔力を一部制限し、奴らの操り人形にする魔道具だ。壊すのは簡単だが、壊した後が面倒なことになるからな。ヴァルキュリア家に加えて、奴らの分家も敵になって襲い掛かって来る。何の考えも無しに壊せば殺られてしまうから、今まで壊せなかった。だが今ならば、壊してもなんの問題もない。ようやく兄様と素顔で会えた。この時をどれほど待ちわびた事か」


 封呪の仮面。あれのせいでニーアは奴らに従わざるを得なかったということか。だとしても、彼女がアルフヘイムの惨状の原因の1つであったことには変わらない。会えたことは嬉しいが、心から喜ぶには、色々ありすぎる。彼女はそんな俺の気持ちを察したかのように話す。


「分かってる。アルフヘイムを地獄に変えたのは私だし、実験の被害者たちを見殺しにしたのも事実。その罪はちゃんと清算するつもりだ。とりあえずヴァルキュリア家を潰して色々問題を解決した後は、巡礼の旅に出るさ。それより」


 彼女は一瞬で俺との距離を詰めて捕まえ、ベッドに無理矢理持って行って降ろした。


「もうしばらく寝ていろ。応急処置はしたが、兄様はまだまともに動ける状態じゃないんだ。もう少し休んでくれ」

「けど、ウルたちが危ない状況かもしれないのに、寝ているなんて。それに、カーリーを倒さないと、またあいつらの被害に合う人たちが」

「だーめ。そんな体で行っても足手まといになるし、兄様の実力ではカーリーには勝てない」

「……ずいぶんはっきりと言ってくれるな」

「はっきり言わないと兄様は止まらないだろ。伊達に一緒にいたわけではない」


 カーリーには勝てないか。けど、このままここでくつろいでるのが正しいことなのか? ウルたちが苦しんでるかもしれないのに、自分は怪我をしてるからってこんな所で。


「……はあ。兄様は色々考えすぎだ」


 彼女は呆れた様にそう言ってでこピンしてきた。


「お前の他にも仲間がいるんだろ。ならその仲間を信じて任せてみろ。どうせ今の兄様では足手まといにしかならないんだから」

「……でも」

「でもも何もない。兄様は1人であれこれやろうとしすぎだ。自分にやれることをやる。それは大事なことだが、兄様は手を広げすぎてあれこれやろうとしすぎだ。そんなことではいつかパンクするぞ。いや、既にパンクしてるも同然か。仲間だったはずの神獣を手なずけるのに、それだけボロボロになってたら世話無いしな」

「うぐ」


 ここまでズバズバ言われても反論できないのが辛い所だ。ていうか、神獣ってアリアのことだろうけど、んなんでアリアとのいざこざを知ってるんだよ。


「それよりも」


 彼女はいきなり服を脱ぎ、こちらに近づき始めた。


「ニーア!? 何してんだ!」

「せっかく再会できたんだ。少しは兄様を堪能させてくれ」


 彼女は裸で俺に抱き着き、唇を奪った。


「んんっ……ちゅっ。んふ……んぅ」

「んっ……に……あ……んむ」


 息継ぎをしようと唇を離そうとするものなら、ニーアは透かさず唇を重ねる。それだけでなく、彼女は俺の口内に舌を入れて口内を舐めまわす。


「ん、ちゅ……んう……れろ」

「んう……んっ」


 やっと二人の唇が離れた頃にはお互いに肩で息をしていて、口の端々からは唾液が糸を引いて艶めかしく光っている。彼女の顔は紅くなっており、目にハートマークが浮かんでるような錯覚を覚える。


「兄様。兄様兄様兄様!」


 彼女が再び顔を近づけ始めた瞬間、部屋のドアが開いてリナーテたちが現れた。






「というわけだ」


 説明を終えた後、メリナとリナーテはこっちを睨んでいた。


「ふーん。そこの無駄乳白髪……ニーアとキスねえ。いや。私は何も気にしてないよ。なーんにも気にしてないし、怒ってもないよ。ただ羨ま……鬱陶しいなーって思ったり」

「リナーテ。色々抑え切れてねえぞ。気持ちは分からんでもないが」


 突き刺さるような視線が辛い。そりゃまあ、皆必死で戦ってる所で1人くつろいでたら怒りを買うよな。


『そういうわけではないと思うがの。恐らくあやつらは嫉妬しておるだけじゃと思うぞ』

「? ミカエル。それはどういうことだ?」

『あやつらは』


 ミカエルから答えを聞こうとしたが、それを遮るように後ろから声がした。


「なるほど。我が右腕はずいぶんとお楽しみだったようだな」


 いつの間にか復活したラルカが、そう言って後ろから俺の肩に手を置いた。怒りの雰囲気を感じるのは気のせいではないだろう。


「すまない。皆命がけで戦ってたというのに」

「ま、ここまで傷だらけだと仕方ない面もあるか。その状態じゃ戦えないだろ」

「いや。だいぶ回復してきたし、まだ戦えるぞ」

「無理をするな。触れただけで分かるぞ。お前はもうまともに戦える状態じゃない。後の敵は我が引き受けよう」

「お前じゃ無理だ」


 ラルカがやる気になってた所を、ニーアがばっさりと斬り捨てる。


「なんだと!? 貴様。この我を弱いと言うつもりか?」

「ああ。お前は弱い。お前程度じゃカーリーどころかプロメテウスにも勝てん。後は私がやるから、お前たちはここで待機してろ。どうも変な奴らが続々と来てるみたいだからな。おかげでカーリーもそっちに意識をそらしてるから助かるが、これはまずいかもしれない。とりあえず、残りの敵は全員私が殺す」

「待て。カーリーだけは俺がこの手で」

「兄様は戦える体じゃないと言っただろ。それに今の兄様では奴に勝てない!」

「だけど」

「ああもう! 騎士団メンバー。兄様を抑えておいてくれ。私がさっさと片付けに行く」

「はあ? なんで私があんたの言うことに従わないといけないのよ! カイツとキスしたってだけで絶許なのに、あんたに従うの嫌なんだけど?」

「同感だな。我の右腕をたぶらかし、我を侮辱する奴は信用できん!」

「リナーテ、ラルカ。少し落ち着け。気持ちは分かるが今は」

「あんたみたいな女狐はここでぶっ飛ばーーふぎゃ!?」

「ぎゃーぎゃーうるさいよ。落ち着いて寝れやしない。最も、すやすや寝てる場合じゃないみたいだけど」

「同感です。そこまで長い間気絶してないはずですが、何があってどうなってるんですか?」


 いつの間にか起きていたダレスがリナーテのうなじ部分に手刀をくらわせて気絶させる。もう1人、黒髪を綺麗に七三に揃えている優等生みたいな男がいるけど、誰だ。別の支部の人間か? というか今更だが、なんでリナーテとメリナはここにいるんだ。

 彼女は興味深そうに俺たちを見た後、ニーアの方をまじまじと見て笑顔になる。


「なるほどねえ。よく分からないけど、私が気絶してる間に、ずいぶんと面白い事態になってるみたいだ。それで? 私は何をすればいい」

「兄様、カイツを止めておいてくれ。私は残りの敵を潰して、全て終わらせる」

「ふむ。君が潰すって人と戦ってみたいけど、今はこっちにいるほうが楽しそうだ。君の言うことに従おう」

「ダレス! 奴はヴァルキュリア家の」

「ヴァルキュリアだろうとなんだろうと関係ない。彼女は信用できる人だ。目を見れば分かる。彼女は強い人だ。強い人の目は心が澄んでいて分かりやすいんだよ。例外はいるけど、彼女はその例外には当てはまらない。私は彼女のやることが正しいと信じるよ。ラルカとメジーマはどうする?」

「……我も信じよう。お前は人を見る目はそれなりにあるからな」

「俺も信じます。あなたの観察力は信用できますから」

「助かる。では私は行ってくるぞ!」


 ニーアはそう言って部屋を出て行った。ダレスは通せんぼするように俺の前に立っている。リナーテとメリナは邪魔する気はなさそうだが、メジーマって人とラルカは妨害する気満々だ。今の俺じゃこいつらを突破することは出来ないだろう。


「……分かった。大人しくしておくよ」


 ニーアの言う通り、今の状態じゃ行ったとしても足手まといにしかならないだろうな。色々と思う所はあるが、ここは素直に待機するしかない。幸いと言うべきか、ウルは救出が完了してるし、騎士団メンバーも全員合流してる。その点だけは良かった。

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