第23話 先生の家
このまま、おとなしくしているわけにはいかない。無実の罪を着せられてしまう。
けれど酒をぶっかけられたせいで少し口の中に入ってしまったのは事実だ。自主的ではないが飲酒をしている状態だ。ほんの少しだけだが、そのせいか胃が熱いし、食道がチリチリするし、体が熱くなっている。
「清宮、お前っ……」
清宮を睨んだが次の言葉は出てこない。何か言ってやりたいのだが清宮が何か原因があって自分を陥れることをしているんだと思うと何も言えないのだ。
だがこのまま清宮の思う通りにさせるわけにはいかない。
(どうしよう、どうするかな)
悩んでいると何かがこちらに近づいてくる気配があった。警察が来てしまったのか、もうダメか、なんとか弁解して捕まんないようにできないかな。
そんなあきらめかけたことを考えていると。その存在はすぐ近くに来て自分の両肩に、ふわりと濡れた衣服と空気を遮断してくれる何かをかけてくれた。
見れば、見たことのある緑色をした、あのパーカーだった。
「清宮、お前のやっていることは先生として見過ごせるものじゃないぞ」
隣には、いつのまにか。いつもの笑顔ではなく、悪いことをした生徒を正しく指導しなければという真剣な教職の顔をしたリク先生が立っていた。
リク先生の言葉に清宮の目が不快そうに細められる。
「清宮、お前、なんでこんなことをしたんだ」
先生はそう言いながら、ユウジの腕をつかんだ。つかまれた部分から先生の手の平の温度が伝わってきて身体が熱くなる。何があっても俺が守ってやるからな、と。リク先生が伝えてくれているような気がした。
清宮は黙ってリク先生を睨みつけている。その瞳には先生に何を言ったって無駄だという彼のあきらめが含まれている。
違う、先生、違うんだ。ユウジは先生に言わずにはいられなかった。
「悪くない、リク先生、清宮は――」
全部が悪いわけじゃない、そう言おうとした時。先生が自分の腕をつかんだ部分に、やんわりと力を込めた。わかっている、大丈夫だから、と。リク先生はその行動だけで自分にそう伝えている。
(……そっか。リク先生は清宮との付き合いは長いんだもんな。ヤツがどんな人間なのか、リク先生はわかっているはずだ。かつて好きだった人の弟だもんな)
「清宮も大学受かったんだってな」
不意にリク先生が切り出す。
「なかなか難しい大学だったよな。お前の担任でもある恩田先生の推薦もあったみたいだが」
清宮の唇は引き結ばれたままだ。しかしわずかな変化として、まぶたが見開かれた。まるでリク先生の言葉に反応するかのように。
「そうか」とリク先生はつぶやく。残念そうに小さく息を吐く。
そして清宮に言った。
「清宮、警察が来るなら友達連れて早くここから離れろ。俺達も離れよう、ユウジ」
リク先生はそう言うと腕を引き、自分を外へと連れ出してくれた。
清宮達が、そのあとどうしたのかは……振り返らなかったから、わからなかった。
しばらく歩き続け、広場を、繁華街を離れ。気づけば静かな住宅街を通っていた。人気のない通りまで来るとリク先生は「ここまで来れば大丈夫かな」とユウジの腕を離した。
「ユウジ、大丈夫か? とんだ目にあったな」
やれやれ、とリク先生は両腕を上に伸ばすと今度はユウジの前髪に手をやった。しっとりした前髪が、先生の指によって払われるとおでこが少しくすぐったかった。
「ん~、困ったなぁ。びしょ濡れのお前をこのままお前の家に帰すわけにもいかないしな。やっぱり先生の家に行こうか。うん、そうしよう」
先生は笑みを浮かべて「こっちだ」と指で示し、歩き始めた。
「えー、先生。いくらなんでもこんな格好じゃ行けないって」
「でもな、ユウジ。そんな酒臭い状態で家に帰ってみろ。ご家族がさぞ心配するだろ? この時期に余計な心配をかけちゃダメだ」
そう言われ、ユウジは「そうか」と納得した。自分、微量とはいえ飲酒もしちゃってるんだもんな。すぐに部屋に逃げ込んだとしてもこんな酒臭さプンプンじゃ、叔母さんにバレちまうな。何があったの! なんて発狂されたら困る。どっちにしろ先生の家に行く予定だったんだ。よかったじゃないか……よかったのかな?
楽しそうに笑う先生の後ろについて行き、またしばらく歩くと二階建てで見た目もきれいな鉄筋コンクリートのアパート前に着いた。
「ここが先生んちだ、ナイショにしとけよー」
そう言って先生は二階へ続く階段を上がっていく。ユウジも階段を上がりながら(そっか、前に来た時は、いきなり中にいたんだもんな)と見慣れない建物の外観に違和感があった理由の答えをすぐ思いついた。
ついでに、ふとキエナ先生に拉致された時の事を思い出した。あの時キエナ先生って、この階段を俺を担いで上がった、ということだよな……あんな細い腕で一体どうやって? 部屋に入れたのは合鍵を持っているから、らしいけど。
今思っても色々なことが謎すぎるが。考えてもキエナ先生のミステリーな部分は一切わからないので。とりあえずリク先生に付き従って階段を上がり、廊下の突き当たりにある部屋へ向かった。
先生が玄関の鍵を開けると以前も感じた爽やかな先生の匂いが室内から漂ってきた。
「なんか恥ずかしいけどな。何もない部屋だけどどうぞ。お菓子とジュースぐらいはあるぞ、買ってきたから」
そう言って先生に案内で室内入ると前にも見たことがある空間が待っていた。
(先生の家……二回目だな)
以前より自分が緊張している。整った室内の匂い、足裏に伝わるフローリングの感触、小さなガラステーブルにあるノートパソコン。様々なものを見るだけで鼓動が早くなるのを感じる。胸が高鳴る、体が熱い。いや、体が熱いのは酒のせいか。
「ユウジ、とりあえずさ……シャワー、浴びてくれば?」
先生に言われたその言葉が衝撃すぎて、ユウジはポカンと口を開けた。
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