第88話 動き始める者たち

 side カイツ


 夜9時頃。辺りは静寂が支配しており、草木も眠ってるかのように静かだ。俺たちは寝ることなく周りを警戒し、ウルは手のひらに小さな雷の針を2本出現させている。


「ウル。ダレスたちはどうだ?」

「ここからどんどん離れて行ってるわね。距離にして数キロほどって所かしら。けど、何かされた様子はまだなし」


 まだ何も仕掛けてこないか。だがここから距離を離してる以上、何かしらの行動は起こしてくるはずだ。


「どうする? 俺たちもダレスを追いかけるか?」

「あまりお勧めしないわね。こちらの動きを感づかれる可能性があるし、そうなったらダレスたちに危険が及ぶ可能性があるわ。針は彼女たちの催眠を解くくらいの電流は与えられるし、いざとなったら電流流して、彼女たちに頑張ってもらうしかないわね。私たちはそれと同時に動き、敵をぶっ飛ばす」


 現状じゃそれしかないか。にしても、待ってるしかないというのは落ち着かないな。せっかくヴァルキュリア家の奴らが何人もいて、仲間が催眠にやられてるというのに、ただ待つだけ。下手に動くのが良くないと分かっていても、我慢がしんどい。そう思ってると、雷の針が少しだけ揺れた。


「これは」

「何かあったのか?」

「何かあったというわけではないけど、妙な所にいるみたいね。マーキングが少しだけ弱くなってるわ。恐らく、何らかの魔術で阻害されてるのね。問題は無いけど、こういう場所に連れてこられたということは」

「何か仕掛ける気だな。どうする?」

「そろそろ催眠を解いても良さそうだし、催眠を解いて――!?」


 彼女が催眠を解こうとした瞬間、俺たちはその場から飛んだ。その直後、地面が大爆発を起こし、瓦礫やら煙やらが飛んできた。


「ぐ!?」

「何よこれ!」


 床が崩れてないところに避難し、爆発で崩れた所を見る。


「あっちゃー。今のでやれると思ったけど、中々に素早いなあ」


 煙の中から現れたのは1人の男性。日焼けした体。顔には黒のサングラスをかけており、いかにもチャラ男という感じだ。アロハのようなシャツと短パンという海に来た奴のような服装だ。


「てめえは、ヘラクレス!」

「よお劣等種。久しぶりだなあ。元気はつらつしてたか?」

「それなりには元気だったよ!」


 俺は手を突き出して龍炎弾を放つ。だが、奴は避けることも防御しようともしなかった。弾が直撃して爆発を起こす。しかし。


「ふむ。あの頃に比べたら、ずいぶんとマシになった。しかし、この程度では俺は満足せんぞ」


 奴の体はぴんぴんしており、傷1つない。相変わらず頑丈な男だ。


「カイツ。この男は」

「ヴァルキュリア家の1人。ヘラクレス。異常なタフさとスタミナ。そして眼の魔術が奴の武器だ。奴の眼が光った時は気を付けろ。心を奴の精神世界に持ってかれる」

「ははは。人様の能力をべらべら話してんじゃねえよ!」


 奴の眼が光った瞬間、俺は床に龍炎弾を放ち、煙を発生させて奴の眼が見えないようにする。


「ずいぶん強引に眼を見えないようにするわね。これじゃ敵が見えないじゃないの」

「お前のことだし、奴の居場所は既に把握できてるだろ? ならあとはぶちこんでいくだけだ」

「そうね。確かにその通りだわ」


 彼女は弓を構え、矢に雷を纏わせる。


「ぶち抜け。サンダービースト!」


 彼女が3本の矢を放つと、矢が雷の獣を纏い、煙を突き破って一直線に進んでいく。ヘラクレスに直撃したように見えたが、ウルはあまり良い表情をしていなかった。


「だめね。あまり手ごたえがないわ」


 煙が晴れると、奴は気持ちよさそうな顔をしていた。


「んんうううう。良いものだ。そこの女は中々のパワーを持ってるようだな。それにそのスタイル。ペルセウスが気に入りそうだよ」

「あっそ。私は何も嬉しくないわよ!」


 彼女は更に矢を5本用意し、弓を引く。


「プラズマショット!」


 雷を纏った5本の矢が奴の頭や心臓、足、腕めがけて放たれるも、どれも貫通しなかった。


「ふひゅうううう。この攻撃も良いねえ。だが!」


 彼は体を振り、矢を全て弾き飛ばした。


「こんな矢じゃ、俺は貫けないぜ」

「なら、この刃はどうだ!」


 俺は奴の後ろに忍び寄り、背後から首めがけて攻撃する。既に六聖天の力は使っており、第1解放を使っている。


「剣舞・龍刃百華 凪!」


 奴の首に刃が当たった瞬間、無数の斬撃が首の一箇所を襲う。しかし、それほどの斬撃でも奴の首を落とすことは出来ず、皮1枚を切り裂くまでしか出来なかった。奴のカウンターを避けるため、後ろに下がって距離を取る。第1解放を使って、一点集中型の凪でこれか。恐らく、第2解放を使っても斬り落とすことは出来ないだろう。どんだけ頑丈な体してんだ。


「ひょおおおお! 良い斬撃だねえ。中々に立派だ。ずいぶんと成長したみたいだな」

「大したダメージも無いくせに褒められてもうれしくねえよ」

「そうかい。そりゃ悲しいね。にしても、お前らは随分なパワーを持ってるな。あんまり時間かけるとめんどくさそうだし、そろそろ決着を」


 奴の眼が光った瞬間、俺は顔面に龍炎弾をぶつけて爆発させた。


「うお!?」

「させるかよ! お前の魔術はヴァルキュリア家の中でもかなり厄介だ。だから、魔術を使う暇も与えずに嬲り殺す。ウル!」

「貫け。サンダースピア!」


 ウルが矢を放つと、矢が縦1直線に並び、雷の槍となって向かっていく。直撃しても奴にダメージを与えることは出来なかったが、動きを封じることは出来た。


「んひょおおおお! これは良いね。上質な針治療みたいだ」

「くそ。大したダメージになってないわね」

「なら、もっと撃ち込むだけだ。六聖天・第2解放。剣舞・双龍剣!」


 六聖天の第2解放を使う。 背中に2枚の翼が増え、刀は強い輝きを放つ。それだけでなく、両手にヒビのような模様が入り、手首まで広がった。さらに刀を2本に増やし、奴の元へ接近しようとする。


「剣舞・四龍戦――!? ……これは!」


 攻撃しようとした直前、床から巨大な蔦が壁のように生え、俺の攻撃を防いだ。そこから細い蔦が分化し、俺に襲い掛かって来たので、刀で斬り落としながら距離を取った。この力。


「ウル! そこから離れろ!」


 彼女は俺の言葉の意図を察したらしく、そこから飛んで離れた。その直後、蔦が彼女を襲い掛かる。


「剣舞・五月雨龍炎弾!」


 龍炎弾を何発も放ち、彼女に襲い掛かってきた蔦を破壊した。


「ありがとう。助かったわ」


 彼女はそう言いながら俺の傍まで来た。


「全く。あの男もせっかちだな。せっかく楽しんでたのに」

「楽しんでるから来たんですよ。せっかくの作戦がぐだぐだになったら大変ですからね」


 そう言いながら扉から現れたのは、眼鏡をかけたスーツ姿の茶髪の男だった。


「こんな時にお前かよ。プロメテウス!」

「カイツ。あなたの身柄を確保させていただきますよ。ヴァルキュリア家の計画のためにもね」

「カイツ。この状況」

「ああ。かなりまずいな」


 ただでさえヘラクレスにてこずってるというのに、そこにプロメテウスまで。こいつの魔術もかなり厄介なものだし、どうするべきか。


「可愛い可愛い我が子さん。敵を喰らえ」


 その声が聞こえた直後、天井が崩れ、黒い布でぐるぐる巻きにされた球体の何かが天井からプロメテウスたちの方に降ってきた。その球体は巨大な口を開き、鋭い牙で彼らを食おうとする。


「ちっ!」


 奴は自身の前に巨大な蔦の壁を発生させ、その攻撃を防いだ。あの球体。ケルーナが連れていた奴だな。あんな不気味なものを連れてたのか。恐ろしいな。


「カイツはーん。こっちやでー」


 崩れた天井の方を見ると、ケルーナが手を振り、ロープをこっちに下げて来た。ずいぶんと用意周到だな。だが助かる。


「ウル!」

「ええ!」


 俺は彼女を抱きかかえ、ロープを掴んだ。


「そーーーーれ!」


 ケルーナがロープを引っ張り、俺たちを天井へと引き上げた。


「ほれ。我が子が妨害してる間に、はよ逃げるでえ」

「あの黒い奴は回収しなくていいのか?」

「問題ないよ。いつでも回収できるからな。それよりはよ」


 俺は彼女についていきながら、その場を後にした。彼女が来てくれて助かった。おかげで、この窮地を何とか脱することが出来た。信用も信頼も出来ないが、助けてくれたことには感謝しよう。

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