第22話 決着
カイツが走り出すと、餓鬼は薄ら笑いのような笑みを浮かべた。
「ふん。最後は馬鹿のように突進。とんでもなく愚かな奴ね。そんなお前には、これで十分ね!」
餓鬼は、再び口から何十体もの骸骨兵士を吐き出した。地面に降り立った奴らの手には弓と矢が握られており、カイツに狙いを定めている。しかし、彼は恐れることなく走り続ける。
「やってやるね! お前たち!」
骸骨兵士たちが矢を放とうとすると、それよりもはやく、1体の骸骨兵士に矢が突き刺さる。矢を放ったのはウルである。矢からは雷が放出し、骸骨兵士を包み込む。
「サンダーショット。プラス、サンダートランス!」
ウルがそう言うと、骸骨兵士を包んでいた雷は他の骸骨兵士へとどんどん伝導していき、雷に包み込み、その体を焼き尽くしていく。やがてその体は炭となってしまった。
「ちっ。この程度では無理かね。なら、私直々にやってやるとするね! あんたらみたいな反抗的なペットはいらないね! 殺して今夜のご飯にしてやるね!」
餓鬼は自身の巨大な両腕を振り上げ、両手を組み合わせる。
「叩き潰してやるね!」
餓鬼が両腕を振り下ろそうとした瞬間、ウルは2本の矢の狙いを餓鬼の腕に定めていた。矢の先端には、橋姫から貰った黒い棒がある。
「狙いはばっちり。ぶち抜け!」
ウルが矢を放つと、矢は雷を纏い、超高速で餓鬼の両手の甲に突き刺さった。
「あん? なんなのね。矢の1本や2本でこの腕を壊せるとー!?」
餓鬼の表情が苦悶に満ち、矢の当たった部分から広がるように、両手にヒビが入っていく。
「な、なんなのね! 一体何が」
餓鬼は突然の事態に理解することが出来ず、ただ混乱していた。そうしている間にも、ヒビはどんどん広がっていき、ついには腕の一部が崩れ始めた。
餓鬼の腕が崩れていくその光景を、橋姫は興味深そうに見つめていた
「おお。凄いし。餓鬼の身体が面白いくらいに崩れてるし」
「そりゃ、中にあの黒い棒をぶちこんでやったからね。ダメージも半端ないはずよ」
「ほえええ。めちゃくちゃ凄いし。あの黒い棒を奴の中に打ち込めるなんて。命中力も凄いけど、貫通力も半端ないし」
「あとは、あの館をどうにかできれば」
餓鬼の腕は崩壊を続け、半分近くが塵になって消えていた。
「くそっ! 恐らくこの力は、橋姫が生み出したもの。でもどうやって私に……それより、腕の崩壊が止まらないね。一体どうすれば」
「ずいぶんと焦ってるな。いい気味だ」
餓鬼が正面を見ると、いつの間にかカイツが目の前まで飛んできており、刀を抜いていた。餓鬼が慌てふためいてるおかげで、カイツは簡単に餓鬼の近くに来ることが出来た。
「ミカエル。この館にいる人の位置を把握したい。どこにいるか分かるか?」
『人間どもは地下におるようじゃの。横向きに斬るのなら、どこを斬っても問題ないはずじゃ』
「了解。六聖天・第2解放 腕部集中!」
彼がそう言うと、 背中から2枚の天使のような翼が生え、刀を強い光が纏い、その光は巨大な剣となる。それだけでなく、両手にヒビのような模様が入り、手首まで広がった。
「ちっ。腕が使えないからってなんなのね。兵士のストックはまだまだあるね!」
餓鬼は口を大きく開け、何百体もの骸骨兵士をカイツに向けて吐き出した。
「剣舞・
彼は巨大な光の剣を横薙ぎに振るう。何百体もの骸骨兵士は光の剣で灰すら残すことなく消し飛ばされていった。そして。
「……馬鹿な。この私が……こんな所で」
その言葉を最後に、館に斬られた痕が入った。そこから上の部分がゆったりとずれていき、地面に崩れ落ちた。建物はパラパラと崩れていき、灰のように空を舞っていく。カイツは翼を使ってゆっくりと着地した。
「はあ。ようやく終わったか。けど」
カイツの腕のあちこちから血が噴き出し、膝をついた。
「はあはあ……さすがに疲れた。今戦うのは絶対に無理だな。今回は無茶しすぎた」
『全く。下手したら腕がちぎれ飛んでおったぞ。ずいぶんと無茶をするものじゃのう』
「あのクソ野郎を倒すためなら、なんだってやるさ。人をゴミのように扱う奴は大嫌いだからな」
『……その気持ちは、変わってないんじゃな』
「カーイツーーーー! 大丈夫ですかーーーー?」
カイツとミカエルが話をしていると、ウル、橋姫、ダレス、アリアの4人が近づいて来た。アリアは誰よりも速く彼の元に来た。
「カイツーーー! 凄すぎるのです! まさかこんな巨大な建物を斬るなんーって、その傷何があったのですか!?」
「アリア、治療を頼む。体がボロボロでな」
「わ、分かったです。癒すです。
彼女の手から2対4枚の羽根が生えた、緑色の小さい人のようなものが現れた。それはカイツの体にくっつき、緑色の光で包みながら、体を治していく。
「カイツ。あんためちゃくちゃ凄いし! まさか餓鬼を一撃で倒すなんて」
「素晴らしかったわ。あれだけの攻撃力があるなんて……とっても惚れちゃった」
「さすがは我がライバルだ。あんな切り札を持っているとはね」
「いざという時の奥の手って奴だ。それより、餓鬼は殺せたし、速く地下に行こう。餓鬼の話だと、そこに人が捕らえられてるらしい」
「いえ。地下に行く必要はないと思うわ。人間たちはあそこにいるみたいだし」
そう言ってウルが指さした方向を、カイツ達が見た。そこには、散らばっていく灰に紛れながら、人々が捕らえられてる巨大な檻や、虹色に光る穴があった。その近くには、直方体の形をした黒い装置がある。
「あの虹色に光る穴。あれが出口っぽいな。にしても、餓鬼を倒したらこんなところに出てくるとは。」
「よくわからないけど、あそこがヘルヘイムの出口ということかしら? 館の中に隠れてるって凄いわね」
カイツとウルはがそう話をしてる最中、2人は妙な気配を感じた。気配のした方を振り返ると、奥の方から大量の幽鬼族が走ってきているのが見えた。橋姫とダレスもそれに気づいた。橋姫は苦い表情をするが、ダレスは嬉しそうに口元を緩めた。
「げえええ。なんだか沢山来てるしー。また戦うことになるの嫌なんですけど」
「私は構わないけどね。もしかしたら、あの中に餓鬼より強い奴がいるかもしれないのだから。ふふふ。あれだけの数だ。それなりの逸材はきっといるはず」
何百人もの幽鬼族は、カイツたちを囲むように集まってきた。餓鬼が殺されたことに驚いているのか、殆どの者が驚愕の表情を浮かべており、ひそひそと何かを話している者もいる。幽鬼族の集団から年齢が高そうな老人が、代表者のように現れた。
「餓鬼様を殺したのは、お前たちなのか?」
老人はそう聞き、カイツが答える。
「餓鬼を殺したのは俺たちだが、何か文句でもあるか?」
彼がそう言うと、幽鬼族の集団が膝をつき、まるで仕えるかのように頭を下げた。
「餓鬼様を殺したということは、あなたが新たなる長になるということ。なんでもご命令下さい」
「何でもご命令下さい」
老人の言葉に続くように、幽鬼族の集団がそう言った。カイツ達はわけもわからず、きょとんとするしかなかった。
side カイツ
あの後、驚くほど速く物事が進んだ。人間を解放しろと言えば簡単に解放してくれたし、ちゃんと出口まで連れて来てくれた。念のためにダレスと橋姫が監視についているが、怪しい動きをしたものは1人もいないらしい。俺もウルの肩を借りながら奴らを監視しているが、みんな俺のいうことを聞いている。アリアのおかげで傷はマシになってきたが、こうして人の肩を借りないと動くのも厳しい。アリアはここに連れてこられた人たちの治療をしている。
「驚いた。多少は反乱があると覚悟してたんだがな」
「幽鬼族は、強い人についていく習性があると言われてるわ。自分たちの仕える最強の存在が誰かに負ければ、幽鬼族は勝った方に即座に鞍替えする。そういった所があるからか、奴らは蝙蝠族とも言われているのよ」
「蝙蝠か。この感じを見てると、そう言われるのも納得だな」
俺が餓鬼を倒した途端、みんな手のひら返して仕え、ホイホイと言うことを聞いてくれるんだからな。ウルと話をしていると、アリアが浮かない表情をしながらこっちに来た。
「アリア。治療はどうだった?」
俺の質問に、彼女は首を振る。
「ダメです。腕が無くなってる人などは血を止めるまでしか出来ないですし……私の魔術じゃ、心を治す事までは」
「……そうか」
アリアの魔術は強力だ。だがどんなに強力な回復魔術でも、心の傷まで癒すことは出来ない。俺は彼女の頭に手を置いた。
「アリアは十分頑張った。皆を助けてくれてありがとうな」
「……でも私、あの人たちを満足に治す事も」
「心の傷ってのは、簡単に治るものじゃない。唯一治せるとしたら、それは時間だ。長い時間をかけなければ、心の傷ってのは治らない。ひとまずは、みんなを助けられたことだけでも良しとしよう。出来ることは全部やった」
「そうね。彼らのことは、カウンセラーとかに任せるとしましょう」
めでたしめでたしとは言えないが、やれることはやったし、弄ばれてた人々を救うことも出来た。それだけでも、かなり大きな成果だ。あとは、門を作ってる装置を破壊し、連れて来た人たちを安全な場所に運ぶだけだ。
「そういやカイツ。この世界にいる幽鬼族はどうするの? 彼ら、あなたを長になってほしいみたいだけど」
「そんなのごめんだ。だから、別の奴を立てる」
「え!? あたしが幽鬼族の長になるんだし!?」
「お前以外に任せられる奴がいないだろ。ウルやアリアたちを選ぶのは論外だし、その辺の奴を選ぶわけにもいかない。なら、多少見知った仲であるお前の方がマシだ。それに、お前なら人間を弄ぶようなこともしないだろうからな」
解放した人間たちをヘルヘイムから出し、俺たちも帰ろうとする寸前、俺は橋姫にそう言った。
「もちろん、嫌だって言うなら無理強いはしないが「いや。その任引き受けるし!」」
彼女は嬉々とした表情でそう言った。
「幽鬼族の長になれるということは、私の思い通りに幽鬼族を動かせるということ! それはつまり、幽鬼族が人間を弄ぶのを辞めさせられるってことだし! こんな美味しい椅子は貰わない理由がないし!」
「そうか。引き受けてくれるなら助かる。この世界のこと、頼んだぞ」
「任せておくし! いやー。あんたが来てくれてほんと嬉しいし! おかげで長になることも出来たし、邪魔な餓鬼を殺すことも出来たし。幽鬼族をきちんと調教し、素晴らしく人間に優しい世界にしてみせるから、完成した時は真っ先にカイツに見せてやるし!」
「良いなそれ。楽しみにしてる」
そう言って、俺と橋姫は握手を交わす。
「また会おう。橋姫」
「うん! また会える時を楽しみにしてるし!」
カイツ達は任務を終え、解放した人たちを町へと連れて帰る様子を、ある女性が見ていた。。短い茶髪に青い瞳のミルナである。場所はどこかの森の中にある大木。いくつもの青いターゲットマークを出現させ、そこからカイツ達の様子を観察していた。
「にゃるほどにゃるほど。ほんと、カイツは面白い存在にゃんね。それに、あれだけの破壊力がある技を持ってるとは思わなかったにゃん。びっくり仰天にゃん」
カイツ達は、こことは違う別世界、ヘルヘイムで任務をこなしていた。別世界にある光景。本来なら、同じ世界にいないと見ることは出来ないはずだが、彼女はしっかりとヘルヘイムでの出来事を観察していた。
「さてと。本日の観察はこれにてー!? へえ。これはまた珍しい奴がいるにゃんね」
彼女が視線を横に動かすと、いつの間にか、1人の女性が立っていた。騎士団の制服である襟や袖口が金で装飾された黒のコート、黒のスカートを履いていた。両目に拘束具のようなものを着けており、お腹まで届く長いツインテールをしている。胸の膨らみは大きく、足も細い。
「お前が他人を見るって珍しいにゃんね。あいつに興味でも持ったのかにゃ?」
彼女はミルナの質問に答えることは無く、ただ前の方をじっと見ている。
「前から思ってたにゃんけど、あんたって、どうやって前見てるのにゃ? そんな変なものしてたら、前見えにゃいと思うにゃんけど」
彼女は雑談でもするかのようにそう聞くが、ツインテールの女性は何も答えない。
「たく。相変わらず一言も話してくれないにゃんね。にしても、こいつに興味を持たれるというのは、ちょっとやばいかもしれないにゃんね。大変なことににゃらないと良いにゃんけど。でも、そうなったらそうなったで、それもまた面白そうにゃん」
彼女はクスクスと笑いながら、木の上を飛び降りて行き、どこかに行ってしまった。
ミルナが去ってしばらくした後、ツインテールの女性はぼそっとつぶやく。
「あの人……確かめないといけない。あの人のことを。あの人がどんな人か確かめないといけない」
そう言った後、彼女の姿が突然消え、森の静寂だけが残った。
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